山歩きとそこで出会う花たちへの思い


by minoru_mogi
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<   2005年 11月 ( 5 )   > この月の画像一覧

11月21日より4日間、長野県上田市の10数キロ郊外にある親戚のリンゴ園にりんごの収穫のお手伝いに出掛けた。今年の果実の付き具合は、昨年のひどい出来に比べるとかなり数が付いており、腐った物や虫の食べたものは比較的少ないようであった。しかし、収穫の2日目と3日目の朝作業を始める前に、40羽以上のカラスの大群が飛来して、多くの実をつつき甚大な被害を受けた。農業の大変さが身にしみて分った。
今回は仕事が順調に行きもし余裕が出たら、半日の時間をもらい何時も見ている岩場の多い子檀嶺(こまゆみ)岳
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 1223mに登ろうと靴もザックも用意して出掛けた。この山は麓の東郷地区の人に聞くと、山頂の視界も良く、正月には初日の出を見に雪が少しあるが1時間半で登れるとの話であり、前々から機会があれば是非登りたいものと考えていた。
2日目の朝は霜が降りて朝霧がひどくなり、リンゴも葉もぬれて乾くまで作業に取り掛かれなくなってしまった。その乾くまでの時間を利用してスケッチをはじめた。例年はこの頃がクヌギや落葉松が丁度紅葉で山が明るく輝くのだが、今年はその時期が過ぎてしまっており、少し淋しい山姿であった。


d0059661_231249.jpg毎日、朝9:30から夕方16:00まで4人で作業したが全てをとり終えるまでには至らず、残念ではあったが山登りも諦めて帰ってきた。来年はリンゴの花摘みを手伝いに出掛けてその機会を利用して是非登りたいものである。近くの田沢温泉もひなびた温泉で好感がもてる雰囲気である。
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by minoru_mogi | 2005-11-25 23:04 | 随想 | Trackback | Comments(1)
この1ヶ月にわたり山歩きに出掛けられずストレスがたまり、土曜日に冬の足慣らしに最適な奥多摩の日の出山(902m)に出掛けた。紅葉の頃とてハイカーは多いが、今年の奥多摩の紅葉は見るべきものはなかった。しかし、山の植物の実がとても美しく輝いていた。
山頂ではマユミが美しく弾けており、つるで絡んだサルトリイバラ
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と地表を這うツルリンドウが同じような朱赤に照り輝いていた。前の記事に書いたサネカズラが今年も赤い実を付けているかを確かめるのも今回の目的であった。山頂からは奥多摩の川乗山・鷹巣山・大岳山、北の方には奥武蔵の丸山山頂にある展望台が白く光って見えた。東には筑波山から八溝山地が望める。日光方面は雲が上空にあり山を特定出来なかった。
山頂は10:30に着き、小憩後直ぐに三室山へ向かい、途中の高圧鉄塔の下の緑の芝生で正午の昼食をとり青梅梅園には13:30着。電車の連絡が良く15:20には帰宅できた。
ナナカマドやムシカリ(オオカメノキ)の様な高山性のものはないが、草の実が朱色を演出している。このサルトリイバラとたった一株だけ出会ったツルリンドウは同じところにあり、そこで写真を撮りしばらく見とれていた。
この山は冬こそ最適な山で、特に雪が降った翌日の快晴に歩くと高山の趣も味わえて、私の思い立ったらその朝に出掛ける山なのである。
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by minoru_mogi | 2005-11-20 20:30 | 歩いた山 | Trackback | Comments(0)
今回は山と離れて川景色となったが、お許しを願いたい。
初冬の温度となった晴れた日に、皆で歩くハイキング(ウエルネス)のコース下見に出掛けた。東京と千葉県との境にある葛飾柴又の帝釈天に先ず立ち寄った。門前の土産物屋は懐かしい食べ物や雑貨やら、露天ではカルメ焼きを作りながら売っている。お堂の素晴らしい彫刻を眺め、庭園を巡り、山本亭では菊の飾られた庭を観賞して、江戸川の広い堤防の上にのぼった。
そこは河原をはさんで千葉の松戸側が望まれ、緑の高台へと続いている。堰堤には背の低いタンポポがポツリ、ポツリと咲き、長閑な昼の時刻であつた。
直ぐ近くの矢切の渡し場へとゆくと、10数人の同年輩の男女が船を待っていた。間もなく対岸から船がこちらに向かってきたが、艪が付いているがモーターで移動してきた。なーんだ、形だけかと思いつつ乗船すると、対岸には艪でこいで渡り始めた。やはり11月半ばでは川風が冷たく、船の平日の運航は月内だけで12月は土・日のみという意味が良く理解できた。
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乗客の他の人たちはそのまま20分後の便にまた乗り戻ると言い、降りたその場で休んでいる。私は直ぐ土手に登り松戸方面を眺めた。そこには対岸の風景と一変して、ねぎとキャベツ畑が広々と緑の平原を見せている。この光景には大変うれしくなった。


