山歩きとそこで出会う花たちへの思い


by minoru_mogi
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 昨年11月30日に御岳駅よりケーブルカーで山上駅へ行き、日の出山(903m)へ行ったのが最後で、約7ヶ月山歩きをしていません。今回低山歩きとはいえ全く足には自信がありませんでしたが、ここで山歩きを終わりとはしたくないので、兎も角行けるところまで行こうとの気持ちで、日陰の多い林道を行く影信山(727m)に出かけてみました。

6月17日の土曜日は天候は快晴であり、高尾駅のバス停には多くの登山者で、小仏行きのバスは臨時便も出る状況です。

 小仏のバス停よりはゆっくりと10:00に出発しました。その足取りは重くゆっくりとしか歩けません。出発してより20分も山道を歩くと息切れが激しく、木の切り株に腰を下ろして最初の休憩です。次は15分ほどでまた休みになりました。

とても足が重く気持ちでは頑張っているのですが、息が絶え絶えです。立ち休みを入れて20回くらい休んで、やっと小仏峠から影信山の尾根に出ました。今日の出発前の予定では、この藪沢の中ほどまで登って途中で引き返すことになるだろうと自身では考えていました。

 標高727mの影信山は高尾山より128m高いのと、バス停が280mなので447m登ることになります。それに比べると高尾山は高尾山口駅で標高が200mなので、頂上の599までは399m登ります。

 さて、頂上へはあと30m程の急傾斜を登らねばなりません。私の足ではこの30mは全く大変なのと、今日の登山者の多さを考えると、山頂は7080人位で混雑していることが考えられるので、山頂を諦めました。そして山道の脇の斜面に腰を下ろして、昼食のオニギリを食べ始めました。丁度昼には10分前でした。

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     目の前の鉄塔がある山が城山です、遠くに見える山は大山です


景色の良い尾根筋なので開けている南を見ると高尾の城山(670m)がよく見え、そのずっと先には丹沢の大山(1253m)が良く見えています。山の景色をおかずにオニギリを3個食べました。

 帰り道は今来た薮沢林道を止めて、道の確りした小仏峠への道を歩く事にして、小仏バス停に13:10分に着くと、バスが出たばかりで私の前を歩いていた人は間に合ったようで誰も居ませんでした。その山道の脇には猫の好きなマタタビの蔓が白いペンキが付いたような葉を茂らせていました。

 今日は半年振りの山歩きであったのですが、何とか登れたのでホッとして、少し自信が戻ってきました。近々にまた早めに山に出かけ、更に自信をつけたいものです。


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by minoru_mogi | 2017-06-19 19:54 | 歩いた山 | Trackback | Comments(0)

 今年の春で中学3年の同じ組の人々が80歳を迎えています。この同窓会は70歳に近づいてから急に活発になりました。そして現在では春と秋に二度行われることになり、一度は学校の有った群馬の館林で行い、もう一度は都内で行われます。

その都内で行われる1回は主に私が1人で企画実行しており、今年の春が4回目で524日に行われました。

館林の中学校は合併が行われる前であり、町の人口は3万人くらいで中学校は1校のみでしたが、クラスの数は1学年9クラスもありました。そして1クラスは大人数で59名いました。ですから顔を覚えていても名前を思い出せる人は少なく、ニックネームを聞いて思い出す人が多くいました。

 東京での会は女性のかなり多くの人が嫁いで東京に出ており、これらの会は新宿「青葉」(台湾料理)、代々木「ガウディ・ガウディ」(スペイン料理)、横浜「スカンディア」(北欧料理)と続き今回の再度の新宿「青葉」となりました。そこで、皆80歳になる今回は、これが最後になる可能性があるので、兎に角、印象に残る同窓会にしようと色々と知恵を絞りました。

毎回、毎回食事後はそれぞれ自由行動で中華街や氷川丸の見学場所に行くのですが、皆で一緒に行く所を決めることにしました。

5月の中旬ですと花はさつきの季節です。そこで、今回の行く先は駒込の大名庭園「六義園」としました。ここは東京都の特別名勝とされており、その入場者も年間で都内公園では最高の40万人近くの人が訪れています。その説明員には私の親しい友人で、同園のボランティアガイドを長く務めた方に是非にとお願いしました。

 当日は午前10時に駒込駅の改札前に集合です。高崎からの男性が来て時間内に15名が集合しました。駅前で今日の案内者の方に園内案内と館林の関係の説明をして貰いました。

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今回、この六義園としたのには大きな意味が有ったのです。

江戸時代、館林藩12万石の藩主、徳川吉宗の小姓、柳澤吉保は出世を重ね大名になりました。彼は館林藩の勘定方の息子であったのでした。その吉保が6年をかけて作った大名庭園が六義園なのです。邸内の詳細な説明と館林藩の歴代の藩主の名も資料として作っておいてくれました。

驚いたことにはその藩主の中に山形より移封された秋元氏と共に、山形より館林に移ってきたと言っていた末裔の人が我々の中に居たということです。

園内を巡り、藤代峠の35メートルの山から、池と出島を見下ろして、1時間半もの楽しい時間となりました。

駒込より山手線に乗ると、新橋での人身事故で30分も駅で停車のハプニングです。新宿のレストランに着いたのは1時半過ぎで、それから2時間半、17人の皆で話が弾みました。

参加者は男4人女11人と女性パワーが勝りました。一応、この秋は館林で同窓会を行うということに決めました。東京の幹事はそろそろ引退です。


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by minoru_mogi | 2017-06-07 13:13 | 随想 | Trackback | Comments(0)