山歩きとそこで出会う花たちへの思い


by minoru_mogi
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<   2010年 09月 ( 4 )   > この月の画像一覧

 江戸時代の歴史に詳しい友人に連れられて、川越近郊の地を訪ねた。
江戸時代の頃,柳澤吉保の父【安忠】は館林藩の勘定奉行で、530石取りの身分であり、藩主は徳川綱吉で25万石の大名であつた。その長男吉保は綱吉の小姓より身を起こし、元禄元年(1688年)には1万2000石取りで、大名に抜擢された。(大名とは1万石以上の禄高取りをいう) そして元禄7年(1695年)には武蔵川越藩主となり、7万2000石の城主となった。
 その吉保が最初にやった藩の仕事は、水の無い北武蔵野台地の新田開発であった。そこに移住した農民には広大な土地が与えられた。その広さは間口72メートル、奥行き675メートルの東西に広がる土地で、一戸当り5町歩約5ヘクタールである。
しかし、その土地は水が殆ど無く、井戸を掘っても27メートルもの深さでなければ水は出ず、技術的にもその深さを掘るのは難しく、村に数箇所の井戸であり、乾燥時には水切れを起こして、時には1里(4キロ)の道を歩いて川水を運んだと言われている。
この三富新田の畑は田圃は全く無く、サツマイモが主産物でサトイモやニンジンなどの根菜類が今も植えられている。(開発当初はまだサツマイモの栽培は広がっていなかった)
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この個別の畑は、まず街道に沿って欅の並木があり、次に屋敷地となり、その裏は畑が続き、その畑は茶の木で区切られており、一番奥にはクヌギ林となっており、その落葉は肥料としての堆肥として利用され,木は薪炭として利用された。
この短冊形の農地が今でも高いところから見られるという上富小学校の屋上に登らせてもらい、この写真を撮った。また、この地で200年を経たわら葺屋根の島田家住宅が公開されており、市の資料館として開放されていた。そこには寺子屋として使用された部屋があり、昔の形を留める机も置かれている。
 また、吉保が農民のために建立した広大な敷地の多福寺と多聞院にも立ち寄ったが今が盛りのまんじゅしゃげが広がっていた。300年前の業績が今も残る農村の姿と、街道沿いにのぼり幡を立ててサツマイモの土産物を売る農家の姿に江戸時代を彷彿とさせる景色があった。
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by minoru_mogi | 2010-09-25 22:30 | 随想 | Trackback | Comments(0)

