山歩きとそこで出会う花たちへの思い


by minoru_mogi
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 明日香村に住む友人を家内と他の友人と共に、3泊4日の観光旅行で訪ねました。お宅に最初に行き、先ずは近くの高松塚古墳に向いました。昭和47年(1972)に発掘された、この日本で初めての装飾壁画のある古墳は、実はこの年に生まれた私の長女にこの年に因んで名前に記念として香保里と付けました。
私は発見後早い頃に現地を見に行きましたが、その折は竹薮の丘を削っただけでしたが、今回訪れてみると立派な広大な国営飛鳥歴史公園となっており、行き届いた施設になっていました。
この明日香村平田の村民は、5,7,9月には村民総出で道路脇や土手の草刈を行っているとの事でした。また、地区別に空き缶や空き瓶などを拾う作業は家別に割り当てられ実施しているのです。それも有って歩いた周りにはゴミが全く無く、実にすがすがしい散策が出来ました。村民の皆さんには大いに感謝です。
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            甘樫の丘より 前の小さい山は耳成山
そこからは近い甘樫の丘へ車を丘の下に止めて登ってみました。60~70mくらいのこの丘は多くの大きな樫の木が沢山あり、シラカシの多いことがその名の通りであることを知りました。その丘の上からは奈良盆地が良く見え、東のふもとにはかつての藤原京や今は無き山田寺の跡がありました。丘を降りて少し行った所にセブンイレブンの店がありました。それは瓦葺で切妻作りの建物なのです。近くの南都銀行の建物は2階建てのやはり瓦葺の和風建築の大きな建物でした。
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村では村の規制で瓦屋根の建物しか建てられないように様になっており、その瓦の代金の80%を助成しており、また塀にはやはり補助があり、白い漆喰で塗られ上に瓦を載せています。しかし、その村内に青いトタン屋根の家が有り、聞いてみるとそれは規制が出来る前の建物であり、それが残ってしまったものだそうです。
村内の景色が統一され実に落ち着いた雰囲気の中であるのも、この村の為政者の見識の高さと、村民全体の努力の結果であると良く判り感銘を受けました。
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by minoru_mogi | 2013-04-25 12:48 | 随想 | Trackback | Comments(0)

駒場の日本民芸館 No423

 駒場東大前より歩いて10数分の所に日本民芸館は有ります。この駅には初めて下車しました。館は白壁の二階建てで存在感のある建物です。入館料は1000円と高めですが、高齢者割引はありません。入館者は高年齢者と若者が半々と言うところで、思わぬ入館者数でした。
丁度この週はアイヌの生活用品の展示中で、多くの衣料やアイヌ民族の生活に使用されたものがあります。何と言っても、オヒョウの木の繊維とイラクサで織った文様を入れた衣装が沢山展示されています。その文様は除魔性や呪術性を表したものだそうです。
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アイヌの人たちは17~18世紀には、現在の北海道全域を中心に、千島列島、樺太南部、本州北部の下北半島まで居住していた痕跡を残していたそうです。文様を良く見ると実に細かく文様の布を縁でかがってあるのが判りました。また、大きな珠の首飾りのアイヌ玉としての装身具が多数見られました。
次に日本の民芸品も多く、縄文時代の器から近代の焼物までありました。民芸とは日常の生活用具の中の優れた物を呼称するものであると言う事が判りました。
台湾の先住民の品では竹製のものが多く、その多様性と竹を細かく編んだ実に繊細な手かごや帽子などの身の回りの品が多く驚きでした。
沖縄の工芸の展示では織物としての涼しそうな芭蕉布の織物や、染色の鮮やかなビン染めの綺麗な衣装が飾られていました。他の展示室にはアフリカやアメリカの先住民の衣装や工芸品も陳列されています。陶芸品では河井寛治郎氏の作品が沢山見られ、また棟方敷志功氏の版画が壁一杯に出品されていました。
この本館には分館として西館があり、これらの民芸活動の中心的人物、柳宗悦氏の旧宅が立派な長屋門の中にあり、氏の往時の生活を偲ばせるものでした。
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by minoru_mogi | 2013-04-18 21:09 | 随想 | Trackback | Comments(0)
 バスの終点のロータリーの近くにそのギャラリーは有ります。さしずめ、その広さは3坪といったところでしょう。訪れた時には旧い壁掛け時計のコレクション20点余が展示されていました。前に来た折には、年配のご夫妻がおり、その2人が近くの景色を淡彩で描いた絵が展示されており、その絵の描かれた場所が判りました。
 実は、私はそのギャラリーが有ることは話に聞いておりましたが、その場所がどこかは知らずにしていたのです。以前その書店のご主人が私が花のスケッチ画を描いていると話したときに、いちど展示しませんかと勧められたことを思い出しました。
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最近になって、そのご主人と親しく話すようになり、やっと実情が判ってきました。その方は奥さんと2人でその場所で書店を長年経営しておりました。そのお店はバス停の前の商店街の中にあり、以前には魚屋、肉屋、八百屋、酒屋、雑貨屋、花屋、クリーニング屋、食堂、新聞屋等が並んでいる中に有りました。
東急不動産の開発した住宅が1500棟ほど有るのですが、その住人は皆同じ頃に移り住んで来た人ばかりで、皆さんが小学校の子供のいる家庭ばかりでした。それから30余年を経た街は65歳以上の高齢者方が中心で、高齢化率37%以上です。若い人たちは全く少なくなってしまいました。近くに生協のスーパーが進出したこともあり、この商店街は次々に店を閉めてしまい、今も残る店は花屋さんとクリーニング店くらいです。閉じた店は学習教室や調剤薬局などに変わりました。
書店は閉まってしまいましたが、このギャラリーは書店の開いていた頃から、30余年も営々と続いているのです。この街の中で色々な人たちの趣味や作品の展示場として愛されてきたことが良く判りました。
その場所はバス停のすぐ近くなのですが、少し入口が分かりにくいのが残念です。
これからも街の人たちのオアシスであって欲しいと思うのは、私だけではないであろうと思っています。
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by minoru_mogi | 2013-04-10 17:07 | 随想 | Trackback | Comments(0)