山歩きとそこで出会う花たちへの思い


by minoru_mogi
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<   2016年 05月 ( 4 )   > この月の画像一覧

 5月の末にグループで浜松に行き、フラワーパークを一緒に巡り楽しみました。私は以前よりここを訪ねてみたいと考えており、その訳は数年前に花博覧会が開催された場所であったからです。
園内に入ると大きな池が幾つも続きます。それぞれに睡蓮や蓮の葉が茂り傍の芝生の上にはマガモが体を休めていました。周りは大きな見たことも無い松の仲間の大木が茂り、かつてこの場所は植物園であったという話が納得できます。以前、淡路島で花博覧会があった折に訪れたことがありますが、そこは樹木がほとんど無く花ばかりであり、立体感に不足しており、私は感心出来ませんでした。
丘を皆でゆっくりと登って行くと、そこにはスマイルガーデンとあり、イングリッシュガーデン風に沢山の種類の花々が一度に花を咲かせるようにしてあり、丁度今が満開の季節で実に楽しい花の続く小路となっていました。園内の案内ボランティアの方の説明では、さくらの頃の景色が素晴らしく、丁度さくらの咲く時期と一緒に池の中にフロートを浮かべてそこにさくらの時期に合わせてチューリップを咲かせるというものでした。
上の台地上へ出ると大噴水と大温室があり、この園の広さが実感できるところがあり、噴水の周りは真っ赤なつつじが盛りであり、見事な景色です。
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一番見たかったローズガーデンへ行くと丁度バラの花の最高の季節に当り、色とりどりのフロリバンダ系の花頭に多くの花を付ける株や、ハイブリッド・ティの花頭に1花だけの大きな花や、各国の王室のインペリアル・ローズの各国の王室の方々の名称がついたコーナーも設けられておりました。また。バラのアーチも素晴らしい物ばかりでした。そしてその庭では花の匂いがあふれていました。
 残念なことには2時間の予定では庭園は全部は回りきれず、つつじ園、花菖蒲園、白藤園、みずばしょう園は行くことが出来ず、多分菖蒲園はまだ早いと考えられましたが行けず想いが残りました。しかし、長年の思いの夢がかない私は大満足でした。
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by minoru_mogi | 2016-05-27 14:52 | 随想 | Trackback | Comments(0)

