山歩きとそこで出会う花たちへの思い


by minoru_mogi
カレンダー
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31

<   2015年 08月 ( 4 )   > この月の画像一覧

スリランカ異聞 No580

 昨年、スリランカ旅行に行った折に、日本語の通訳をしてくれた50才位の男性が、野良犬に対して大変心温まる態度で接して、食べ物を与える姿に感心して、帰国後この春に残っているスリランカ紙幣約6千円を郵便にて彼の元に送りました。
ところが、この郵便物は彼に届かずの紛失となってしまったのです。多分郵便の途上で紙幣が入っていることが分り、郵便物が盗難に会ったものと考えられます。このお金は犬達のビスケットを買うように指示して送ったものです。スリランカの物価は日本の二分の一に近く、かなりのビスケットが買えるはずでした。これには少し失望しました。
 また、私はスリランカの入国に際して、二度とも嫌な経験をしたことがあります。
昨年春の折はビザの手違いです。私は日本でインターネットにより同国の入国ビザを家内と一緒に二人分申請して、カードでインターネット申し込み代金、15ドル×2人、30ドルを払い込みました。
ところが、コロンボの空港に着くと、私のビザは発行されているものの、家内の分は無いと言います。インターネットの申し込みで二人分30ドルを払ってあるので、再度確認するように入国審査官に申し入れしましたが、応じてくれません。20分位すったもんだをしましたが、ラチがあかないので、空港でのビザの発給料金30ドルを払う破目になりました。
 1回めのスリランカに行った折にも入国審査で意地悪をされました。私は自分の鞄の他に、手提げバッグにタバコの10個入りカートン2個を裸で入れて入国審査に並びました。
この時は友人3人と一緒の旅行でした。私が審査台の前に来ると、審査官が作業を切り上げてしまい台から降りてしまいます。やむを得ず隣の台に行くと、その人も私の審査をせずに立ち上がってしまいました。何かおかしいなと思っていると、私のみが入国審査が終わらず残されてしまったのです。最後の一人の審査官が言いました。「タバコを少し分けて貰えないか」と言います。
私はタバコを吸いませんが、スリランカ人へのお土産に持って来たものです。「いいですよ」とカートンより2個のタバコを出して渡すと、「友人の分も欲しいのでもう少し欲しい」と言います。そこで、加えて3個を上げました。するとパスポートに入国印を押しました。
コロンボの市内ではタバコは1本ずつ売られていました。審査官達はグルになって私にたかったのです。
d0059661_1453788.jpg

               国立スリランカ舞踏団 「神への踊り」
 私の友人は立派な家柄の人で、通産大臣が彼の友人であると聞いていました。しかし、彼にはこの時のことは気分を損なうと考えて話しませんでした。
昨年10数年ぶりに彼のコロンボの自宅を訪ねて、奥様と国立病院で医師をしている娘さんと家内の5人で市内のレストランで食事を一緒に楽しみました。以前国内で奥様と、娘さんとはスリランカの国立舞踏団のグループの1員として来日した時にお会いしていました。
ご主人は国立名古屋大学で2年留学した方で、日本語が堪能です。
やはりこの様なハプニングに会うと、後進国であることは否めない国ですが、国民は真摯な仏教徒で信頼が出来る人達です。
[PR]
by minoru_mogi | 2015-08-28 14:09 | 随想 | Trackback | Comments(0)
 市の広報誌に上記のミュージアムが8月11日に開館した記事が載っていました。そこで、その施設を見てみたいので21日に行ってきました。京王線の高尾山口駅より、山麓の高尾蕎麦などの飲食店を通り越したところに、白い2階建ての大きな施設が出来上がっていました。
d0059661_1473427.jpg

その正面は広い芝生の庭が広がり、きれいな水の流れが周りを流れており、8月にふさわしいシオカラトンボとムギワラトンボが水の上を舞っていました。建物の正面入口には、水栓を備えた登山靴の洗い場が設けてあります。下山してきた登山者が泥のついた靴で入館しないようにとの備えでした。
正面より入館すると直ぐ左手にインフォメーションが有ったので、この施設のことを聞いてみました。私は東京都の施設だと思っていましたが、市のものであると聞いて、随分と立派な施設を作った物だと納税者としての心配と共に感心したものです。後刻、インターネットで調べてみたところ、総事業費は14億円近くであると記されていました。
 この入館は無料でこの広大なミュージアムの中には高尾山の動物の剥製や、鳥のもの、ムササビの剥製、植物の標本、木の枝のもの、木の葉の標本、蝶やカブトムシ、クワガタ、カナブンなどがきれいなケースに、ゆったりと標示されていました。また、壁面には映像での説明もあり目と耳からも楽しめます。
建物の南側の窓際にはテーブルと椅子がゆったりと並べられてあり、座って休憩出来る広々としたスペースがあります。そこでは市内の磯沼牧場のアイスクリームやコーヒー、ドライケーキなどを注文して、セルフサービスでテーブルで楽しめます。
小学生の家族連れや高尾山に登ってきた中高年のグループがコーヒーを飲みながら話を楽しんでいました。
このパンフレットの中で、高尾山は日本一小さな国定公園であり、770haと東京ドーム164個分相当する広さであると記されておりました。
d0059661_14111668.jpg

