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山歩きとそこで出会う花たちへの思い


by minoru_mogi
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<   2006年 07月 ( 5 )   > この月の画像一覧

山小屋で大部屋の同宿者との会話は楽しいものである。独りでも直ぐに話す仲間が出来る。
白馬鑓温泉の露天風呂では、満天のに広がる天の川を見上げながら、八幡平のどこの露天風呂が素晴らしかったとか、高瀬川沿いの湯俣温泉の河原の中の露天風呂では、昨夜の雲ノ平の上に広がる星空を、私は三俣蓮華の尾根で、ウインパーテントから頭を出して見たと言うと、他の若者はシュラフカバーだけで這松の中にもぐりこみ、ずっと天空を見ていた感動を話してくれた山の猛者もいた。
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     左より 横岳・赤岳・中岳・阿弥陀岳 (ロボット観測場付近より)
 八ヶ岳の赤岳鉱泉では美濃戸口でバスを降り、埃っぽい車道を美濃戸山荘まで行き、北沢沿いに歩き小屋には午後2時前に着いた。この頃の山小屋では個室も備わり、同じバスから歩いてきた女性のグループは個室にゆき、大部屋には中年男性2人連れと私の3人が入った。
暫くすると、25歳くらいの女性が1人、ショートパンツにハイソックスで健康的な太い腿を出した姿で入ってきた。「何処から来ましたか」と話しかけると、「横須賀から海水浴客が電車から降りてくる中を、登山ザックを背負って登山靴で逆行してきました」と、面白い事をいう。仕事はコンピューター関連との事で、ストレスが溜まると山に来るのだと話してくれた。
父親が山好きで子供の時から3人の姉妹を山に連れて行ったが、私だけが山好きになったとも説明してくれた。
 私は山と花のスケッチに来たと言うと、スケッチブックを見せて欲しい明るく言ってくる。見せてあげると、こういうのもいいですねと話す。
翌朝,小屋を出発しようと靴紐を結んでいると、彼女も出発するところである。「今日はどのコースで歩く予定ですか」と聞いてみると、「硫黄・横岳・赤岳・阿弥陀を回る予定です」と答えてくれた。この若さならやれそうだなと「気をつけて」と声をかけ見送った。
 私もマイペースで硫黄岳ではコマクサを、横岳でムシトリスミレとオヤマノエンドウを見ながらのんびり歩くが、尾根ではガスがかかり赤岳も阿弥陀岳も山頂は見えないので、以前にも赤岳も登っているので、地蔵尾根より行者小屋に下る。
小屋の前で冷たい水を存分に飲み顔を洗っていたら、今朝会話をした彼女にまた出会った。
時間から見て全行程を行けたとは考えられないので聞いてみると、途中の中岳より下りて来たとの事であった。
明るくて個性的なこの登山者は大変印象に残った山小屋での出会いの一人である。
by minoru_mogi | 2006-07-31 22:23 | 随想 | Trackback | Comments(0)
 山歩きの折にスケッチを始めたのは1964年(昭和39年)である。
