山歩きとそこで出会う花たちへの思い


by minoru_mogi
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孫達と高尾山へ No638

 私自身は子供の頃、幼稚園の年長組のときに、横浜から高尾山に父の会社三井物産の横浜支店の遠足で行ったことがあります。会社の人達と父と一緒に東横線の反町駅より菊名乗換えで高尾駅に行き、駅から山麓まで行き、全部歩いて山頂まで登りました。

山頂では御汁粉が食べられると励まされて山頂に着いた時には、御汁粉はもう無くなっていました。

この時昭和18年(1943)は戦時中であり、ケーブルカーは電力の節約のために止まっていて、土の道の階段状の山道を登りました。この時期は4月末頃でした。というのは、山道の脇にオキナ草の花が沢山咲いていたのです。白い毛の生えた葉と、下向きに咲く赤い血の色をした花が不気味に感じました。子供の私が山頂に着いたのは一番遅れた組でしたが、会社の大人達が褒めてくれたのを覚えています。

 孫達は小学4年生と1年生、一番下は年長組です。そんな訳で孫3人とその母親2人と家内と私の7人です。電車で高尾駅へと行き、そこから歩き始めて高尾山への昔の登山道の明治41年の碑を見ながら、土の登山道を登りました。
孫達の足は速く、もちろん私が一番ビリでした。曇りの天気でしたが、汗が吹き出して下着が直ぐに濡れてきて、息切れもして大変です。子供達は汗すらかいていませんでした。

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4号路を経て山頂の直ぐ下に2時間半掛かってやっと着きました。芝生の広々とした所にレジャーシートを敷いてお昼ご飯です。子供達はお腹が空いたとオニギリを美味しそうに食べています。

土曜日とあって京王高尾山口から登ってくる人達はぞくぞくと続いています。しかし、私たちが登ってきた山道は殆ど人に会わず、降りの人が数人降りてきただけでした。

食事が済み、今度は山頂へと40mくらい階段を登り山頂へ出ました。そこは人だらけであり、300名から400人もの人達で、広場の土の上にレジャーシートを広げてお昼ご飯を食べています。とても山歩きを楽しむなどという状態ではありません。まるで遊園地か行楽地と言うべき有様です。帰路は1号路の舗装された道を下り、リフトに乗り楽をして降りました。

今回の高尾山は子供達は初めてであり、きっと大きくなっても良く覚えてくれているだろうと、山好きの私は期待しています。


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by minoru_mogi | 2016-10-23 11:37 | 歩いた山 | Trackback | Comments(0)

 この7月から是非訪れてみたいと考えていた所ですが、7月・8月・9月と体調が優れず、とても回れそうになかったのですが、10月に入りやっと出掛けて行けそうになったので、思いきって出掛けてみました。

三島までは新幹線で行きましたが、駅より湧水地までのバスが30分以上に1本というところでした。柿田川湧水公園に着いたのはすでにお昼であり、時間を節約するために持参したサンドイッチを公園内のベンチで食べて、近くのレストランで食事をする予定を変更して行動することにしました。

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公園内を進んでゆくとハケのような河岸段丘のような斜面から各所に水がこんこんと湧いています。また、池の水面の下からは、勢よく水が吹き上げています。それらが集まった川の中にはバイカモが水面近くまで茂っているのが見えます。

この水の源は富士山の伏流水で、山に雨が降ってから10数年をかけて地中を流れてきて、この地で地上に湧き出ている訳だそうです。水は全く透明でそのまま飲めそうです。湧水の脇には山葵の葉が茂っています。また、川の横にはツリフネソウの紫の花が丁度咲き出していました。ゆっくりと水辺を歩き、早い川の流れを眺めました。

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市の観光地図を見ますと「街中がせせらぎ」とあり、市内には沢山の湧水地が有るのが分ります。大変残念なことに、来る際は駅に降りてバスに乗るまでに、駅の観光案内所が見つからず、地図などを入手することが出来ませんでした。

帰る時にバスを降りる際になって、その案内所を見つけてやっとパンフレットと地図を入手したような訳でした。

そこには、スマートフォンで公園で確かめたグーグルの地図にはない水辺の遊歩道の案内が載っていました。グーグル地図は細かい案内には向いていなかったのです。

今回は少し時間が足りず、広く周れなかった所を、もう一度来年の夏に見に行こうと心に決めました。天候にも恵まれた充実した一日となりました。


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by minoru_mogi | 2016-10-13 11:15 | 随想 | Trackback | Comments(0)

 9月末に、家内の田舎である上田市郊外の青木村にある、家内の実家のリンゴ園の手伝いをしてきました。たまたま,今年の秋は雨降りの日が多く、私は4日間働きましたが、その内空が出た日は1日だけであり、あとは雨と曇りばかりで役に立ちませんでした。

その6日間では7人の人達が作業に携わり、本家の夫妻と東京からの息子夫妻、その嫁の弟さん、私と家内の7人でした。


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作業はリンゴの実の周りの日を遮っている葉を10枚くらい手で摘むのです。地上から手の届く所は良いのですが、上の方の実は脚立を立てての作業であり、脚立の移動等もあり、作業は遅々として進みません。リンゴ園には250本程の樹が有り、種類の中心は富士ですが、他に津軽、秋映、信濃ゴールドなどもあります。作業は全くもって能率の悪い手作業です。
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 近くの田んぼからエンジン音が聞こえてきました。丁度、昼食にもどるところでしたのですが、そのコンバインでの稲刈りの作業に足を止めて見学しました。田んぼは縦横60くらいの広さで、1ヘクターアルには欠けるものでしたが、「この田んぼでどの位の時間で刈れますか」とそこに居た指導員とも思える年配者に尋ねたところ、「30分くらいです」との返です。ただしこの機械の運転している人は、145年の経験がある大ベテランだそうです。作業はあまりの速さに驚きでした。もし作業員4人で鎌で刈ったとしたら1日作業でしょう。コンバインは藁は切り刻み、もみは落とされ、パイプで籾袋に入れられます。

この三菱農機のコンバインは5条刈の大型機械であり、村の稲刈りを代行する組合で、同じコンバインを5台有していると言います。この村の田んぼは区画整理をして、田んぼ1枚を大きくしてあり、1アール位が平均です。

午後になるとその機械にで別の田んぼの稲刈りを続けていました。この様な機械化できるものは大いに能率が上がりますが、リンゴの葉摘みは全く非効率です。何とかならないかと思いましたが、無理のようです。

また、来年もこれをやるのかと思うと、気が重くなります。


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by minoru_mogi | 2016-10-04 19:27 | 随想 | Trackback | Comments(0)