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山歩きとそこで出会う花たちへの思い


by minoru_mogi
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<   2011年 07月 ( 5 )   > この月の画像一覧

日原鍾乳洞 No345

 奥多摩の日原の地には稲村岩に登るために二度ほど行ったことがありますが、その先の鍾乳洞まで足を伸ばしたことは今迄ありませんでした。7月も末の暑い盛りでは山登りは出来ないので、気晴らしに鍾乳洞へと出掛けてきました。
 平日の奥多摩への電車はがらがらで、登山者と見える人達は御岳で下りてしまい、奥多摩駅の駅頭に降り立ったのは20人もおりません。そこには日原行きのバスが待っており、10:15のバスに乗ったのは10人あまりで、途中の川乗橋で2人の女性登山者が降りてしまい、終点では6人であり、観光で来たのは二人の組が2組と私だけです。バス停から確りした林道を20分くらい行くと、川沿いの鍾乳洞入り口に着きました。そこには自家用車で来た家族連れの車が20台ほどもあります。
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川のこちら側の受付で入場料を払い、水量のある急流の川を渡り割合と狭い洞内に入りますと、気温は一気に下がり11度と、さすがに冷たい気温と上から落ちてくる水滴で、半袖のシャツでは寒すぎる温度です。
鍾乳洞というので白いつらら状の鍾乳石が有るのかと期待していたのですが、洞内には全くと言って良いほど有りませんでした。昔から知られており電気の灯りが無い時代に松明を持って入ったために、岩か黒くなってしまったそうです。それでもこの洞窟は大変深くまであり、高低さもあり5階くらいを鉄の階段でアップダウンしました。総ての洞内を巡って来ましたが約30分に及びました。洞内の照明が蛍光灯だけで強弱も無く全くつまらないものです。天井の高い広い洞窟などは、天井に向けて明るい照明でも当てればもっと見栄えがするのに能がないことこの上なしです。途中、小学生の20人くらいのグループに会いましたが、小学生の遠足に似合いの場所であると思えました。
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寒い洞内より出て来ると道に面した石垣に岩タバコが群生しており、その中に岩デンダのシダが有りました。もう少し遅く来たならば岩タバコの紫色の美しい花が見られたのにと残念に思いました。
暑い月の気分転換という感じの小学生気分の1日でした。
by minoru_mogi | 2011-07-30 11:53 | 歩いた山 | Trackback | Comments(0)

庭の西瓜 No344

 マンション住まいの孫達に野菜類がどの様に育って食べられるようになるかを見せてあげるために、毎年色々な種類の野菜を庭に植えています。最初の年はトマトで翌年はなすとピーマンを採り、ここ2年は子供達が喜ぶサツマイモを植えました。自分達で掘りあげた芋は20本以上でしたが全部持ち帰りました。
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 さて、今年は孫2人が来た折に小玉西瓜とかぼちゃを各2株ずつと、更に落花生4株を植付けました。西瓜は7月になると急に伸び始め最初の実が付きテニスボールを越える大きさとなり、2番目の実は更に急に大きくなりテニスボールと同じくらいになりました。
夏休みに入り小学校の低学年の子も幼稚園の孫も我が家に来て芝生の上でビニールプール遊びを楽しみにしています。そのプールの大きさは150センチ位も有る楕円型です。先週そのプールの準備をしましたが、空気入れに一苦労しました。
 孫達が我が家に泊まってゆく折には、犬の散歩の折に一緒に行き、道々で見られる花の名前を教えるようにしています。孫達には是非自然に親しむ習慣を身に着けて欲しいと思っています。私の子供達は山歩きに随分と連れて行きましたが、山好きにはならなかった反省を踏まえて、孫の代には山歩きに行くような子供になってもらいたいものです。
by minoru_mogi | 2011-07-24 11:50 | 栽培山野草 | Trackback | Comments(0)
 恒例の「発掘された日本列島2011」の展示会を江戸東京博物館へと見に出掛けてきました。
約2万年前旧石器時代の宮の上遺跡(鹿児島)の石器群や、青森三沢の五川目(いつのかわめ)遺跡の細石器のまとまった出土品があり、それらは鹿の角に縦に溝を作り、その中に並べて埋め込んで、大型の槍として使用したようです。この方式はシベリアにその同じ用例があり、日本と陸地が繋がった時代の名残と考えられ、シベリアではその槍でマンモスを襲っていたようで、細石器が骨に刺さったものがありました。
縄文では13.000年前頃の相谷熊原(あいだにくまはら 滋賀)遺から4センチにも満たない女性のトルソーが出品されています。これは日本では最古の女性の土偶であると記されていました。
そのトルソーは大きな胸が造形されており、いかに女性美が乳房で表現されているかが判りました。最近、縄文時代は1万年前からと言われておりましたが、近年の研究では13、000年~16,000前くらいまで考えられるようになってきたようです。
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            古墳より出土した楯の埴輪 →