セスジツユムシ No302

 今年の夏のバッタ類の発生状況は極めて悪かった様です。我が家の庭でも毎年ショウリョウバッタが沢山発生して、シソの葉が食べられて穴だらけになり、食卓に出せない状態です。
しかし、この夏はバッタの発生が殆ど無いのと共に、酷暑と雨が少なかったために、シソの葉が伸びずに縮れて伸びませんでした。8月末に雨が降ると一気に葉を伸ばして花と実が付きました。
同じ様に葉が全く伸びなかった草花があり、フジバカマがそれです。同じように例年に比べて草丈が半分位で葉が下の方から枯れて花芽が出てこないのです。
このフジバカマの花は蝶の大好物で、その蜜を吸いにツマグロヒョウモン蝶が毎年沢山集まってきます。しかし今年は花が無い状態です。
2・3日前の朝日の夕刊に今頃になってツマグロヒョウモン蝶の日本列島北上の記事が載っていました。もう何年も前からの事実で、このブログでも取り上げ、2006年9月20日の記事、97話にすでに記しております。
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 このところ涼しくなり、秋の虫の音が暗くなるとにぎやかになってきました。コオロギの音はよく判りますが、この庭にいるセスジツユムシの出している音は明白には分からないでいます。
多分、「ツィ ツィ」とだけ静かに鳴く音がそれであろうと推察しています。
静かな夜に鳴く虫の声を聞いているのも良いものです。
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by minoru_mogi | 2010-09-18 16:58 | 動物・昆虫・その他 | Trackback | Comments(0)
 8月半ばより今迄好調を保っていたパソコンが、急におかしくなり、カーソルが動かない
事態が頻繁に発生して、ディスプレイには変な像が出る様になりました。
これは大変とばかり、今までは殆どバックアップを取っていなかったので、急いでDVDと
CDに画像や住所録、メールアドレスなどをコピーしました。
記憶容量250ギガの中で、実際に使用しているのは35ギガ位でしたが、その中で何と言っても大きな物は画像です。海外旅行の写真から、娘の結婚式、山歩きの写真と、更に私の今迄書き溜めたブログだけでも300話近くあり、そのコピーは大変でした。
新しいパソコンを調べに秋葉原に出掛けて、パソコンの専門店に行きました。今まで使用してきた機種は5年を経ており、かなり高度なスペックの物でしたが、さすが5年を経るとパソコンのそれは大きく進歩しており、HDDも500ギガから1テラが標準です。
私がパソコンに期待する仕事はワードによる編集とエクスプローラーによる検索、それにメール機能や画像加工であり、ビデオ画像の編集までは手を広げない予定です。
そこで、CPUは最近の標準のダブルコア2.9ギガヘルツとし、HDDは500ギガとしました。
メモリーには標準の2ギガを増設して4ギガにして、画像の処理を早く出来る様にビデオカードを加えて発注することにしました。また敢えてカードリーダーは付けませんでした。
発注より1週間で国内の工場で組み立てが終わり9月初旬に家に届きました。
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 さて、そのセッティングが大変なので、パソコンに詳しい友人にきてもらい作業を主導してもらうことにしました。先ず、以前使用していたパソコンよりHDDを外して新しい500ギガのHDDの予備スロットに移設して、そこからハードディスクの内容を1つずつ取り出して、新しいものにコピーして行きます。これには多大な時間が必要でした。
新しい機種のOSはウィンドウズ7ですので、今までのアプリケーションソフトが対応出来ない物が沢山出てしまい、バージョンアップが必要な物と、新しいソフトを入れねばならぬものが沢山あり、慌ててヨドバシでソフトを買う破目になりました。
 据付が終わってみると、古い機種では最初1分20秒で立ち上がった画面が、ストップ直前には2分を超えていましたが、今度は1分で立ち上がりご機嫌です。
その他のソフトも反応が早く、更に思いもかけなかったプリンターの速度が、A3の1面を印刷するのに45秒が必要であつたものが、30秒で印刷出来る様になった事です。
これにより、毎月印刷する会誌の印刷が、丸2日がかりであつたものが、ほぼ1日やれば出来上がる可能性が見えてきました。
色々と苦労がありましたが、やはり新しい機械は優れていることが証明出来ました。
只、困ることは実にソフトや他で金食い虫であることです。
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by minoru_mogi | 2010-09-11 22:43 | 随想 | Trackback | Comments(0)

松葉ボタン  No300

 今年は9月になっても酷暑が続き、日中温度が36℃を超える日が続いている。
栽培している高山植物にとっては暑さが大敵なので高山性の吾妻シャクナゲは、標高1500mを超える高さに適合しているもので、20年以上栽培している株で花芽が15個も付いたことを喜んでいたところ、葉が巻き込んできており枯れてきそうである。
数あるシャクナゲの中でも本来は福島県など東北地方に原生地がある吾妻シャクナゲは極めて暑さに弱いようである。我が家のそれは瑞牆山(ミズガキ)の2000m付近から移植されたものである。
その他にも鳳凰シャジンや岩シャジンは下葉から枯れてきており、今年は花は望めそうにない。
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 ところが、この暑さの中で元気に連日花を咲かせている花もある。それは松葉ボタンである。
1日中日当たりの良い乾燥する場所こそが適地といえる。原生地は南米ブラジルであり、文久年間(1861~1864)にオランダから渡来したとされる。
しかし、昨今はもう少し花が大きくて色彩も多い、同じくスベリヒユ科の「ボーチュラカ」が園芸店では多く売られている。こちらは葉が雑草のスベリヒユのようにへら形をしているので見分けられる。
今は庭の花はほとんど無いが、秋の花の開花を願ってバラの夏剪定を終えて、肥料の牛糞を沢山根元に撒き、秋の10月の花の成長を期待しているところである。
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by minoru_mogi | 2010-09-05 21:23 | 栽培山野草 | Trackback | Comments(0)