山歩きとそこで出会う花たちへの思い


by minoru_mogi
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<   2013年 08月 ( 5 )   > この月の画像一覧

 6月に5センチ位に伸びたコスモスの苗を植えたバスターミナルの花壇が1mもの高さに育ち、花が大分着いてきました。7~8月中旬までは雨不足で背の伸びが悪く、枯れてしまうのではと心配していましたが、ここで急に雨の日が続いて元気になってきました。しかし、雷雨が襲い強い雨と風の影響で株が曲がってしまい、それを何とか直してみましたが、完全には元に戻りません。
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このコスモスと、そこに以前有った黄色コスモスの自然に生えたものとが咲き競い、なかなか見応えのある景色となりました。ただ、残念なことにこのコスモスの中には白色のものが無いのです。この種は100円ショップで2袋買ったもので、それなりのものかもしれません。
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それに加えて、この乾燥する場所を考えて松葉ボタンの仲間のポーチュラカを家のプランターに挿し芽で増やして、その残った空き地に植えておきました。この花はスベリヒユの仲間ですが成長が早く乾燥の土地に適している花なのです。この花が思いがけずに綺麗に花壇を引き立ててくれています。
この花は花屋さんで5株5色を買って家の玄関先の空き地に植えており、その枝を摘み取ってプランターで増やしたものなのです。来年もこの種が落ちて沢山咲いてくれる可能性が出てきました。
毎年このコスモスとポーチュラカが花壇を飾ってくれることを考えると心楽しいものがあります。
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by minoru_mogi | 2013-08-28 15:46 | 随想 | Trackback | Comments(0)
 月2回会の例会がありますが、例年ですと8月は月末に前会長・メネット会長の感謝会として北野駅前のレストランで、3500円で催してきました。しかし、このお店ですと席が狭く、隣の人だけしか話せないという制約があり、今年は我が家で芝生の庭と室内でする事にしました。
 その日を8月12日として準備に掛かりましたが、我が家で持っているテーブルと椅子では足らず、近くの参加者のお宅から借りることとしました。今まで我が家ではこのような納涼会は4度やってきています。参加希望者を募ったところ、24名の方が来ることになりました。今まででは最高の人数です。
今回の謳い文句は「ホテルのパーティー並みのお料理」として、会費は高めの2000円です。そのための料理の試食会を先にやってみました。ホワイトアスパラガス・生ハム・蟹缶・サーディン・スイートコーン缶を卸売りセンターで買い込んできました。家内とその親しい友人夫妻、それにたまたま小淵沢の別荘からの帰り立ち寄った夫妻の三家族で試食会です。この料理はなかなか美味しいと大好評で自信を持ちました。
 当日の料理メニューは前菜では ①蟹と卵・スイートコーンのロシア風サラダ・ ②生たまねぎ入りサーディンスペイン風 ③庭取り枝豆、 メインデッシュでは ④ホワイトアスパラガスの生ハム巻・ ⑤国産焼き鳥の炭火焼・ ⑥フランクフルトソーセージの炭火焼マスタード添え・ ⑦ポーションクリームチーズ・ ⑦炭火焼きトウモロコシ・ ⑧きゅうりとパプリカの酢漬け・ ⑨おにぎり・ ⑩フランスパン・ ⑪カスピ海ヨーグルトパン、 飲み物はビール・ノンアルコールビール・ワイン・焼酎と盛り沢山のお料理がアルミの大皿にレタスの緑の上に盛られていました。
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 6時過ぎから、先ずは室内で会長から挨拶と感謝対象者への記念品(有名チョコレート菓子)が手渡され、納涼パーティの始まりです。庭の芝生の上では18名の方々が好き好きに陣取ります。室内では女性が6人でテーブルを囲みました。
どうやら近くに雷雨が近づいているとみえて、強い涼風が吹き涼しさ満点の演出です。ひさしに付けた工事用の照明の明かりの下で、それぞれに話が弾みます。中央大学の学生2人の参加もあり、彼らが炭焼きの料理の仕事を手伝ってくれました。
 楽しい時間もアッと言う間に過ぎて8時過ぎには解散となりました。やっと終わったかと少しのんびりとしていると、9時頃からポツリポツリと大粒の雨が落ちてきて慌てて庭に放置したテーブルを物置に片付けて何とか間に合いました。今回が我が家での納涼会の最後となりますが、少し淋しい気持ちも残りました。
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by minoru_mogi | 2013-08-21 20:43 | 随想 | Trackback | Comments(0)

