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山歩きとそこで出会う花たちへの思い


by minoru_mogi
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<   2015年 05月 ( 5 )   > この月の画像一覧

 私の卒業した大学の2年生19歳の若者伊藤伴君が、エベレストの日本人最年少登頂を目指して、岡村隊長の元にベースキャンプの5300m付近で、高さに順応するために滞留最中にネパール地震が発生しました。その登山の報告会を聞いてきました。この遠征には大学OBと大学同窓会で500万円を支援して、企画を援助しました。
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 ベースキャンプは氷河の上に位置しており、エベレストからの雪崩が発生しても安全な場所にあると言われています。地震が発生した時は足元の氷河が崩れ動いたと思ったのだそうです。その後地震と理解したと言っています。するとキャンプ近くの6500mの山の山腹から雪と氷と岩が雪崩となって猛烈な勢いでこちらに向かい来るのを見て、急いでその反対の方向に走り、仏塔の陰に身を潜めて、その雪崩の爆風を受けて数分後に生きていることをお互いに確かめたのです。
その折に、カメラを動画で撮ろうとしていましたが、とてもそれどころではなく逃げる周りが意味無く入っているだけでした。しかし、その音声の中に彼の声で「怖いよ!怖いよ!」という悲鳴と隊長の「口をおさえろ」との声が入っていました。
雪崩の中に入ってしまうと、雪が口や鼻の中に入り、呼吸が出来ず死に至るそうです。幸いなことにこの雪崩はテントまでには到達せず、その爆風がテントを襲いテントは20mほど飛ばされて、テントの中にいたシェルパが2人傷を負ったとの報告でした。
しかし、このテント場では20人近くが死亡したそうで、雪崩が丁度自分達の方向にはそれていて、それで11人の隊員は無事であったと言っていました。その日はテント場を動くことも出来ず滞留していたところ、翌日になってヘリコプターが上空にきてやっと安心したようです。
その間、シェルパ達は自分の村がどうなったか判らないのに、ちゃんと食事を作ってくれたことを大変感謝していました。
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やっと5月7日にカトマンズに着き、その後ボランティアとしてカトマンズより30kmほどの山中の村に支援に行き、やっと5月16日の夜に成田へ帰り着きました。
by minoru_mogi | 2015-05-28 15:13 | 随想 | Trackback | Comments(0)
 長年一度は行ってみたいと思っていた嵯峨トロッコ列車と保津川下りを体験して来ました。何時もテレビでもみじの頃、この場所が放映されてもみじの美しい川沿いのトロッコ列車と、川下りの映像を何時も見て来ました。
この度幸いにも大阪のグループと八王子のグループの合同会が京都の嵐山で行われ、その中でこの観光ルートを訪れることが出来ました。八王子からは10人で出発した時は小雨でしたが、京都に着く頃には空も見えるくらいとなり、先ずは荷物を置きに宿の立ち寄りました。宿は渡月橋に近い桂川の川沿いで、直ぐに渡月橋へ行き橋を渡り、昨日の大雨で濁った急流を眺めました。
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                           天竜寺庭園
そして近くの天竜寺の特別名勝の庭を眺め、その奥の竹林の間を歩き、大河内山荘へ向かいました。そこは思っていたよりずつと自然の多い広大な庭園であり、園内の敷石を伝って上がってゆくと、保津川を望める高みがあり、その近くの苔に覆われた庭には茶室があり、その近くの休憩所には京都市内を一望する所もあり、楓を中心にした庭は見物人も少なく、ウグイスの声が近くに聞こえて実に素敵な庭でした。
入場料の1000円は少し高いかなとも思いましたが、休憩場の緋毛氈の縁台の上で抹茶が出て来ました。
翌日はいよいよ川下りです。嵯峨野観光鉄道のトロッコ列車に乗り、川沿いに上流の亀岡まで20分を行き、眼下に見える川面では川下りの小船が下って来るのが見えます。
昨日は大雨の後で水量が多すぎて運行が出来なかったそうですが。快晴の今日は朝から運行しています。亀岡よりの最初はなだらかな流れで、船は我々一行23人で、船頭は前3人とも2名の5名であり、普段の3名より2人多い人数です。
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船は川のしぶきに濡れることもありましたが、約1時間で嵐山の船着場へと着きました。
普段は1時間半ほど掛かるそうですが、水が多く急流なので早く、その為船頭が2名多いのだそうです。
嵐山では湯豆腐の食事を立派な料亭「嵯峨野屋」で楽しみ、その後電車で京都駅に戻り、夕刻には八王子に帰り着きました。大阪の方々の今回の楽しいプラン作りには大感謝です。
by minoru_mogi | 2015-05-25 17:45 | 随想 | Trackback | Comments(0)
 先日、甲府へ出かけた帰りに、八王子駅で下車して南口のバスロータリーに面するカレー屋で夕食を摂りました。テレビの中でカレーに一番合うトッピングはクリームコロッケであるとの味を見分ける機械の判定を見たので、試しに食べてみたのでした。しかし、私が良く食べるメンチカツは2番でしたが、こちらの方が上だと私の舌は判定しました。店を出て家に1番早く着くバスがターミナルに入っていたので、小走りにその最終バスに乗れてラッキーと感じていました。
 ところが、翌日母の命日なので、家内と一緒にお墓に行こうと思い花を買おうと思いましたが、財布が見つかりません。落としたとは思えないので色々昨日の夜のことを思い出し、カレー屋さんでは財布と小銭入れを出して支払いをして、それを確かにブレザーのポケットに入れたように憶えています。そしてバスに乗って帰りました。
そこで前日のカレー屋さんとバス会社に確かめましたが、両方ともありませんでした。
いくら家の中を探しても無いので、お墓参りを済ませてから、みなみ野駅前の交番にて遺失物の届出を行いました。交番には警察官が一人おり、手際よく申請書を出してくれて記入が終わりました。すると、本署にその内容を電話で本署に伝えていました。そして、その財布が発見されてすでに届出があるとの返事です。
あまりの幸運にビックリです。
 翌日、八王子市の本署に出向いて受け取りましたが、どこで発見されたのか聞いてみたところ、バスターミナルとの事でした。そこには立派な交番が目と鼻の先にあり、私のバス乗り場はそのすぐ前だったのです。本当に良い場所に落としたものです。拾って届けてくれた方には更に感謝です。
でも、ゲンを担いでその財布を変えました。
by minoru_mogi | 2015-05-19 20:38 | 随想 | Trackback | Comments(0)
 クラブの会合が甲府であり、会の5人の方と一緒に行ってきました。その折に駅に降りてから直ぐに北口の広場に出て、その正面にある藤村記念館へと向かいました。
その目的は記念館ではなくその建物の前を囲むように植えられているバラの花壇を見に行くことでした。そのバラの植え付けは我々と同じクラブの甲府の方々がしており、その日常の面倒はラロの会の会員と共に行っているとの話しでした。
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 これらのバラはハイブリッドティのものが多く、フロリバンダの花もあり、今が丁度その花の盛りであり、株の勢いは良く、赤・黄色・白・ピンク・藤色の花々が大変美しく咲いており、その匂いを嗅いで見ると花ごとに異なり、強い匂いと薄い匂いのものもあり、全品種では30種以上もありました。
私のところも庭でバラを作っていますが、約10種類程ですが花はまだ咲きだしておらず、甲府の方が早いのには驚きでした。また、甲府の花の土壌が大変良い状態で、柔らかな黒土が盛り上がっていました。
水遣りが大変でしょうと聞いてみたところ、昨年からホースに穴を開けて土中に埋めてあり、水栓の弁を開いてやれば水遣りが出来て全く楽になったと言っていました。私の所ではバケツで一株に一杯くらいやるので、午前中の水遣りが実に大変なのが実情なのです。このバラの花壇は市民の方々も立ち止まって楽しんでいました。
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 ところで、この藤村記念館ですが、私は最初明治時代の建設物なので島崎藤村のことかと思っていましたが、実は大違いで明治時代の山梨県の県令(知事)であった藤村紫朗(フジムラシロウ1845~1908)の事で有るのが判りました。また、この建物は明治8年(1875)に現在の甲斐市の睦沢学校として建てられた擬洋風建物の校舎であり、甲府駅前に移築され重要文化財の指定を受けているものです。その外観も実に立派であり、天井も高く良くぞ今まで保存されてきたものです。
そこの冊子に甲府という地名の由来が記してあり、それは武田信虎がつつじヶ崎の地に館を移し、家臣や商職人を住まわせて城下町を開創した城下町を「甲斐府中」としたのが元で、短縮されて甲府と呼ばれるようになったとの説明があり、初めて知りました。


