山歩きとそこで出会う花たちへの思い


by minoru_mogi
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<   2017年 12月 ( 3 )   > この月の画像一覧

 私は予備校時代と大学1年の頃、青山の外苑前より近くの下宿におり、この国立競技場や東京体育館の周りは大変良く知っています。

千駄ヶ谷駅を降りると、この駅もオリンピックに備えてと思われる改修工事をしていました。体育館の前を通り、丁度、国立競技場の建設現場の良く見える場所に出ました。そこには高いクレーンが何基も立っており、競技場の観客席の壁が延び、席もかなり出来上がっている様子です。しかし、暮れの28日では工事は既に休みとなっています。

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工事現場に沿って南へと歩いて行くと、元の競技場の2倍くらいの感じがするスタジアムが既に完成へと進捗状況は良好のようです。先に進み日本青年館のところに来ましたが、全くその建物はありません。その跡地では大きな基礎工事が進められており、新しい日本青年館がオリンピックまでには立ち上がるのでしょう。


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神宮球場に沿って北上していくと明治記念館前に出ました。そこには神宮外苑の大樹が広々とした広場と共に聳え立っていました。その光景は私が代々木の予備校へ通って頃とほとんど変っていませんでした。そして信濃町駅に出て新宿に戻りました。

オリンピック年の2020年は目前ですが。それを見るためにはやはりそれまで健康を維持して行きたいものです。


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by minoru_mogi | 2017-12-29 19:49 | 随想 | Trackback | Comments(0)

 40年程も前に、私が働いていた百貨店の紳士服の販売員に,店に近い農家の女性が私と一緒に働いていました。我が家が国分寺より八王子に移った折に、庭の土が粘土であり、植物を植えるには適していないので、畑土が欲しいと思っていたところ、この女性が自分の家の畑土を無償で提供してくれて、それを友人に頼んで家の庭に大量に運び、花を植える庭を作りました。

 その後、彼女が伊豆の下田に旅行で行った折に、爪木崎の日本水仙を2球土産として買って来てくれました。それを庭の日のよく当る場所に埋めると、年々良く花を咲かせて、同時に球根が3年毎に約2倍に増えて行きました。10数年すると時折球根を掘り上げて、込んでいた球根を間隔を空けて植えつけると、どんどん増えて行きます。


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 友人の夫妻が河口湖の近くに別荘を作り、花好きの私に庭に何を植えたらよいかを相談がありました。そこで、手のかからない宿根草と球根の花を推薦し、我が家の日本水仙と西洋ラッパ水仙、ジャーマンアイリスを沢山分けてあげて、その庭に植え込みがされました。数年後、その夫妻が庭中に水仙が咲いている写真を送ってきてくれました。

 さらに、東京都の青少年施設である高尾わくわくビレッジの花壇にも、この日本水仙、西洋ラッパ水仙、ジャーマンアイリスを植え付け、毎年何度もその手入れにクラブのメンバーと通うことになりました。加えて、家の近くのバスの折り返し場の花壇にも入れ、立派な花を毎年咲いてくれています。 

しかし、私がその百貨店の職場を離れて数年後、その女性はガンで亡くなりました。

正月前の12月から咲き始める日本水仙を見る度に、このほのかな甘い香りがする花を、昔のその女性への思い出と重ね合わせています。


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by minoru_mogi | 2017-12-26 19:49 | 随想 | Trackback | Comments(0)

11月の末に新宿に於いて高校同期の80歳の仲間7人と共に、昼の食事会を早目の忘年会をかねて、加賀料理の店の個室で催しました。皆で2時間談笑してそれを終えてから、花園神社の裏にある新宿ゴールデン街を見に行ってきました。


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この一画の1ヘクタール程の土地には、昭和30年代の1間半間口の2階建ての飲み屋が長屋のように軒を連ねています。この1画だけでバーが200軒を超えるでしょう。

この街は道幅2.5メートルくらいで、その中にまた1メートル幅くらいの路地があります。

この街がオーストラリアの観光客に大変人気があり、夜ともなると彼等・彼女等が沢山押し寄せます。そしてこれらの店に入り楽しんでゆくのです。

以前より、この街は多くの作家や音楽家が出入りしていましたが、そこはオカマが多いことで知られていました。

花園神社の参道を進むと、外国人が数人来ていました。神社は例祭のために沢山のちょうちんが飾られ、多分、オトリサマの準備をしている様子です。

昔、今より50数年前に新宿の西口で働いていた独身の頃、仕事帰りに皆で夜この神社のお祭りに来たことを思い出しました。大変寒い夜だったことを覚えています。

昼に見ると何ともごちゃごちゃした街です。しかし、夜になれば照明で全く昼の街とは変り、多分、多くの外国人は怪しげなスリリングな雰囲気に足を運ぶのでしょう。

果たして2020年のオリンピックまでにこの街は変るのでしょうか。


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by minoru_mogi | 2017-12-05 19:50 | 随想 | Trackback | Comments(0)