山歩きとそこで出会う花たちへの思い


by minoru_mogi
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<   2017年 01月 ( 3 )   > この月の画像一覧

 先日、新聞の片隅に国学院大学の博物館にて火焔型土器展の案内が載っており、以前より友人からこの博物館は一度見る価値があることを聞いていたので、早速に見に行って見ました。渋谷駅より歩いて15分くらいで大学に到着しました。博物館は大学正門前の立派な建物の1階に有り、ありがたいことに無料です。

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中に入ると独りの方や2人連れの中高年の方が静かに見学しています。入ると直ぐに映像での事前説明が10分ほど有り、それを見てから次の奥へと行くと、そこには立派な40センチもの高さのある火焔式土器が一つ一つ独立して展示してあります。約8千年前から5千年前にかけての縄文中期の新潟県長岡市や南城町を中心に発掘された王冠型土器と火焔式土器が多数展示されています。
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また、常設の展示場では縄文や弥生時代の石器や青銅器、登呂遺跡の木製品などが多数展示されています。このかなり広さが有る博物館は主に縄文と弥生時代のものに特化している感じがありました。

 博物館を1時間程見て校舎の方に行くと、大学正門の大きな2本のヒマラヤ杉の林の中に、神社拝殿があり大学の由来が良く分かります。校舎は高層ビル1棟とその周りに管理棟、や教室棟、学生福祉棟などが大変落ち着いた雰囲気の皆立派なものでした。

その福祉棟に学食があり、そこで昼食を摂りました。最後に学生の行くカフェテリアへと行くと、学生達が沢山おり、その建物の南側の外にあるテラスの休憩椅子に座り、ゆっくりとお茶を楽しみました。


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by minoru_mogi | 2017-01-26 17:31 | 随想 | Trackback | Comments(0)



 フランス南部のラスコーの洞窟には2万年前に住んでいたクロマニョン人が動物の壁画を沢山遺しています。この地の4万年前頃にはネアンデルタール人がおり、現在の遺伝子分析では、現人類の遺伝子の1.5%位の割合で影響していることが最近判明しました。

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        貝のアクセサリーを着けたクロマニヨン人

その後旧石器時代にいたクロマニヨン人は現在の我々ホモサピエンスであり、アフリカよりヨーロッパへと渡ってきました。

この2万年前前後は氷河時代であり、海面が今より120mも低かったのです。その頃の日本列島はユーラッシャ大陸と陸続きの状態でした。このクロマニヨン人は人類で初めて絵画という芸術を生み出した人々です。その絵画の対象は全部動物であり、彼らの狩の対象となったものです。彼らは芸術として書いたのではなく、別の目的だったのでしょう。

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壁画

この人達は暗い洞窟の中で動物の脂を燃やして、チームでほとんど実物大の動物の姿を描き着色もしました。そしてラスコーの石灰洞窟の壁や天井に多くの壁画を残しました。暗い展示場にはその模写の大きな画像が並んでおり、動物は色々で大変動きのある姿です。

バイソン、牛、馬、山羊、鹿、ねこ科の動物(ライオン、ヒョウ、か判明しません)などです。

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                    骨で作った針

この壁画は1940年に発見され、今は人が入れないように保護されておりフランス政府が模写をして世界の各国に貸し出しているのです。今回は日本がその会場です。

会場には思った以上の見学者が来ており、熱心に注視しています。なかなか素晴らし企画で、もう少しPRされればと思いました。


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by minoru_mogi | 2017-01-13 20:05 | 随想 | Trackback | Comments(0)

 毎年、新年の3日から5日の間に近くの大きな神社にお参りに行くことを恒例にしています。今までに行った所は明治神宮・富岡八幡・川崎大師・総持寺・本門寺・大国魂神社・高幡不動尊など、著名なところばかりです。

今年は何処に行こうかと考えましたが、九段の靖国神社に子供の頃一度行った事があり、それを思い出してここへ行こうと決めました。15日の北風の強い寒い日に、家内と2人で出かけました。

戦時中の昭和19年の小学校の1年生の折に母と共に靖国神社へ行ったのです。その時のことを良く覚えているのは、境内の展示館の遊就館に行くと戦闘機の乗員の座席が展示してあり、その後部座席に乗り込み、対空機関銃をいじったのを実に良く覚えています。

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 神社へは九段寄りの大鳥居から入り、大村益次郎の高い所に有る銅像を見て、次の鳥居をくぐり本殿へと向かいます。

寒い日にも拘らず参拝者はかなり多くの人々が訪れていました。本殿の参拝を済ましてから境内の奥にある遊就館へと向かいました。そこでは入口の脇に戦時中に活躍したゼロ戦が展示されていました。

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入場料を払い二階へ上がるとブロンズ製の大砲の筒が置かれてあります。説明によると家康が大阪城を攻撃した折に使用したものであるとの説明がありました。続いて展示場を見て行くと甲冑・兜・刀などの展示があり、明治初期に作られたこの展示場には場違いの感じがしました。

進むに連れて今回の戦争の資料が多くなり、陸軍・海軍。航空機・船舶・潜水艦などの資料と、何処の作戦で敗退したかなど、戦争の悲惨さを思い知らされました。驚いたことに西洋人の見学者がかなりいたことです。

私の身近では父の弟が予科練に居り、航空兵として戦死しましたが、私がいた横浜の家に来て父と一緒にお酒を飲んでいたのを覚えています。1時間半ほど展示物を見て回りましたが、近い内にもう一度独りでもっと時間を掛けて見に来たいものと思いました。


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by minoru_mogi | 2017-01-06 17:37 | 随想 | Trackback | Comments(0)