                                                       藤村記念館

by minoru_mogi | 2015-05-13 11:25 | 随想 | Trackback | Comments(0)
 桜の名所は何と言っても吉野山の桜である。夜行の深夜バスで奈良の五條市に早朝に着いて、朝早くの電車で吉野駅に降りて、8時半のバスで山の上まで登り西行の庵や、金峰神社を見て、上千本より降りてくると、中千本が4月の中ごろには満開であり、曇り空より雨が少し降り出し、その山霧の中の花は尚のこと美しく見えたものである。しかし、正午頃になると登ってくる人並みがすごく、傘を差しているので道は人であふれていたのを憶えている。
 そんなことを思い山の中の桜を見たいと4月22日に上野原から近くの八重山に行ってみた。頂上が520mと割合低い山であるが、吉野では中千本程の高さである。晴れて暖かな日であり、登り出すと紅色のイカリソウが山道の両側に出てきた。その様な落葉樹の林の中に落ち葉の中から空色のフデリンドウが陽光に向かって咲いている。
登りはたいして急ではないのだが、今回は息が切れて2度ほど切り株に腰を下ろして休み、何時もより30分ほど後れて山頂の東屋に着いた。
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この山上に丁度桜が美しく咲いていた。周りにも桜がかなり有るのだが、風が強いことと、雪による被害で大きな枝が折れていた。新緑の中の桜は美しい、山桜も白い色で山中に所々咲いており、また朱色のヤマツツジも美しく燃え立っていた。平日ではあったが山頂では10人ほどの人たちが登ってきた。
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30分ほど休んで下りに掛かったが、ストック1本を使用したが、急な坂ではブレーキを掛けるのが大変である。やはり膝が弱くなっているのは明白である。するとそこに八重桜が登山道に沿って植えられているところに出た。白色系とピンク系の2種類の花がびっしりと咲いていた。
新緑と桜とブルーの花のフデリンドウの宝石のような美しさに魅入った山歩きであった。
by minoru_mogi | 2015-05-07 21:07 | 山の花 | Trackback | Comments(0)