東京湾大華火祭 No467

 以前一緒に仕事をしていた女性から、そのお宅の豊洲のマンションから真正面にこの花火が見えるので、是非いらっしゃいとのお誘いを受けており、ご主人も以前より良く知っている方なので、8月10日の土曜日に喜んで行くことにしました。
先ず、地下鉄の豊洲への道すがら、市ヶ谷駅で有楽町線乗り換えると、4時少し過ぎていますが浴衣姿の男女が3割くらいも乗っています。豊洲駅で降りた人々の女性の多くは浴衣姿で、外国人の夫妻も浴衣で帯をしています。しかし下駄を履いている人は女性一人だけでした。
マンションの13階からは、晴海の海とレインボーブリッジが見え、海の上には屋形船が沢山出ています。部屋からはご招待してくれたご夫妻とその息子さんのご家族の3年生の女の子、親戚の方4人と小さな子2人と共に打ち上げを待ちました。
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美味しい夕食を頂き、ゆっくりとワインを楽しむ中、打ち上げが始まりました。まだ薄暮の中であり色が良く出ませんでしたが、徐々に風も出て素晴らしい花火が矢継ぎ早に打ちあがります。
 私は今までに花火を近くで見たことは、足利市の渡良瀬川の川原で昭和26年に(1951)見た中学時代の一回きりで、その時の1尺玉の花火が真上で開き、その空いっぱいの広がりには驚いたものでした。以来、二度目の今回は、さすがに中央区の大会とあって充実しており、休む間もなく打ち上げが続きます。発表では12000発が打ち上げられたそうです。
1.5尺玉と2尺玉も多数打ち上げられており、空に綺麗な色物花火も続きます。オリンピック招致をかたどった5輪の花火も見られました。昔の花火と違っていたのは青い色が少なく、緑のものが目立ちました。充分に大会を楽しみ、8時過ぎには早々と帰路の地下鉄駅に行くと、やはり同じ考えの方が多いと見え、駅はもう満員で大変な混雑が始まりかけていました。
 今回は友人が誘ってくれたお蔭で、暑い中でしたが好奇心が優り出掛けたことで、まだ好奇心の若さがある自分に安心したものでした。
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by minoru_mogi | 2013-08-16 21:29 | 随想 | Trackback | Comments(0)
 韓国からの登山者の雨中の事故の記事を見て、以前浪人中の息子と行った大変な思いをした山登りを思い出しました。私自身は白馬岳には3度登っていますが、その2度は好天での登山でした。最初の時は大糸線の小出で降り、蓮華温泉を経て白馬大池の小屋で泊りました。翌日山頂まで行き、今度は乗鞍岳を越えて栂池に下り、信濃森上駅へと出てきました。大抵の方が登る大雪渓からは人が多いので敬遠です。二度目は猿倉より登り、白馬鑓温泉小屋で泊り、山頂を経て大池を通り蓮華温泉に降り、小出から帰りました。
2350mの白馬鑓温泉小屋の湯は、大きな露天風呂に湯が崖より流れ落ちており、目の前には雪渓が広がり、夜、湯に入ると満点の星空で、多すぎる星の中にやっとさそり座のアンタレスが見つかりました。その上の大出原は高山植物の宝庫で、クルマユリ・ハクサンイチゲ・ハクサンコザクラ・タカネマツムシソウ・シナノキンバイと足の踏み場もありません。
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             初夏の残雪のある白馬岳・杓子岳・白馬鑓ヶ岳

