山歩きとそこで出会う花たちへの思い


by minoru_mogi
カレンダー
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31

<   2017年 07月 ( 4 )   > この月の画像一覧

 夕刻のNHKテレビで「山へ!to the mountains 展」が世田谷文学館で7月15日より9月18日まで行われていることを知り、その案内の中には深田久弥や田部井淳子の名があったので是非見てみようと考えました。

この夏は晴れの日ばかりで、梅雨明けになったと言っても実感が全くありません。その場所は京王線の芦花公園駅の近くだと判りましたが、私はまだ一度もこの駅には降りたことはありません。
出かけた日は暑い日でしたが、まだ昼にはかなり時間があったので、南口に下りて目的地まで住宅地を7分くらい行くと、木立の中にある文学館へと着きました。
入場料が以外に高く、65歳以上でも600円でした。

d0059661_11345102.jpg

 館内に入るとこの目的の特別展は2階で開催されていました。最初に目に入ってきたのは漫画の山の物語「週間ヤングジャンプ」に2007年から2011年に連載された新田次郎の「弧高の人」の原案を漫画化した、坂本眞一の詳細な原画でした。この漫画は文化庁メディア芸術祭漫画部門で優秀賞となったものでした。

d0059661_11400373.jpg

更に進むと明治時代の小島烏水のウエストンと交流があった登山家の山の書とその原稿がありました。次には深田久弥の我々の若い時代の原稿や、山の写真がゆったりと展示されています。他には田辺和雄(植物学者、探検家)、や田部井淳子(登山家)、石川直樹(写真家・探検家)、の原稿や書籍の展示もありました。しかし、私は山の写真がもっと沢山展示してあるものと期待していたので、少し残念な気もしました。他に、1階の展示場では他の物が展示されていましたが、全く関心が無く早々に出て来ました。

 館内には素敵なコーヒーショップがあり、軽食が提供されるのでピラフとアイスコーヒーを飲み、ゆったりと涼む時間がとれました。

この町は立派な住宅が多く、また周りには大きなマンションが沢山有り、思った以上に良い住宅地でした。


[PR]
by minoru_mogi | 2017-07-26 11:46 | 随想 | Trackback | Comments(0)

 ここ暫くは日中温度が高いので、外出を控えていましたが退屈になり、やっと好奇心のある所へ行ってみようと、大森貝塚へ出向きました。

この大森貝塚は米国人のモース博士が来日して、東大の教授として明治10年に発見して、縄文時代という言葉が使用される基になったものです。モースがこの貝塚から発掘された土器を英語で「code marked pottery」(縄の跡がある焼き物)としたのを、日本の学者が縄文(紋)と訳したことによります。

因みに、弥生時代の弥生は、東大近くの弥生町から出土した焼物が作られた年代につけた名でした。兎も角、日本の古代史はここから発展したと言っても良いでしょう。


d0059661_19574403.jpg

 ここは今は「大森貝塚遺跡庭園」とされており、大森駅より10分に位置しています。公園はあまり好奇心をくすぐる物も無く普通の公園に貝塚があるばかりです。

大森駅前で食事時にグーグルでその地の地図を見ていると、すぐ近くに品川歴史館があることが判り、貝塚を先に見てから歴史館へと炎天下を更に10分ほど歩いて、立派な塀に囲まれた歴史館に着きました。入場料は100円ですが70歳以上は無料でした。

d0059661_19583189.jpg

中に入ると目の前に立派な日本庭園が広がります。私はこちらを最初に見学することにしました。芝は素晴らしく綺麗に保たれてますが、残念なことにその池には水が無く、小さな流れがあるはずでしたが干上がっていました。節水中と思えました。

また、この建物には日本家屋の書院も接続されており、庭の中には茶室まであります。その茶室の説明看板を読むと、ここには安田善助邸があり多くの財界人がこの茶室に招かれていたそうです。

 展示室に入ると江戸時代の品川宿のジオラマが目に入りました。年表を見ていると大きな甕があります。また品川の海に関するのり船や、品川本陣の模型、御殿山、品川台場、東海寺の説明等、なかなか見ごたえのあるものばかりでした。

帰路は歴史館の近くからバスで大井町駅に出て家へと帰りました。


[PR]
by minoru_mogi | 2017-07-18 20:10 | 随想 | Trackback | Comments(0)

 先日、書店で本を見ていると、「定年後の最大の問題は何か知っていますか・・・健康?、お金?、いいえ孤独です」というコピーが目に飛び込んできました。そこで早速本を手に取り、50歳からの生き方、終わり方とあるこの書を買って、夜から直ぐに読み始めました。

d0059661_16194084.jpg

 私は定年の60歳でキッパリと会社を辞め、残った時間を社会奉仕と山登りに使いたいと考えました。これには理由があり、私が28歳頃に急性腎炎で大学病院に40日間入院した折に、医師より「貴方は短命でしょう」と言われたことが大きく影響しています。

