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山歩きとそこで出会う花たちへの思い


by minoru_mogi
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 今回のこの展示会に大変期待をして見に行ってきました。開催後4日目とあってかなりの混雑をであろうと思い入場したところ、全く予想に反して入場者は少なく驚きました。多分、当日の天気が悪かったことと、平日であったことが原因かと考えられます。

 

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シーボルトはオランダ人でなくドイツ人です。彼は医師の家に生まれ医学、植物学、動物学を学んで医師となりました。そしてオランダ陸軍に入り、先ずジャワに来ました。翌年オランダ商館に1823年、27歳の時に来日したのです。

幕府は長崎出島の外国人がその地を出ることを極力制限しました。しかし幸なことに商館長が江戸の徳川家斉へ参府の表敬訪問することになり、その折に医師として同行する機会に恵まれました。そしてその時には日本人の絵師川原慶賀を同行させて、景色や植物画などを描かせています。

 今回はオランダのアムステルダムとドイツのミュンヘンの博物館から里帰りした、日本の江戸時代後期の品々を300点ほども展示してありました。そこには大きな花鳥図の衝立や、お祭りや普段の衣服、食器、漆器、他の生活用具が多く、私の目を引いたものでは、長さ50センチはあるカツヲ全身の酒宴用の塗りもので、腹が開き蓋物でした。この様なものは江戸時代の人達はユーモアがある人が多かったのでしょう。

彼は日本の品々をオランダに送ろうとしましたが、その中に禁制品の日本地図があり、それが見つかって1827年に国外追放となってしまいました。その頃間宮林蔵が樺太の探検を終えて地図を作り、その写しもありそれも見咎められました。長崎の商館では日本の茶の樹の種をジャワに送りジャワで茶を育成して紅茶となりました。

彼は帰国後オランダとドイツで日本に付いての博物館を作り、多くの日本についての本を発行します。

20年後の幕府の鎖国解放に依り、追放が解けて再び1859年に来日して、18601年間江戸で幕府からヨーロッパ学問を教えることを頼まれました。1861年に帰国して1866年にドイツで没しました。


by minoru_mogi | 2016-09-20 19:16 | 随想 | Trackback | Comments(0)

散歩道のコース No634

 私はほぼ毎日夕方5時頃より小一時間、歩数では5000歩くらいの散歩に出かけます。そのコースは毎日必ず変えて何か新しい発見のある可能性のある道を選んでいます。

思い出してみると私は小学校の1年生からこのように学校からの帰り道を毎日変えて帰ってきました。その性癖は大きくなっても変らず、中学校の頃は、生垣に穴を開けて抜けたり、2m近い塀の上を渡ったりと、今考えるととてつもない変なことをしていました。

 現在の私の環境は大変恵まれた第1種住宅地の広い家並みの中にあり、その中には小学校2校と幼稚園2箇所、広い市立公園3箇所、小型の公園6箇所、しかも近くには広いお寺やまだ山林や栗畑も残る土地柄です。

35年前程前には国分寺市府中市との境に住んでおり、40坪の敷地でしたが、家の近くにスーパーの京王ストアや、協和銀行の支店が出来て便利になってきましたが、家の周りにアパートが出来てきて騒がしくなり、環境が悪化してきたので環境第一を考えて八王子に引っ越して来たのでした。

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                文化大学

 先日も散歩に出ると、近くの単科大学が建物の増築をしており、そのクレーンが2基立てられており、何やら高い建物が出来そうで、大変期待しながら近くを歩きます。

また、駅の近くに地味なお寺があるのですが、そのお寺が樹木葬の墓地を新しく作り、近日中に売り出す予定になっています。

 昨日、その地を散歩の途中に立ち寄ってみました。夕刻でしたが若い女性が一人残っており説明してくれました。その環境は従来のお寺の境内であり、周りは林に囲まれ、その景色も奥多摩の山並みが見える大変景色の良い所でした。

 
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風の丘 墓苑

そこには、永代供養一人54万円から、268万円からとあり、購入者に対して芝生の土地が35cm×35cmと、骨壷が入る広さが用意されますが、その上は何の表示もない芝生となるそうです。奥のほうに少しだけ最大8人用という、50cm×50cmという区画もありま
たが、
150万円からとありました。また追葬費が14万円と年会費が7000円とあります。

確かに、今後は夫婦2人だけのお墓で、○○家の墓というのは廃れて行くのかも知れません。この価格には戒名授与、と位牌、埋葬費用も含むとありますので、意外に人気のある霊園となるかも知れません。

「風の丘 樹木葬墓地」とありました。


by minoru_mogi | 2016-09-12 14:48 | 随想 | Trackback | Comments(0)

アオマツムシ No633

昨今、銀座通りや新宿などでも、中国からの団体の人々の騒がしさが少し気になることが有ります。同じように、中国から最近来た鳥で、大変騒々しい鳥がいます。「ガビチョウ(蛾媚鳥)」です。この鳥は大きさはヒヨドリより一回り小さくて、群れで居ることは無く、低い潅木の中の枝を伝って移動するようです。そんなわけで姿
を見ることはなかなかありません。

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             ガビチョウ
私の住む八王子では
20年前程より増えており、今は関東地方では当たり前に声を聞くことが出来、福島県でも聞いたと何かの話に書いてありました。一説には、この鳥は声が大きく、なき声も良いのですが、さえずりが長く続き、中国では鳴き声を競わせるようですが、日本の小鳥屋が輸入したが思った程売れず、売れなかった鳥を高尾の森に行き放したそうです。ところがこの環境に良く合ったとみえて、今では大いに繁殖して、高尾の森から関東に広がり、今では福島でも聞ける訳です。

 もう一つ、同じく中国大陸からの虫が大いに広まっています。昨日、夕食を外のレストランで家内と共に食べに行きました。帰路を大きな歩道を夜7時半頃歩いていたところ、道の脇の街路樹から、ジージーと大きな連続音の虫の音が聞こえてきました。

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 アオマツムシ
この切れずに続く虫の音は、周りの葛の中から聞こえる静かな日本の虫の音に比べて格段の騒々しいもので、風情など全くありません。この虫はインターネットで調べてみると、コオロギの仲間で「アオマツムシ」という虫です。中国からの帰化昆虫なのです。

体は意外に小さく34センチくらいで緑色をしています。9月になり少し涼しくなってから、急に夜8時頃に鳴き続けますが、日中は全く鳴いていません。おそらく天敵の鳥などがいないので増え続けてるのでしょう。

 日本の市街地も、野も、思いがけぬ中国からの渡来者に侵略されているようです。


by minoru_mogi | 2016-09-05 19:42 | 動物・昆虫・その他 | Trackback | Comments(0)