そのような雄大な山を一度見せようと、浪人中の息子を誘ってみたところ、初めて一緒に行くことになりました。夜行列車で早朝に大町駅に着き、バスで猿倉の登山口へ着き、いよいよ白馬鑓温泉へと向います。快調な足取りで3時間程登り、2000m位に来たところ、下山中の人達が来ましたが、その中に私が仕事で親しい人が、何と女性を背負って降りて来たのです。背の大きな方でしたが、会話を交わし励ますだけで何も手助けは出来ませんでした。多分女性は足をくじくか、捻挫でもしたのでしょう。
この日は雲が多かったものの、晴れており2時頃には小屋に着き、早速温泉に入り楽しみました。その脇を汗だらけで下る登山者を湯の中より眺めていました。
翌日山頂へと向うと霧が深く雨も少し落ちてきます。白馬鑓の尾根に出て杓子岳へ向う頃には、風雨が強くなってきました。風速は5m以上あり、雨は横から飛んできます。何も見えない中暫く行くと、コトコトという連続音が聞こえてきました。これは山頂の小屋のディーゼル発電機の音です。これに元気付けられて寒くて感覚の無くなった手をして苦しい道を進みますが、音のみで一向に小屋は見えて来ません。やっと白馬山頂小屋に着くと、入口の横に大きな温度計があり、6度を表示していました。中からの汗でびっしょりと濡れた衣服を着替えストーブにあたり、やっと人心地がつきました。
 翌日も天候は前日と変わらず霧と雨でしたが、小蓮華付近で雷鳥が出てきました。息子もこれに興味を示し、這松の中を歩く雷鳥の親子の姿に足を止めました。蓮華温泉に下り、宿は満室なので泊りを諦めて、小出から電車に乗り何とかその日の内に自宅へと帰り着きました。
以来、息子は山には一度も行かず、海好きになりました。最初の印象が悪かった様です。
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by minoru_mogi | 2013-08-09 14:45 | 歩いた山 | Trackback | Comments(0)
 7月の会の例会において、約1時間に亘り日本エネルギー経済研究所の十市勉氏より、エネルギー問題の話を聞くことが出来ました。十市氏はNHKのラジオで度々話をする著名な方です。その中心の話題はシェールガスと石油、またメタンハイドレードに焦点を当てて、それに関する質問が多く出ました。
 昨今のエネルギーに関する変化は、米国におけるシェールガス・オイルの産出が急増しており、米国では中東からの石油やガスの輸入が急減しており、それに伴い中東のガスが欧州に安く輸出されたことにより、欧州でのロシアのガス輸入が減少し、価格の低下と共に量も大きく減っています。その結果ロシアの石油・ガスの資源輸出が少なくなり大きな影響が出ているとのことです。
 原油と言うのは地底に溜まった有機物が圧力と熱で長い間に変化したもので、石油油田の様に1ヶ所に集まっていなくても岩盤中には存在するのだそうです。それを米国の進んだ石油開発の技術が、高圧の水の勢いで岩盤を崩して回収する技術を開発した結果、シェールガス・シェールオイルの生産が急速に増加してきたのです。その価格が安いことで、米国の生産物が安価に出来るようになり、国際競争力が出てきたとのことです。
日本ではこの安いガスを買いたいのですが、FTA協定がない国には大統領の許可が無ければ輸出来ません。わが国は米国とFTAは締結していないのです。日本はやっと1つのプラントの大統領の許可が下りたところだそうなのです。このガスが輸出されるまでには、まだ数年を要する時間が掛かり、液化設備に多額の投資が必要で、大変な道程が有るということです。
 メタンハイドレードは日本近海にある資源ですが、これの採取方法がまだ確立されておらず、またそのための設備経費がどれだけ必要かがまだ分らず、今はまだ試験期であり、カナダでは陸上からの掘削方法を試しているですが、やはり開発途上とのことでした。この試掘が成功して安いエネルギーを入手出来れば日本の産業もまた伸びる可能性が出るでしょう。
 会の終了後、何時もの様に駅前の飲み屋で、十市さんも参加してビール飲み会になりました。そこでの話も続きがあり、実のある会合となりました。
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by minoru_mogi | 2013-08-04 17:24 | 随想 | Trackback | Comments(0)