また55歳くらいより定年後のことを考えて、青少年の活動を支援する世界的なクラブであるワイズメンズクラブ(Y's Men's Club) というYMCAのOB団体に参加して、月に2回の例会と他の活動に携わりました。

 60才からは直ぐに年金を受け取り、まだ健康の確かなうちに好きな山登りに情熱をかけて甲斐駒、八ヶ岳、蓼科山、焼岳、仙丈ケ岳、や日帰りできる山も昔の会社の山仲間とか、親しい友人と2人とか、時には単独行で出かけました。

また、会社時代には無理であった海外旅行には退職2年目よりアメリカ、スイス、東欧、トルコ、シンガポール、タイ、オーストラリア、スリランカ、ベトナム等、その地の友人を訪ねて楽しい旅をしました。また、学生時代に語学で力を入れた英語とドイツ語を駆使してアメリカ、オーストラリア、スイスやオーストリアでは自由に行動が出来、家内と共に良い時間が持てました。

また、日常的には好きな園芸の知識を活かしボランティアで、家の近くのバスターミナルのロータリーの周りに花々を植え、高尾にある青少年施設のわくわくビレッジの花壇にはシーズンごとに花を植え替えて美しく保っています。

 予想外に現在の79歳まで健康な、かなり充実した人生を過ごしてきました。しかし、最近になってから少しその生活に充実感が足らない時間を時折感じるようになって来ており、もう一度人生を考え直してみようかと思っています。

 その第一は原因は体力の低下です。好きな低山歩きも登りでは息切れが激しく、下りでは膝が1時間程しか耐えられなくなってきており、今年はまだ1度しか山に出かけていません。月に1度は出身大学の図書館にゆき読書をしていましたが、これも2ヶ月に1度位になってきました。また、各種の博物館巡りもなかなか重い腰が上がらなくなりました。気力の衰えが一番の原因なのです。

 そこで、気分を一新しようと秋からの活動計画を考えています。このブログに自分の計画を書けば、確実にやらざるを得ないだろうと思うからです。この秋の第一の計画は10月に青森県の三内丸山遺跡を再度見に行くことです。

ここは定年直後、会社より記念に貰った家内と二人の国内旅行券を使い、まだ発掘されて間もない遺跡に行き、仮設の資料館や大きな栗の木の6本柱のモニュメントを見てきましたが、それらがまた私を呼んでいます。
また、平成11年3月の東北大地震の被害地の南三陸町に同年9月にボランティアで
行き、12年6月に音楽ボランティアの1員として石巻市大槌町に行きました。それらの地に是非とも行き、三陸鉄道に乗り、その復興状況を自分の目で見たいと思います。

昨今は周りの人も高齢となり、交流の回数が少なくなってきましたが、私としては残りの人生を「孤独ではない」人生を目指してゆきたいと考えています。


[PR]
by minoru_mogi | 2017-07-13 16:26 | 随想 | Trackback | Comments(0)

 ここ4年間に亘って工事が進んできた両市の駅前再開発が、府中市側に於いてはほぼ完成して、この秋から15階建ての大型ビルのオープンが発表されました。一昨日府中のバスターミナルを利用したところ、そのターミナルは2倍くらいに拡大され、大変ゆったりとしたものになりました。

d0059661_19200176.jpg
                    府中駅前再開発ビル

この再開発ビルは地上15階の大型ビルで、商業テナントや140戸の共同住宅も高層階に入る予定です。これで府中市の駅前開発は全部終了となります。

 一方、国分寺市北口の駅前再開発は、高さ36階建てビルと35階建てビルの西棟と東棟に別れて2棟のビルが駅の北口に立ち上がっており、その竣工は平成30年1月末の予定です。上層階には共同住宅が多く用意され、住友不動産から売り出されます。

d0059661_19281691.jpg

       国分寺北口再開発ビル 西棟


現在、ビルは最上階まで立ち上がり、外装・内装へと移っており,
その2棟のビルの
西棟には三越伊勢丹の商業施設が14階に入る予定になっています。

しかし、府中の伊勢丹が近年に閉鎖される話しが出ていることを考えると、どの様な形態で出店されるかは不明です。しかし、この再開発に依り駅前は大きく変化するでしょう。昭和30年代に言われたように、中央線の3寺と言われた賑やかさが戻るでしょうか。

国分寺北口のバス停もすでに本来の駅より離れた広いターミナル移設されておりました。

この秋から来春にかけて両市の顔が揃い、大変な楽しみです。


[PR]
by minoru_mogi | 2017-07-01 19:24 | 随想 | Trackback | Comments(0)