弥生時代のものでは土器に赤色の線画で鹿が何頭も描かれています。多分狩の絵でしょう。古墳時代の埴輪には楯の埴輪や、矢入れの埴輪も見えます。部族間で戦いがあったことは確かです。平和な時代ではなかったのかもしれません。古代の史跡では福島県相馬市の横大道製鉄遺跡があり、その鉄くずは68トンにものぼる一大製鉄コンビナートがあったことが判りました。
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                矢入れの埴輪  →
又、特別展として平城宮の東院庭園の発掘により8世紀における日本庭園が修理整備されて、その模型ジオラマが展示されてありました。池にはすべてこぶし大の川石が水辺から底まで敷き詰められており、日本古来の様式がよく判りました。
毎年、縄文や弥生の時代が少しずつ解明されてゆき、そのうちに卑弥呼の謎が解ける日が来ることを楽しみにしています。
by minoru_mogi | 2011-07-15 12:22 | 随想 | Trackback | Comments(0)
 梅雨明け直近な暑さの中、山歩きは危険があると考えて、多摩川の川辺を歩くコースを選んでのんびりと歩いてみました。御嶽駅を下り立つたのは9時半過ぎで、当日は雲が多いものの日差しは強い日となりました。
駅よりはバス停の裏から直ぐに川岸に下りられ、さわやかな川風が吹いています。このコースは何度も春、秋に歩いておりよく知った道です。川面より7・8メートル高い小道を行きますが、渓流の音が爽やかです。川の中には鮎釣りの人が水の中で竿を振っています。対岸の川原からはカジカ蛙の声がしてきて、涼しさを更に強調してくれます。
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                           カンゾウの花

道の脇には山百合が重そうな花をいくつも咲かせており、カンゾウの花も橙色の花の季節です。川原の砂地ではシモツケの花が優しいピンク色を際立たせています。川面にはかなり大きくなったカルガモが6匹、親と離れて群れになり川を渡っていますが、急流の中では大きく流されてしまい、やっと対岸近くにたどり着きました。暫くして吊橋の鵜の瀬橋を対岸に渡り、日陰の多い小道を進みます。更に行くと寒山寺という中国の有名の寺から仏像を贈られて建てられた無人の寺があります。
この川沿いにはいくつもの休憩できるお店があり、ティールームもありましたが、平日なので殆どがお休みでした。沢井の駅の近くに出ると、有名な「ままごとや」がありました。懐石料理のお店ですが、昼食5000円ではとても寄れません。ここよりは元の北岸に戻り、かなり歩いた所に軍畑大橋があります。この橋の袂でお昼に近くなったのでおにぎりの昼食です。
そこからは川沿いの道は無くなり吉野街道を青梅に向かって進みます。この道は広い歩道の付いた大変立派な道路ですが、街路樹がまだ小さくて日差しが当たり、またダンプが多いのには閉口です。
歩いているとあまりに暑いので、梅郷のバス停で青梅駅行きのバスに乗り込みました。青梅駅の少し手前で降りて、そこから青梅市郷土博物館に立ち寄りました。ここは釜の淵公園の中にあり、緑に囲まれた立派な施設でした。この直ぐ近くに立派な建物があり、「かんぽの宿青梅」がありました。
どこかで休憩をしたいものと思い、中に入りフロントで聞いて見ると、素的な見晴らしの良いティールームがありました。そこでゆったりと冷たいアイスコーヒーを飲み、今日歩いたコースを地図上にたどりました。
そこよりは駅まで800mと書かれた道標に従い、駅に出て20分程電車を待ち、予定通りの家に戻りました。
by minoru_mogi | 2011-07-09 14:29 | 随想 | Trackback | Comments(0)
 友人に誘われて東京都公園協会が運行している、東京水辺ラインの水上バスで一番長いコースである「いちにちゆらり旅」の船に乗ってみました。このコースは月に二回ほどで、4月末から10月末までの運行です。
このコースでは東京の東半分を周るようで、昼12:30に両国より乗船して、越中島、浜離宮、お台場海浜公園、葛西臨海公園と東京港をゆき、荒川を遡上して平井、小豆沢では新河岸川へ入り、神谷、荒川遊園、千住、桜橋、両国と隅田川を下ってきます。荒川を遡っては川口市付近まで行った事になります。
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 当日の天候は曇りで、気温は23度位と、暑くも寒くも無い日でした。両国を出ると直ぐに蔵前のなまこ壁の米蔵をイメージした堤防が目に入ります。築地の市場を右側に見て浜離宮の船着場へと入ります。そこからは東京湾の台場の緑を見ながら進みますが、海水の色は大変汚れている茶色です。太井埠頭ではガントリークレーンが林立して、コンテナ船が荷積みをしています。
台場を過ぎるとお台場海浜公園には多くの人々が出ています。次に船の科学館があり、最初の南極観測船宗谷の小さな船体が見え、青函連絡船であった羊蹄丸が係留されていました。
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       お台場には和船の観光船も見えます。御座船もみかけました
途中には新しい埋立地があり、その二つの埋立地をつなぐ東京ゲートブリッジ(恐竜橋)がまだ完成されずにありました。考えて見ると、江戸以来日本橋から先は皆埋立地で出来ているのです。いかに東京は埋立地で広がったかが判ります。
広大な緑が広がる葛西臨海公園では、国内最大という観覧車が回っていました。そこからは今度は荒川を遡ることになりました。川幅は隅田川の倍以上となり、川岸には葦が茂っています。多くの橋の下をくぐりながら行くと、左側の東京スカイツリーが見えますが、雲が低く展望台すら見えませんでした。
平井、千住の近くを通りJRの宇都宮、高崎線の橋の手前から岩淵水門を通り、新河岸川に入りました。そして最上部の船着場である小豆沢で折り返して、隅田川を下ります。隅田川の上流部はかなり流れがくねりながら流れています。桜橋を過ぎ向島の桜の緑を見ながら両国へと到着です。殆ど1日を費やした東京巡りでした。
by minoru_mogi | 2011-07-01 09:49 | 随想 | Trackback | Comments(0)