 高尾山駅も改装されてきれいになっており、まだ少しカバーが掛かっていますが間もなく改装が終わりそうであり、また、駅の北側の温泉施設も和風の建物はほぼ完成しており、今秋の開業が近そうです。楽しみにしたいのですが、やはり込みそうなのが心配です。
[PR]
by minoru_mogi | 2015-08-22 14:11 | 随想 | Trackback | Comments(0)
 数年前まで、道路沿いの街路樹の元に草花を一緒に植えて楽しんでいた近所の奥さんが、ご主人が亡くなり一人住まいとなり、駅近くの老人ホームへ昨年の秋から入所しました。元々花好きで庭に沢山の花を作っており、町内の山野草の会にも入っていた方でした。
 昨秋の入所後、私が鉢作りしている雪割草と日本桜草を持参して、お部屋で飾るために届けてきました。そして、今回は鷺草のかなり立派な鉢植えを先日届けました。
d0059661_13592043.jpg
少し残念なことに外出中で不在であり、話すことは出来ませんでした。その夜電話でお礼の言葉があり、あまり立派なので自分の部屋に置くのではなく、老人ホームの集会室で飾りたいと考えているとのことでした。
鷺草は蘭科であり花が長く咲いているので、おそらく8月中は皆で楽しめるものになるでしょう。私としても、自分で作った花が沢山の人に見て喜んで貰えるのは実に楽しいことです。
 また、先日、青少年の活動施設、高尾わくわくビレッジの、私と同じクラブの人がその施設長をしており、施設の中に花が少ないので花を植えたいとの相談がありました。
この施設は元は高校の広い場所なので、2年計画くらいで立派な花壇を皆で作りたいと考え、今からその計画案を作ります。
先ずは実験として9月に菜の花の種を播き、春先までに苗を作り、花壇に植え付けをして、3月下旬より5月上旬まで黄色の花を咲かせる案を考えています。季節が進む毎に、矢車草、千鳥草、サルビア、ほうせん花、ひまわり、ジニアなどを考えています。
しかし、全く新しい場所なので、害虫が発生して葉が食べられてしまわないか、また、ヒヨドリやムクドリが餌のない冬の間に来て、葉を食べ尽くしてしまわないか心配ですが、兎も角、第1歩を踏み出そうと考えています。
さて、春には菜の花の黄色い花壇が出来るか、または失敗で終わるかは半々の想いが交錯しています。
来春をお楽しみに。
[PR]
by minoru_mogi | 2015-08-14 14:01 | 随想 | Trackback | Comments(0)

重登山靴 No577

 定年が近い50歳代の後半に、南アルプスの北岳・千丈ヶ岳・甲斐駒ケ岳など高山歩きに使用した重登山靴が、殆ど新しいままで押入れの奥で眠っています。そこで、この靴の有効利用が出来ないかと考えました。本当のところ手放したくない気持ちも強い思いがあることも事実です。
d0059661_14315861.jpg
 
 この重登山靴は牛裏出し皮で、鉄板が靴底に入っていて岩登りにも使用します。つま先が岩の上に掛かれば、全体重をかけても曲がらないで平気な重い靴なのです。この靴は私が購入したのではありません。会社でバブル期に取引先のお偉方とゴルフ会を開いた折に、私がブービーとなりその賞品にゴルフ靴が当ったのですが、「登山靴ならば良かった」と言ったところ、それでは登山靴に変えましょうと言った貰った物なのです。本当に嬉しかったものでした。
 私は今はイタリア製のゴアテックスが使用されているクッション性の良い軽登山靴を利用しています。これで定年後にスイスアルプスの登山鉄道の最高点(3090m)ゴルナグラートからツェルマットまで標高1460mまで1日がかりで、途中でスケッチをしたり、山の湖のほとりで休んだり、山小屋で昼食をとり、夕方5時に町へ歩き下りました。グリンデルバルトとツエルマットでは3日間山を歩きました。
 北岳は珍しく私より10歳若い友人と二人で登り、帰りは小太郎尾根の分岐から走るように下りました。そして、その折は膝も全く大丈夫でした。しかし、その後一人で甲斐駒に登った折は、下りの途中で駒津峰を過ぎた所で右足の膝の近くの筋肉を痛めて、そこから仙水峠、北沢峠のバスまで、バンテリンで痛みを抑えて、やっと3時の最終バスに5分まえに何とか間に合つて帰った記憶が鮮やかに残っています。
思い出の詰まった靴ですが、誰か学生さんで本格的な登山をやる方に是非譲りたいと思います。中大の方で山登りが趣味の方が居ますので、その方から有力な候補の方を見つけてもらい、私の山への憧憬を伝えて手渡したいと考えています。
さて、その様な方が現れてくれるでしょうか。
[PR]
by minoru_mogi | 2015-08-07 14:34 | 随想 | Trackback(1) | Comments(0)