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山歩きとそこで出会う花たちへの思い


by minoru_mogi
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<   2016年 01月 ( 5 )   > この月の画像一覧

 ここ数ヶ月映画に行っても大抵は期待に反するものばかりで、映画に行く足も遠のいてきました。今回も大きな期待もなしに、予定も無い土曜日に府中まで映画を見に行きました。そのタイトルは「ブリッジ オブ スパイ」となっています。
米ソ冷戦時代にU2型機がソビエト上空で撃墜されて、その搭乗員とソ連のスパイとの交換に携わった米国の国定弁護士となった民間弁護士の活躍の話であり、このタイトルは少しそぐわない映画であると思えました。
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彼はソ連スパイの国選弁護士としてソビエトスパイの弁護をします。しかし、スパイは死刑を求刑され、その実施が国民からも求められますが、30年の長期刑になります。彼はいつかは米国のスパイと交換の可能性があると、死刑の判決を働きかけて保険の考え方として後日利用価値があると主張します。
そんな時にソ連上空にてアメリカ空軍のU2型機のパワード飛行士が捕虜になります。すると米国のCIAがこの飛行士を取り戻そうと、ソ連のスパイとの交換を画策します。
そして、この弁護士が米国の代表としてでなく単なる弁護士として、スパイの交換場所としての東ドイツい赴きます。そこで、アメリカ人の学生がスパイとして疑われ、捕らえられているのを知り、これらスパイの交換と同時に取り戻そうとします。
CIAの目的はハワード氏を取り戻すだけで十分と考える中、彼は2人とも帰還させねば成功とは云えないと何度もCIAと対立しながら主張します。そしてやっと最後に成功しますこれは実話に依るものです。この崇高な弁護士の話しには本当に感動しました。
皆さんも是非この映画を鑑賞することを強く推薦します。
by minoru_mogi | 2016-01-30 10:38 | 随想 | Trackback | Comments(0)
大学時代に英語研究会でお互いに競い合った仲の良い友人が6人おりました。彼らとは学年が同じではなく、5人は1年下の学年でしたが、大半の人は浪人の経験者で実際には同年の人達でした。
 そして、卒業後この友人達と昭和39年(1964年)の1月3日に新年会をして、今後毎年同所で新年会を持つことを決めました。その新年会は新橋駅の西口にある蒸気機関車の前に1時に連絡が無くとも集まり、決まった飲み屋で3~4時間皆で駄弁る会なのです。
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 当時、我々若者はいかに早く海外に出て仕事をするかであり、それが目的で英語の勉強に力を入れていました。間もなく、我々の一人が先ずチューリッヒのスイス企業の観光業の会社に日本からの駐在員としとして出向しました。我々は盛大なパーティーを催しました。今度は次の一人がロスアンジェルスに駐在員として出向くことになりました。国内でも移動があり、一人が仙台に所長として出向きました。後日ですがその彼はニューヨークに機械の輸入会社を設立するべく社長として向かいました。
 その様にして毎年1月3日に蒸気機関車の前に集まるメンバーは4人や3人、最小の年には2名までになりましたが、たとえ2名でもその約束は続けられました。6人の中の一人は釧路で木材会社の社長となり、道庁の仕事を中心に頑張っていました。
 定年を迎えて、それらのメンバーはベルギーで日本の会社の支社の社長であったり、帰国後独立して会社を興したり、現役の時の関係を活かして、イタリアの会社の日本における代理店として会社を興し社長として今もがんばっています。
私は百貨店の仕事に就き、海外に居住はしませんでしたが、海外との交渉や組合の海外視察の折には、勉強していた英語とドイツ語が大いに役立ちました。
 しかし、大変残念なことには6人の内の3人は奥さんが癌で先立たれてしまい、一人は再婚しましたが、他の人は今は一人の生活と聞いています。皆で集まって飲むと、学生時代の旧日のように最初はビールの大ジョッキで始まります。しかし、今は店では中ジョッキしかありませんでした。
皆80歳直前ですが、今後もこの集まりを60回を目指してゆきたいと思っています。
by minoru_mogi | 2016-01-22 11:48 | 随想 | Trackback | Comments(0)
 今回のブログで2005年5月より、週一回の書き込みを始めてから10年と8ヶ月で600回に達しました。毎回、今度はどんなタイトルで書こうかと悩みます。しかし、その緊張感が脳の老化防止になっているのかもしれません。昔の日々を振り返ってみると、仕事に追われて余裕が無く、子供達とも一緒に過ごす時間は余り取れませんでした。今、時間が十二分に有る時こそ人間的な生活をしたいものです。
この10年間のブログの努力の自分への褒美として何か考えようと思いました。
そこで、たまたま本棚の奥から出てきた昔の45年くらい前のレコード30枚ほどのドーナッツ版、33回転のLPを再度聞けるようにしたいと思いました。大型電気店に行って調べてみると、レコードプレイヤーはかなり有りますが、レコードとカセットテープ、CD,ラジオまで聞ける機械はほとんど無く、国産のその機種は7万円程もします。出来れば3万円以下で入手したいものと思い、インターネットで色々調べますと中国製のものが売られており3万円を少し超える価格です。
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しかし、そのオーディオマルチプレイヤーはスピーカーが横に着いており、それを購入した人の意見では、横のスピーカーでは大変不満であるとありました。しかし、更に調べてみると前側にスピーカーがあるもので2万円を少し超える価格の物がありました。それをインターネットで購入することにしました。
