山歩きとそこで出会う花たちへの思い


by minoru_mogi
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鳥の好みの実 No263

 今年も例年の如く、長野県の親戚のリンゴ農家の収穫のお手伝いに、それを一度体験したいという友人と一緒に出掛けてきました。その日が連休初日とあって6時半頃に高円寺を車で出発しましたが、途中高坂まではかなりの低速を強いられましたが、それよりは順調に走り10時半には目的地に到着できました。そして直に仕事着に着替えてリンゴ畑に出ました。
 今年のリンゴは6月の降雹で大きな被害が出て、実の数は例年並みに成っています。しかし、その表面はアバタ状に傷痕が残っており、無傷のものは2割程しかない状態です。大きな傷のものはジュース用にしかならず、2割近い実がそちらに選別されていました。農家にとっては大変な農業収入減と思われます。
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実を採りながら気付いたことですが、今年のリンゴは鳥による食害はここ5年位では一番少ないと思えるのです。そのことを畑の持ち主に聞くと、今年は柿の出来が非常に良く、何時もは群れでリンゴを食べに来るヒヨドリが、甘い柿を好みそちらに先ず行って食べていると言います。しかし、リンゴ採りの作業中にも6・7羽の小さな群れが来てつついてゆき、声で追い払っても人をあまり怖れません。
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 鳥をよく観察していると鳥の好みが判ってきます。我家の庭の例では秋から冬にかけての実を好んで食べる順番がほぼ見えてきています。
先ず第一は9月に熟するアケビが狙われます。これはヒヨドリ・メジロ・スズメが割れた身の中の甘いゼリーを食べます。第二はムラサキシキブです。これにはメジロが群れてきます。
ヒヨドリが来て食べると小さな実が食べつくされてしまいます。
三番はナンテンです。毎年この実は早くより食べられてしまい、美しい姿を見ることができません。これもヒヨドリです。四番目はサネカズラです。この美しい実が10月末に赤く玄関先のフェンスで目立ちだすと、ヒヨドリが食べてしまい、葉の茂みで隠れていた実だけが残り、他は食べられてしまい花托の赤いイチゴ様な部分だけが残ります。
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五番目はムベです。11月になると果皮が紫色のアケビと同じ色になり、その皮が柔らかくなりヒヨドリのくちばしで穴を開けられるようになります。この実は冬中ヒヨドリの食卓となり、特に雪の中で食べられる少ない果実というところです。六番目はクロガネモチです。これは良く観察していると他の木の実が無くなると止むを得ずに食べにくるという様子です。
他にはセンリョウやマンリョウがありますが、これらもシーズン末の食べ物が少なくなると食べるものです。その様な訳でこれらは正月でも美しく観賞できます。
 我家には柿の木が無いのですが、隣の家の柿にはオナガがきてギャーギャーとやかましく食べてゆきます。姿は美しいのですがその鳴き声はいただけません。
鳥たちは何時も家々の庭を回りながら、食べられる実の熟し具合を見ているのでしょう。
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by minoru_mogi | 2009-11-29 23:34 | 動物・昆虫・その他 | Trackback | Comments(0)

むらさき芋 No262

 今年5月の頃、息子と娘の5歳と3歳の孫娘たちを喜ばせようとサツマイモの苗を20本ほど買って庭に6株植え付けました。日当たりの良い乾燥土壌なので、夏場には蔓がどんどん伸びて良い芋が出来そうな期待を抱かせます。11月のお休みにかけてその芋を掘ろうと孫たちと約束をしました。
その芋掘りの当日の土曜日には私は関西からの旅行より4時頃に帰って来たところ、孫たちはお泊りで来ており、親たちと一緒に既に掘りあげており、16・7本の芋が泥の付いたまま縁側に並んで干してありました。
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 翌日の昼ご飯にそのお芋の料理をすることになり、家内が芋を台所で切った途端「アッ」と声をあげました。その切り口を見ると何んと濃い紫色です。
私が買った芋の苗は、植え付けに適した時期を少し遅れており、売れ残りのような葉がすでに痛んだ状態のものでした。それにしては高い値段だなとその時に思いましたが普通の芋とばかり思っていました。

