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山歩きとそこで出会う花たちへの思い


by minoru_mogi
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仙石原ススキの原 No357

 時折テレビの画面で箱根仙石原のススキの原が映ることがあります。以前より一度見たいと思いましたので、丁度田舎の高校の同窓生7人との旅行会があり、私が幹事となり旅行計画を作りましたので、その地を宿泊地に決めました。新宿駅集合としましたが指定場所の集合時間には6名しか集まりません。しかし改札口で一緒になりホッとしました。今度はその一人が前に送った特急券と乗車券を忘れてきたと言います。
 強羅まで電車で宿にはタクシーで直行しました。着いて間もなく目的地のススキの原へと歩いて行きました。そこは確かにススキだけの広い原っぱですが、真ん中に車の道が走り遠くには家々が見えます。テレビでは家々は映らない原のみが映されるので、少し期待はずれの感もあります。でも、春の火入れの時は見ものであろうと想像出来ました。
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 宿は企業の保養所であり大変素晴らしい施設です。明るいうちに露天風呂つきの風呂に入りゆったりと出来ました。更に良かったのは我々7人で貸切状態であったことです。食後は皆でカラオケ大会となりました。
翌日は高曇りの日で宿を出てラリック美術館に立ち寄りました。ルネ・ラリックはエミール・ガレ共に19世紀のガラス工芸の一人者です。入って直ぐの所にオリエント急行が有りました。この車内の内装はラリックによるものです。でも、コーヒーとケーキで2,100円ではちょっと敬遠です。
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仲間の中に足の弱い人がいるのでガラスの森美術館は諦めて仙石原よりバスで小田原へと出ました。
駅前で土産を買いましたが、有名蒲鉾の他にウイロウの店があります。覗いてみるとウイロウには漢字があると聞き「外郎」となるそうです。そして小田原の店が先で名古屋は後なのだそうです。北条氏の時に京都より呼び寄せられて店を開いたのだそうです。
小田原よりは東海道線で新橋で3人が群馬に帰るので地下鉄乗り換えのために降りました。ふと、網棚に目をやると土産の外郎が忘れて残っています。やはり70過ぎの高校仲間もお互いに老化現象には勝てないと実感しました。
by minoru_mogi | 2011-10-22 11:12 | 随想 | Trackback | Comments(0)

南高尾金比羅尾根 No356

 市役所の教育委員会に提出する書類を持って行った折に、広報室に無料の冊子「ハイキングマップ八王子」が目に付き貰って帰りました。そこには八王子の山のルートが詳細に書き込まれており、今まで判らなかった山道も記入されています。
秋の涼しさが定着した三連休の中日の9日に高尾駅に降り立ちました。実に沢山の高尾山へのハイキングの人々が駅のホームに溢れていました。
今度のルートは南口より歩いて15分くらいに登山口があります。この南口よりの登山者は私一人だけです。登山道の入口は雑草の茂った中にやっと見える「金比羅登山口」の手書きの標識と、「健脚向き急登」の更に小さな文字も見えます。
山道に入って見るとかなり確りした小道ですが、やはり表示通りのきつい登りで息切れがします。
登りの間ちゅう近くの中学校での運動会の音が追い掛けてきます。尾根に登ると直ぐに金比羅神社が目に入りました。ほこら位のものと予想していましたが、立派な社殿と鳥居、一対の狛犬と灯篭を備えたこじんまりした社でした。
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ここからは尾根が続くのですが、直ぐに住宅の裏手を抜けてまた山道へとなります。駅から近いとはいえ、これ程の高所に住宅のあるのは驚きでした。山道は少しずつ高度を上げて行きますが20メートルくらいのアップダウンがあり、それなりにきつい感じです。
途中東面の森が全部斬られており、視界の良いところへと出ましたが下は公園墓地が広がっていました。1時間ほど歩いて高尾山口駅より登ってくる「四辻」の峠のある所まで来ました。この辺りの尾根の近くでは根元が30センチもある大きなクヌギが根こそぎ倒れています。しかし杉の倒れたものは殆どありません。15号台風では八王子では瞬間風速43mにもなりましたので、近い高尾ではかなり強かったのかもしれません。まだ葉が青々としたクヌギの被害が大きかったのでしょう。ここから又尾根のアップダウンを行き送電線の下でお昼とした。
草戸山の近くより梅ノ木平へと下りました。甲州街道に出て暫く行くと大きな工事現場が見えてきました。圏央道の南高尾インターの工事で、頭上には弧を描いて高速道路が出来上がっています。山肌には南口のトンネルの穴が見えます。工事予定表を見るとトンネルの完工は24年2月とあります。これ程工事が進捗していたのには驚きでした。
高尾山駅に近づくと人々が溢れています。ミシュランに取り上げられたことでこれ程の人気スポットとなり、山が騒がしくなってしまったのは良かったのか疑問の残るところです。
by minoru_mogi | 2011-10-14 22:54 | 歩いた山 | Trackback | Comments(0)
 新宿に勤めていた頃の話であり、その頃は国分寺の府中寄りに住んでいた。何かの飲み会で盛り上がり終電に乗った。多分新宿で零時を大分過ぎに発車する電車である。運よく座ることが出来直ぐに眠ってしまった。
肩を叩かれて目が覚めた。電車の外に出ると高尾駅であった。しかし未だ酔いは覚めておらず、向かい側に停車している電車に乗ってしまった。誰一人車内には居なかった。そしてまた眠り始めた。また、肩を叩かれ起された。今度は大分様子が違う。何と車庫の車線に来てしまった。
運転手が確認のために前から車掌部まで歩いてきて気付いたのである。ここで正気に戻った。運転手に「すみません」と言って車掌室のドアを開けてもらった。
下の線路の所は割合に近く見えた。何ら躊躇することなく飛び降りた。するとその高さは相当のもので、後ろにのけぞって転んだ。けがをしなかったのは若くて体がまだ柔らかであったからであろう。駅のタクシー乗り場に行ってみるとやはり終電で来て乗り過ごしたと思える人が5~6人並んでタクシーを待っていた。やっと私の番が来たが、後ろには誰も居なかった。
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夜の甲州街道を車はかなりのスピードを上げて走る。ところがそのメーターか「カチッ」と上がるのが2~3分で回り、料金がどんどん増えてゆく。財布を広げてみるとこの調子では家までもちそうにない。
そこで所持金とメーターを見比べながらぎりぎりの所で止めてもらい料金を払った。そこはまだ家から2kmくらい手前であった。酔いはすっかり醒めていた。「コッコッ」と靴音ばかりが大きく響いていた。丁度10月頃であり、寒くなかつたことが幸いした。
 昔、父親が同じように電車の車庫まで行ってしまい、その車庫は駅から300m程離れていた。中学生の私に連絡が有り自転車で引取りに行った。なんとドジな親を持ったものかと駄目おやじに失望した。今度は自分でそれと同じ事をして、父親に親しみを感じた、やはり皆やるのだと。若き日の思い出である。
by minoru_mogi | 2011-10-07 10:28 | 随想 | Trackback | Comments(0)