麻生山(794m) No618

 5月18日(木)、快晴の日に、奥多摩の御岳駅よりケーブルを利用して御岳山上駅に出て、日の出山(902m)の南側に位置する麻生山へと出かけました。その日は快晴のさらっとした気候の平日であり、登山者が大変に多く、御岳駅より滝本へのバスは超満員で60人は詰め込まれました。登山者は女性8割男性2割くらいの割合でした。
麻生山は登山で目指す山ではなく、日の出山より下山のルートの一つとして選ばれる山道であり、日の出より三室山のルート、またはつるつる温泉へ降りる単純な山道より、変化に富んだ山道です。
奥多摩の山々の地図上の殆どのルートは歩いたことがありますが、このルートだけはまだ通ってないのでチャレンジしてみたかったのです。
10:40分に御岳山上駅を出発して、御岳山神社の分岐より日の出山を巻くルートで、12時前に麻生山が目の前に見える杉林が伐採された明るい斜面に出ました。丁度お昼の時間でもあり、丁度そこにあったベンチでオニギリを食べて、30分後に今度はその山に向けて登りになりました。
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                   後ろの尾根は馬頭刈尾根です
麻生山は杉や桧の大きな木が多く暗い森の中を行きます。山頂に近づいた所に白岩滝への分岐が出てきました。山頂は多分林の中で見晴らしは無いと判断して直接滝の方面への道を進みます。
このルートは歩く登山者が殆ど無く、下から昇ってきた30代の女性一人と、40代の男性一人に会っただけでした。女性と話をしてこのルートの道は確りした道であることを知り安心しました。しかし、山道の脇には「麻生山で最近熊が目撃されました」とあり、そこからは口笛を吹いて熊に注意をさせることにしました。
かなり降り林道に出ると車が置いてあります。下山路が一寸判らなくなり、丁度近くの山道から出てきた大きな捕虫網を持った60くらいの男性に聞くと、その人が思わぬ方向にある下山路を教えてくれました。その道標は古く、しかも曲がって立っており、高さも120cmくらいしかなく、視界に入らずに見落としていたのです。ラッキーな出会いでした。
白岩滝は水量も少なく見所のある滝ではありませんでしたが、その沢筋は変化があり楽しめました。
バス停まで急いで歩いて予定より1時間早くのつるつる温泉からのバスに間に合い、家には4時前に帰れました。今回は膝も痛くならずに足に自信が戻りました。
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by minoru_mogi | 2016-05-20 10:58 | 歩いた山 | Trackback | Comments(0)
 上野の国立博物館の平成館での黒田清輝と、千葉市立美術館の吉田博展が4月中旬から5月半ばにかけて開催されており、見たいもので足を伸ばしてきました。
特に、吉田博展は水彩画が中心であり、かつ山の絵が多くアルプスや駒ケ岳等、私が登った山々なので大変興味を惹かれました。この二人は共に同時代を生きた明治・大正・昭和初期まで活躍した人でした。
4月19日に千葉市の吉田博展、4月27日は上野公園に行きました。吉田博展では初期の頃の風景の水彩画が素晴らしく、アメリカへ渡り成功をして次にヨーロッパ諸国を回り、エジプトやインドを経て数年後に帰国しています。初期には水彩ばかりですが、後には油彩画を沢山描いており、その画風は透明感があり、画題も日本的なものが多く、もやの中の朝の林のただずまい等が特徴的です。そして帰国後は山の絵に傾倒して上高地や穂高、槍、白馬、剣などを次々に描きました。後年になると木版画を自分で摺り、江戸時代の浮世絵のような日本各地の名所画を作っています。
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                     吉田博 「雲表」
油彩画は長い期間鑑賞に堪えますが、水彩画は対年性が少ないので低く見られていたことを彼は非常に残念に思っていたようです。
 一方、黒田清輝はフランスへ法律の勉強のために渡りましたが、一転画家を目指してフランスの画家に師事し、欧風絵画を身に付けて帰国します。そして日本画壇で白馬会を起してその中心となり活躍しました。
この展示会は黒田清輝の今までの最高の展示会であり、作品集はパリ時代のものから、ヌード画、有名な政治家達の肖像など幅広く大々的な展示会でした。双方とも本当に立派な展覧会でしたが、私としては吉田博展に惹かれました。
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by minoru_mogi | 2016-05-13 15:34 | 随想 | Trackback | Comments(0)
4月の初旬に長崎・佐賀への旅行の中で、長崎では夜の山頂より長崎湾の夜景を楽しんできました。たまたま、我が家の娘の御主人が長崎出身の方で、長崎に行ったら是非港の夜景を見てきたら良いとの助言でそこへ行ってきました。
空港から高速バスで市内に入り、一応長崎としては一度は行っておいたほうが良いと思える出島に行きました。今では埋め立てで市内の港に近い一角となってしまった、思わぬ狭い出島地区の昔の建物群をゆっくりと見学しました。ホテルは市内の繁華街でる思案橋のあり、市内電車で向かいました。そして市内の賑わいのある飲食店の多い中で、老舗の「吉宗」という日本料理店で長崎料理を食べました。
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             稲佐山より長崎港夜景 少しぶれています
 夜7:30にホテルにタクシーが出迎えに来てくれ、その車で稲佐山に向かいました。
長崎の街は周りが低い山地で、家々がかなり高い場所まで建っており、稲佐山も大きなホテルなどが山腹にあります。山頂(333m)に着くと展望台からは眼下に湾の形に沿って光の家並みが実に美しく広がっています。気候も寒からず暑からずの最適な温度です。タクシーの運転手の方が丁寧に説明をしてくれてそれぞれの方面を見て回りました。
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山頂にある電波塔が赤くライトアップされており、港の方向とは逆にコントラストが目立ちます。20分ほども夜景を堪能しました。
その山からの帰りに、運転手さんが時間に余裕があるので、昔の長崎の奉行所が72億円も掛けて再建されたので、そちらも回ってみましょうと言います。そちらに着くとライトアップされた高い石垣の上に大きな3階もある御殿の建物のような、今は資料館としての立派な白壁の建物がありました。往時は270名もの役人が居り、通詞(通訳)が何人も居たそうで、オランダ語、英語、ロシア語、中国語、朝鮮語に対応していたのでしょう。
後刻、このことを私の友人の歴史通と話したところ、長崎奉行は出世街道で、奉行の収入は現在の価格では何億の手取りがあったとの事を教えてくれました。
時間が有ればこの長崎歴史文化博物館を是非見たかったのですが、翌日はグラバー邸地区を巡り、佐賀へと行かねばならず見学できなかったことは心残りでした。
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by minoru_mogi | 2016-05-06 09:00 | 随想 | Trackback | Comments(0)