その年の5月の連休明けに立山へスキーと山登りに出掛けた。 その頃の山のスタイルである2尺4寸のキスリングでスキーとアイゼン・ピッケルを持ち、富山を経由して美女平に着いたのは新宿を出て2日目の昼過ぎであった。そこから雪の壁の中をバスで天狗平まで行き、室堂までは深く積もった雪の上を歩き、到着後に今度はゆっくりと下って雷鳥沢の雷鳥荘へと入った。
 快晴の翌日と2日目は雷鳥沢を登りスキーをしたが、雪崩の跡が多く雪の中に石の塊があり、あまり良い状態ではなかった。3日目は雄山へとアイゼン・ピッケルで夏道ではなく山肌を直登して山頂に立った。山頂からは剣岳の全景が鋭角で連なり、なだらかな曲線を描く大日岳とのコントラストが素晴らしいものであった。
 この山荘に同じように単独行の大学生が来ていた。その学生は大きめなスケッチブックを広げてパステルで絵を描いている。見せてもらうと雷鳥の姿が実に上手く描けている。
「上手ですね」というと「誰にでも描けますよ」と言う。そして「パステルで描くと易しいですよ」と先ず描いてみる事を勧めてくれた。
そこで、この年の秋山で穂高に行った折に上高地で梓川の河原から穂高連峰を描いてみた。
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最初の絵としては十分に満足できるものが描けたと思っている。これに気を良くしてその後奥鬼怒沼山から燧岳の姿や数枚のものを描いたが、これらはあまり良い出来ではなかった。
そして少し都合の悪い点が出てきた。パステルで描いた絵は画帳を閉じると隣のページに色が移ってしまうことである。また、24色のパステルはザックに入れて置くと山では折れてしまうこともある。
 丁度その頃山岳画家の山里寿男氏の「登山者のためのスケッチ入門」という本に出合った。その中で水溶性の色鉛筆での淡彩画の説明があり、そこで直ぐにこの方法で描くことにした。当時はこの西ドイツ製のステットラーの24色のものはかなり高価でボーナスの出た時に購入したものだ。そして、それまでは山の花も接写写真で撮っていたが、写真では周りの不要なものが写り込むので、これもスケッチ画で描く事にした。
 この方法では、山の景色も花の姿も先ず鉛筆でスケッチをして、山では部分的に主要な部分のみ色付けをしておく。花は特に花色は忠実に描き、4・5回薄い色で重ね描きして描きあげる。
そして、山より帰り1・2週間以内に写真等で色を参考にしながら完成させるのである。
この方法では山の楽しみが2回楽しめる。帰宅後のスケッチの色付けは横にコーヒーカップを置き好きな音楽をCDで流しながら筆を運ぶと、山を歩いていた景色が眼前に広がり充実した時間を満喫出来るのである。
山歩きを楽しむ人には、今からでもこの様に自分で描いてみることをお薦めしたい。
by minoru_mogi | 2006-07-24 15:37 | 随想 | Trackback | Comments(0)
我が家の庭で日本産の百合で最大の種類であるサクユリ(作百合、別名為朝百合)が咲き出した。この百合は伊豆半島から伊豆諸島を原産としており、山百合の変種と考えられている。
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                  サクユリ
昨今人気の高いカサブランカやオリエンタル・ハイブリッドと呼ばれる百合の親となったものである。花も山百合より大きく直径が20センチ近い。またその匂いも山百合と同じように強い。