この色のお芋を二人の孫は大いに気に入り、ふかした芋を喜んで良く食べます。そして、栗を入れたお芋ご飯も作りました。
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大満足の孫たちは16・7本有った芋の1本を残して全部持ち帰り、お母さんたちが後日にお芋のお団子やケーキなどを作り、その写真がメールに添付されて送られてきました。
あれほどに喜んでくれたところを見ると、来夏も作らないとジイジへの期待に背きそうで、来年は庭にカボチャか地這いキュウリでも作ろうかと考えていたプランをどうしようかと少し迷っています。
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by minoru_mogi | 2009-11-20 21:54 | 栽培山野草 | Trackback | Comments(0)
 今回の奈良より巡り始めた旅行では、柳沢家の大和郡山城址、信長の安土城址、井伊直弼の彦根城を見てきました。
その中の安土城は2001年より発掘が始まり、2008年にかけて整備がなされました。琵琶湖線安土駅前より3キロくらいの位置にある安土山(199m)に自転車を借りて向かいました。
 この城は信長の命令により1576年(天正4年)に築城にかかり、わずか3年で五層七階(地上6階地下1階)33mの木造高層建築の城が築かれ、1579年(天正7年)5月に完成をみましたが、その天守完成よりわずか3年後の1582年(天正10年)6月15日に一夜で焼失落城してしまったのです。
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                   大手門よりの石段
 大手門の石段の上り口は壮大な石の階段が直線的に登っており、その両側には羽柴秀吉邸址や前田利家邸址などが連なっています。この様な直線的な石段は当時の城の設計では考えられないもので、信長がここの本丸御殿に天皇を招き入れる予定の「御幸の間」があつたと「信長公記」にはあります。
この石段の敷石には石切り場よりの石の他に、仏像を彫った石仏が沢山見られるのです。信長の命により短期で城作りをするために手段を選ばなかったのでしょう。明智光秀の謀反という天罰が下ったのかもしれません。
この天守までは100mの高さを石段で昇ります。そしてその天守址からは琵琶湖の西岸や西の湖も見渡せる眺望の良い山頂でした。
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                      天守址よりの眺望
次に山を下りて県立安土城考古館に立ち寄りました。そこには金箔瓦などが展示された充実の博物館です。
翌日は国宝の彦根城を見学しましたが、この城は築城に10年を費やしたとあります。また、城外の堀の傍には井伊直弼が若き頃住んでいた埋木舎があり、歴史の流れを実感した旅となりました。
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by minoru_mogi | 2009-11-15 22:42 | 随想 | Trackback | Comments(0)
 毎年、10月末から11月初旬の2週間を少し超える日数にて、奈良国立博物館で催される「第61回正倉院展」へ歴史に薀蓄の深い友人と二人で出掛けてきました。
20年位前より今回で5回目くらいの見学です。仕事に携わっていた時には、新幹線の日帰りで行った事がある程魅力のある展覧会です。何と言っても、正倉院の8500点に及ぶ宝物の中より今年は66点が出品されており、その中の12点は今まで出ていない初出陳のものです。私が今までに見たものでは刀子(とうす)だけだったと思います。これらの品は765年に亡くなった聖武天皇の遺品が中心であり、制作年代やどこから来たものか明白なものが多く、考古学的にもその価値の大きなものばかりです。
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                  螺鈿飾りの鏡 径39センチ
私がこの展覧会に興味を持ったのは、仕事の関連で日本人の着用していた衣装史についてその時代の実物を目にしたいとの思いからです。それらは貴族や楽人達の衣装が中心ですが、東大寺の大仏開眼の折の伎楽衣装や、工人たちに貸与されていた麻の衣装があります。
この頃の日本の衣料の繊維は絹と麻であり、まだ綿は日本では栽培されておりません。絹は錦と絁(あしぎぬ・・・質の悪い絹織物)に分かれていました。
 この展覧会を見るが為に11月4日の夜23:15に新宿から奈良に向けて出る、奈良交通の深夜バス「やまと号」に乗りました。私は以前から一度夜行高速バスに乗ってみたいという願望があり、その日は若者が旅行に出るようなうきうきした気分で、最近これほどに心が躍る思いをしたことはありません。
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しかし、娘は一度乗ったことが有り、翌日の夕刻になるとドッと疲れが出て大変だよと言います。初めてのこのバスは2階建てで横3列の座席の間隔が広く、椅子のリクライニングも150度くらいまで倒す事が出来ます。席にはゆとりが有りますが、足先が寝ると少し窮屈です。バスの乗客は70%くらいであり、20~30代の女性が多く、男性は40~50歳くらいの30%位でしょうか。70歳代は我々2人のみでした。渋谷の大橋を過ぎて高速道路に乗ると直に消灯となり、席を倒して寝ることにしました。
海外旅行で13時間掛かるヨーロッパまでと比べれば、翌朝6;30までの7時間は楽であろうと考えていました。予想外であったのは飛行機と違い振動がかなり大きく、うつらうつらの状態で朝6:30に奈良近鉄ターミナルに着きました。
久し振りに好奇心と冒険心を満たすことが出来た深夜バスでした。しかし、それからが予期せぬことが待っていました。この続きは機会が有ったら書きたいものです。
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by minoru_mogi | 2009-11-08 18:07 | 随想 | Trackback | Comments(0)