山歩きとそこで出会う花たちへの思い


by minoru_mogi
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<   2007年 10月 ( 4 )   > この月の画像一覧

 秋の紅葉もそろそろ1500m付近まで下りてきているかと考え、天気予報の快晴の最後の日という言葉に誘われて三頭山に独りで出掛けてみました。
10時少し前に都民の森に到着して、今回は以前歩いていない三頭大滝よりのコースを登る事にしました。紅葉の少し始まった美しい滝の姿を見てムシカリ峠への道を予定していたところ、そのコースの入り口はロープで閉鎖してあり、山道の崩壊があって閉鎖との説明があります。そこで別のコースを行くことになりましたが、大沢山より西原峠よりの尾根に出てから、大沢山(1482m)を経て行かねばならず、50分も余分に歩く事になりました。
 止む無くゆっくりと歩いていると私のペースと同じで歩いてゆく登山者がおり、一緒に話しながら登る事にしました。聞いたところでは最近体調不調で山登りが出来ず、今日はかなり良くなったので試しに大滝まで歩き、その後数馬の湯に立ち寄るつもりで車で出てきたとの事でしたが、途中で気が変わり登る事にしたというなかなかの山のキャリアのある方でした。しかし、今も週に一度膝の溜まった水を抜いているとの話しです。
期待していた紅葉はまだ山頂付近にも降りてきておらず、もみじや楓が一部色づいているだけです。山頂に到着したのは本来のスケジュールでは下山開始時刻の12時半となっていました。期待していた快晴も雲がかなり出ており遠望はありません。山頂では20名くらいの同じ年恰好の人々ばかりが休憩をしています。
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山頂での食事休憩時間を20分として下山する事にしました。そこで、一諸に登ってきた方に先に下山しますと告げてバスの時間に間に合うように少し急ぎ足で下ります。
鞘口峠より森林館を通りバス停には発車時刻の20分前に着く事が出来ました。安心して休憩を取り、汗で濡れたシャツを着替えて時間を待っていたところ、バスの時間の10分前位に山頂で先程別れた方が降りてきました。この人は八王子の楢原にお住まいの方でこれから数馬の湯に入り帰るとのことで、一緒に温泉に立ち寄りませんかと声をかけてくれ,そこで、一緒に車に乗に乗せてもらい行くことにしました。湯には汗をかいた後でもあり気持ち良く入りました。そしてバスには乗らずに八王子市内まで同乗させてもらい西八王子駅より家に戻りました。そのお蔭で帰宅時間は温泉を楽しんできても最初の帰宅予定時間と同じ時刻に帰宅することが出来た充実の山歩きの一日となりました。
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by minoru_mogi | 2007-10-26 11:46 | 歩いた山 | Trackback | Comments(0)
 この10月半ばに国立西東京YMCAの地域活動のひとつとして、「ファミリーウオーク」という行事の計画と実施に携わりました。今回、この行事は八王子地区で誰でも参加OKの子供も大人も家族で楽しめて、更に健康作りをも主要な目的としています。
当日は雲が少しある好天に恵まれました。集合場所の駅前に集まってきた人は、私の想定を大きく外れて5才から73才と思わぬ幅広い人達です。実は私が考えていたところでは多分小学生低学年の家族と中高年の人達になるだろうと思っていたのです。
そのウオークのテーマは「戦国時代より21世紀へ」としました。
 定刻10時に出発して戦国時代は八王子城の出城ともいうべき、今は都立片倉城址公園の林の中を歩き、水車のある水場から丘を上がり本丸・二の丸の広い原っぱに出ました。昔の空堀の城門付近を出て野菜畑の中を進むと、丸いクヌギ(椚)の実が沢山落ちており、手の届く木の枝には実がその苞に入っている姿も見えます。
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        右 クヌギのドングリ
小学生の男の子達が実を拾い始めました。私も数個の美しく光る実をポケットに入れました。
昔、子供の頃にはこの実を手に握り数を隠してお互いに出してその全部の数を当てた子が全部もらえる遊びをしました。その掛け声は「ナンゴ・ナンゴ・イクツ」と声を掛け合ったものです。
男の子の一人はこの実を沢山ビニール袋に入れてベルトに吊るしました。さて、これを後でどの様にして遊ぶのかなと思いましたが、現代の子供もドングリに興味を示した姿に安心しました。
さらに歩いて行くと八王子みなみ野ニュータウンの住宅地に入り、そこでは電柱は地上には無く、テレビのアンテナも見えません。これらは地中の共同溝に納められており、光ケーブルのCATVとなっている美しい21世紀の環境の街でした。 栃谷戸公園
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 昼食をとった栃谷戸公園には教育用の段々畑があり、田んぼも数面広がり今は稲が黄色になりお米も実っています。おにぎりを食べ終えた子供たちがそこでバッタを捕り始めました。
私も参加してみると、います、います、昔の田んぼのようにイナゴが沢山跳ね飛んでいます。
捕まえようと手を伸ばすと葉の裏側へくるりと廻って隠れます。(コバネイナゴ
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男の子も女の子も夢中になっていましたが、女の子の一人が「私は虫が駄目なの」と触れません。でもその5才の妹は私が差し出したイナゴに触れてみました。
 次は日野自動車の古いトラックやバス・消防車が展示してある「日野オートプラザ」の見学です(見学無料)。トラックのエンジンの他に戦時中に航空機のエンジンを製作していた見本が展示されており、小学生の高学年の子供たちには興味を引くであろうと思いました。
みなみ野駅への帰りに、子供のビニールの袋を見ると、カマキリ2匹・イナゴ10匹くらいが同じ袋に詰め込まれており、家に帰りそれを開けたらお母さんが驚かないかなと少し心配をしたものです。次回の折には更に楽しいものを提案したいものと考えています。
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by minoru_mogi | 2007-10-20 14:57 | 動物・昆虫・その他 | Trackback | Comments(0)