暮れのおしつまった日にそれが届きましたが、その日はエアコン2台の新しい機械の取り付け日で忙しく、直ぐに試してみることはできませんでした。後日、楽しみに操作をしようと接続していたところ、スピーカーの接続ジャックが折れてしまいました。
しかし、それはステレオなので1台は使えるのでモノラールでレコードを鳴らしてみました。聴いてみると、懐かしい少しくぐもった音がしてCDのはっきりとした音とは異なります。しかし、45回転レコードは3分くらいで終わってしまいます。しかし、それに依り昔が蘇って来るのです。音楽はその頃を思い出すのです。
後日、CDも聞いてみました。しかしまだカセットテープはかけていません。割合にその操作が難しいのです。
昨日、その具合が悪いスピーカーの修理を新潟の作業所に送つて直せることがわかりました。はやくなおしてこれらの音源を十分に活かして楽しみたいと考えています。
by minoru_mogi | 2016-01-15 09:37 | 随想 | Trackback | Comments(0)
 東京におけるお正月の初詣が多い寺社のなかでも、毎年1位を誇る明治神宮に正月の元旦に家内と共に行ってきました。これは、我が家のここ数年にしている行事で、昨年は深川の富岡八幡宮へと出かけました。
毎年3が日の初詣が300万人を超える神宮は、毎年日本一でありさぞ混雑しているだろうと覚悟して出かけたものです。案の定、原宿駅に降りると多数の警察官に誘導されて大鳥居から参道に入りました。ところが、意外にもさほどの混雑ではありません。その上、今年の暖かな天気なので気分は爽快です。
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参道は高く大きく伸びた白樫の常緑樹の中を、砂利を踏んで進むと「清正の井」の表示が目に付きました。大正時代に作られたこの神宮になぜ加藤清正なのかと不思議になり、後日調べたところ、江戸時代にはこの地に加藤家の敷地であり、清正本人が家康のいた江戸に来たかは定かではありません。
更に進むと手水舎があり、沢山の人が留まっており、家内はそちらに行き私は写真を撮っていました。ところが、家内の手水舎を終わっても私とは一緒になれず群集の中で別れ別れになってしまいました。暫くはその近くで待ちましたが現れないので、しかも私はスマホを持ってきていますが充電を忘れて電池切れです。止む無く本殿のほうへと行くと、そこには3~4百人がぎっしりと並んでいます。警察官の説明の声がスピーカーから流れています。拝殿はずっと先で400~500人は並んでいるでしょう。遅々として進みません。20分以上かかってやっと拝殿の前に来ました。
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賽銭を投げ入れ2拍と手を合わせて参拝を済ませ、今度は人の少ない代々木門へと向かいました。こちらの参道には参拝者はほんの少ししか居ませんでした。なお、家内はおみくじを引いたところ他の神社と違って吉凶のものではなかったと云っていました。
昨今、神社庁は参拝者の数字を公表していません。平成25年の統計では1位が明治神宮の313万人、2位が成田山新勝寺300万、3位が川崎大師298万、4位が浅草寺281万、5位 伏見稲荷270万、6位 鶴岡八幡宮255万、7位 住吉神社236万、8位 熱田神社230万、9位 大宮氷川神社207万、10位 大宰府天満宮 200万とありました。
家に帰ってみると家内が先に戻って来ていました。
by minoru_mogi | 2016-01-08 09:20 | 随想 | Trackback | Comments(0)
 暮れの2日間、他クラブの行事があり、あずさに乗り松本へ1泊2日で出かけました。八王子駅よりはもちろん特急あずさです。
乗車して私の指定席に行くと、若い男女が座っているのです。そこで、切符を取り出してお互いに確認するとやはり同じ番号なのです。席はほとんど埋まっていますがまだ誰も来ていない席があったので一応そこに座りました。
暫くして車掌が検札に回って来ました。やおら、「この切符はダブルブッキングですね」と差し出しますと、車掌は暫く見た後に「これは昨日の切符です」と言いました。「エッ」と私が声を出してそれを受け取りじっと見ると、なんと昨土曜日の指定券です。
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            晴れた日には韮崎の先で左手に見える甲斐駒ヶ岳
私は早くにジパングクラブで切符を購入しており、その日付が1日間違っているなどとは全く気付いていませんでした。私の所属するクラブはクリスチャンが多いので大体の行事は土曜日に行われます。日曜日ということは先ず無いのです。それで無意識に土曜日の切符を手配してしまったのでしょう。仕方がないのでその車掌にどうしたら良いか相談しました。彼は困った表情です。やや暫くして「それではこれは松本駅で改札の人に出して相談して下さい」と言いました。
 しかし、このポカには我ながら何たることかと思い、また老化が進んでしまったことに大変落胆しました。
松本に着くと改札の担当者は、その話を聞くと緑の窓口に行くよう指示しました。そこで窓口に行くと担当者は中年の女性でした。また同じ説明をすると、その今日の切符と本来は明日のあずさの切符を受け取ると扉の奥に消えました。多分上司と相談に行ったのでしょう。そこから戻ると、本来は今日の切符の指定席を払い戻して、明日の月曜日の新しいものに切り替えますと云い、1,440円を払うことにしました。すなわち、今日松本まで乗ってきた昨日付けの乗車券を有効としてくれたのです。わたしが余りにも自然に昨日の切符を出したので、多分車掌さんが困ってこの処置になったのでしょう。
 でも、この1週間の後に又失敗をしてしいまいました。その時は弟の家に久しぶりに立ち寄ったのですが、財布を忘れて出かけレストランで美味しいビーフシチューを一緒に食べましたが、その代金を借りて払う破目になりました。
老化現象が一段と進んだことを実証する一年でした。
by minoru_mogi | 2016-01-01 15:36 | 随想 | Trackback | Comments(0)