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山百合
山百合との違いは花弁の中にある赤い斑点が無く、白い点に変わっていることである。カサブランカの遺伝子を調べてみるとサクユリと日本産のササユリ(笹百合)の遺伝子が入っているという。百合の世界も日本産の花がベースになっているものが多い。この笹百合は薄いピンクであり、爽やかな芳香を放ち6月に咲く。
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                   ササユリ
他には洋シャクナゲが屋久島シャクナゲを交配種としているものが多いのも知られている事実である。
by minoru_mogi | 2006-07-17 20:49 | 栽培山野草 | Trackback | Comments(0)

夏山の計画 (No84)

 7月も初めになると、いつもこの夏の山行きの計画を考えるようになる。
私の3人の子供達、長男、長女、二女ともに子供の頃より山に連れて行き、その中の誰かが山好きになる事を期待した。未だ3・4歳の頃より、スエーデン製の子供の背負いフレーム(子供は前向きに座り、親の頭の上に顔が出る)に入れて八ヶ岳山麓などを連れ歩いたものである。
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画像は北岳の山頂より間ノ岳・農鳥岳方面 赤い屋根は県営北岳山荘

予備校生であった長男との最後の山は8月の初めに白馬岳に2泊3日で行き、猿倉より白馬鑓温泉、白馬岳、白馬大池を経て蓮華温泉へと下るコースであった。
猿倉を朝出発して樹林帯を抜けたところの周りの景色が開けて来た所で、沢山の下山者たちが降りて来た。その中に私の仕事の知り合いの男の人が居る。しかも彼は女性を背中に負んぶしているではないか。聞くと親戚の女性2人と共に白馬に登り、下りで1人が足をくじいてしまったという。男2人の我々としては何かお役に立ちたいが、方向が逆ではどうすることも出来ない。彼は30台の後半で180センチもあるハンドボールの選手でもあり、猿倉までの下り2時間には十分耐えられるであろうと推測してそこで別れた。
 この年は梅雨明けが遅れており、前線は北陸地方にはまだ停滞していた。標高2350mの鑓温泉の露天風呂を楽しんだ翌日は朝から雨とガスである。こちらからのルートを登る人は少なく、他に年配者が1人だけである。尾根に出ると風雨が真横から吹き付けてくる。雨は冷たく手の感覚が鈍くなってくる。
先の見えないガスの中を進み続けると山頂小屋の発電機の音がコトコトと聞こえてくる。小屋はもう直ぐだと思い急いで歩くが、いくら歩いても音は同じように行けども行けども聞こえる。やっとの思いで昼頃に山頂小屋へ到着した。着衣は雨と汗でビショビショに濡れており、温度計を見ると5℃を指している。
翌日もまた朝から雨。雷鳥坂で数羽の雷鳥を見つけた時には、息子も好奇心を示したが、山の花には目も向けない。昼をかなり過ぎて蓮華温泉へと下り、さらにそこでもう1泊しようとしたが、立派になったロッジでは満室で断られた。止む無くバスで平岩へ出て、その日のうちに東京へ戻れそうな急行に乗り、その夜遅くに帰宅できた。
これに懲りたとみえて、息子は山には一緒に行かなくなった。娘たちも誰も行きたいなどとは言って貰えない。やはりアルプスの最初の印象が良くなかったようである。
さて今年はどうしたものか、これから考えてゆきたい。
by minoru_mogi | 2006-07-10 23:32 | 随想 | Trackback | Comments(0)
 北岳に並ぶ高山植物の多い山とされる仙丈岳へはだいぶ以前の8月上旬、天気の安定する頃に独りで出掛けた。芦安村(今は南アルプス市)の村営バスを北沢峠で降り、近くの山小屋へ泊まろうと考えていたら皆満員で断られた。止む無く更に少し下り大平(おおだいら)山荘へ向かうと意外と空いており、先ず、ゆでた恰好の悪いトウモロコシを出してくれた。
部屋は大部屋だけであったが白簱史郎氏の大きな白黒の山の写真が掲げてある。小屋の人達も山村の人という感じで温かく、私はこの小屋に泊まったことの幸運を喜んだ。
左:仙丈岳 右:甲斐駒ケ岳 (北岳肩の小屋より)
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 翌日は藪沢沿いに登ったが、沢筋は花が多く疲れも忘れて馬の背ヒュッテへと歩き、小屋の周りからはクルマユリ・シナノキンバイ・タカネグンナイフウロウのお花畑が広がる。
湿ったところではクロユリが沢山咲いており、礫地にはキバナシャクナゲやチシマギキョウが咲き乱れる。花の写真を撮るべく一眼レフと135ミリとマクロレンズの重い交換レンズをザツクに入れていたが、暑さと疲れでザックより出す気力が失われてしまった。
山頂もあと30分くらいの礫地に出たが、ガスが広がりだして周りが見えなくなってきた。時計を見ると丁度12時であり、食事とした。山頂まで行くと13時にはなりそうである。
そこで時間と疲れの状況から引き返すことを考えたが、ここで登らないとこの山に登るチャンスはもう二度と無いかもしれない。
暫くするとガスが薄れだし山頂が見える。重い足取りで一歩ずつ登りだしやっと頂上に立てた。しかし、視界は悪く北岳も甲斐駒も見えない。山頂には先生と一緒の男子高校生が12・3人おり大きな丸ごとのスイカを割って食べだした。登山者は私の他に二人の男性である。
そのスイカの一かけらを我々におすそ分けしてくれないかと期待していたのだが、唇をなめるだけで終わってしまつた。まさか分けて下さいとは言い出せなかった。
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 山頂は10分くらいで直ぐに下りにかかり、ヒュッテ下の沢の出合いで顔を洗い小憩をしてやっと気分に余裕が出た。そこで最後の気力を振るいその沢筋に咲いていたタカネグンナイフウロウのスケッチをはじめた。この紫色の花弁は大変美しく、特に花弁の重なったところの紫色は特に美しく目立った。
小屋に戻ったのは5時も近い頃で、体力も限界に近づいていた。
今でもあの時のスイカのことはかえすがえすも羨ましい思いであった。
by minoru_mogi | 2006-07-03 21:30 | 随想 | Trackback | Comments(0)