ブナの林 No158

 私は常々世界遺産の白神山地のブナの森を一度訪ねてみたいと考えています。
この10月に河口湖畔に近い御坂山を歩いた時に、その頂上付近で大変美しい単一樹種の林の中を歩きました。その樹は肌が滑らかで灰色の樹皮、枝は下部には無く高い位置で分枝して茂り、葉はクヌギよりも少し小さい様子です。樹高は20メートルくらい、樹の直径は30センチ近くあります。
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              御坂山山頂のブナの樹々
しかし、今までにこの樹をみたことはあまりなく判りません。そこで、帰宅後早速にインターネットでそれと思える樹種を検索してみました。すると、それはブナ(橅)の樹であると分かりました。さらに、白神山地のブナの森の各シーズンの画像を見てみると、実に立派な林の姿です。さらに調べてゆくとこの御坂山のブナの林について書かれた良い画像のあるサイトが見つかりました。     〔  http://photohi.sakura.ne.jp/misaka/misaka.htm 〕
これらの写真は技量が優れており大変分かりやすいものでした。このサイトを是非見ていただきたいものです。
当日一緒に歩いた友人が山頂での写真を撮っていたので、早速それを添付して送ってもらい、ここに掲出しました。東京の近郊でこれだけ立派なブナの林は他にはあまり無いと、他の方のホームページには書かれていますが、その通りでしょう。新緑の頃か紅葉の頃にこのコース(第157話参照)を歩いてみることをお薦めしたいものです。
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by minoru_mogi | 2007-10-12 14:51 | 樹木とその花 | Trackback | Comments(0)
 低山歩きでもやっと歩ける秋の気候が到来した10月の第1週に、今まで何度か歩いたコースを足慣らしに友人と歩いてきました。河口湖駅より旧御坂トンネル入り口の天下茶屋までタクシーで行き、9時半に到着しました。朝出掛ける時は全天曇りでしたが、天気予報が的中して急速に天候が好転して雲は多いものの、晴天の日差しが広がつてきます。
茶屋前を出発すると、第155話で紹介した太宰治の「富士には月見草が・・・・」の立派な句碑があり、その前を通り尾根へと向かいます。ふと思いましたが、月見草が咲く頃の富士山は今日のような無機質な黒い姿であり、それでこそ黄色の花の優しさが似合うと感じたのかとも想像を廻らしてみました。 
紫色のトリカブトが山道沿いに沢山咲いており野菊の仲間も白い小さな花をつけています。
あまり汗にもならずに御坂山の頂上に達しましたが、大木が繁り視界は全くありません。しかしその森はブナ大樹の美しい林となっています。
暫く行くと今まで歩いた時には無かった高圧の送電鉄塔が現れました。そこでは工事のために木が切られたとみえて富士山の側も、北西の南アルプスが見える方向も絶好のビューポイントになっていましが、しかしアルプスは雲が多く稜線が切れ切れに見えるだけでした。
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 峠へのくだりにかかると、以前来た折に説明看板にみた山城の跡と思える空堀状のところや、石組みのところが現れました。峠に下り立つと金属板の説明板があり、昭和43年に甲府の旧家からこの城を記した絵図が発見されて御坂城の伝承の話しが確認されたのです。
この城はは鎌倉往還が城の中を通つており東西700m、南北500mとある広いものです。北条勢が甲府の武田を監視する目的で拡張されたともあります。峠の茶屋は今は全く使用されていない風情で閉まっており、以前はそこから見えた富士も木々が繁り見えない峠になっていました。
 そこでの昼食をのんびりとコーヒーなどを淹れて楽しんでいると時間が少なくなり、隧道入り口のバス停(三つ峠入り口)に急いで下り立ったところ、時刻表よりも13分も過ぎて到着し、バスはもうとっくに行ってしまったとガッカリして後1時間待つことにしたその時、甲府から富士吉田行きが遅れて来て間に合いその幸運を喜びました。
 今回の山歩きで1つ気に懸かるかることがありました。それはこのコースに沿って日本シャクナゲの20年生くらいの株が多数植えつけられていたのです。この御坂山塊ではシャクナゲは今まで全く見たことはありません。しかし、植えられた関西地方のホソバシャクナゲや山梨県北部に多いアズマシャクナゲがあり、今後の植生の変化が進むのではないかとの疑問を持ちました。今回、紅葉はまだ全く進んでいませんでしたが、このコースには楓の木も多く、10月の下旬にかけては歩くには最適な時期であると思われます。
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by minoru_mogi | 2007-10-06 20:35 | 歩いた山 | Trackback | Comments(0)