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その農道の小道を伊藤左千夫の野菊の墓の記念碑へと向かった。この碑はとりたてて興味を引かなかったが、その先の道祖神の所にある「矢切」の地名の由来の説明で、戦国時代に2度にわたり戦場となり数千人の死者がでた戦いに巻き込まれた農民の悲惨さから、戦いの無くなることを願って付けられた地名であることを知った。小道のなかで見た葉牡丹の出荷前の畑が印象的であった。
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by minoru_mogi | 2005-11-17 11:08 | 随想 | Trackback | Comments(1)
東京近郊の500m位の山で、杉林の登山道の端などで、陽射しもあまり差し込んでいない林下にこのサネカズラは蔓状の枝を伸ばしており、時として木にまとわりついて5mも高くなることもある。この実は11月中旬頃になると、実に美しい真紅の実が花托(直径2.5cm)の周りにぎっしりとついて輝いている。
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山中で見かけるそれはあまり実が多いことはまれであるが、宅地に植えられているものは実に見事である。この蔓が多く見られる所は、越生の駅から歩く大高取山(376m)に沢山自生しており、奥多摩の日の出山から青梅梅林へと下る直前の琴平神社の下で山道が平らになる所の左手にも見うけられる。(11月20日にこのコースを歩いて確認したところ、沢山の蔓が切られてしまい、一株が8メートルほど杉の木に絡んでおり、この実が5個くらい赤々と下がっていた。)我が家の玄関先のフェンスにも、今、サネカズラの実が赤く葉陰に沢山垂れ下がっている。しかし、良く見える所のものは赤く熟してくると直ぐに鳥たちがやってきてついばんでしまう。
でも、この樹そのものが鳥の糞より自然に生えてきたもので、その意味では鳥からの贈り物ではあるが彼らのものでもある。
この植物は雌雄異株であり、時として同株のものも有ると図鑑にはあるが、我が家のそれは雌雄の花が一緒に付く。幸運な実である。
この、サネカズラを読み込んだ歌は万葉集に10首もあるとあり、柿本人麻呂の歌には、「さね葛 のちも逢はんと夢のみに うけひわたりて年はへにけり」等があるが、一番皆さんが良く知ってる歌は、三条右大臣の「名にしおわば 逢坂山のさねかずら 人に知られて くるよしもがな」であろう。
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by minoru_mogi | 2005-11-09 22:12 | 樹木とその花 | Trackback | Comments(0)
白河駅よりバスにて阿武隈川の源流部近くにある甲子(かっし)温泉から、三本槍ヶ岳・旭岳を経て、那須へと縦走したのは10年以上前10月も末の頃であった。バスの終点から少し歩いた温泉宿は古い木造の大きな2階建てが川に臨んで建っていた。
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まだ明るい内に、宿から下の谷川のへ降りて、つり橋で対岸の風呂へと行った。谷は紅葉の盛りで、屋根の付いた大きな50畳くらいもある露天風呂があり、その隣には温水プールもある。
その水面にはかえでや、紅葉した葉が浮いており大変美しい。チョット若気が出て15メートルくらいのプールを平泳ぎで往復した。体が冷えたので、今度は露天風呂にドブンと入り、首まで浸かった。すると、1・2分もしない内にボーとしてきて目が回ってきたので、大慌てで風呂の岩の縁に上がった。
心臓がバクバクして呼吸がハアハアと乱れた。風呂には他には誰も居なかった。
今考えれば、理由は簡単で、冷たいプールで体表の血管が収縮して、今度は熱いお湯で、一気に膨らんで血圧が降下したのであろう。
 翌日は前日の雨もよいがウソのように快晴となった。三本槍ヶ岳(1917m)への尾根に掛かると、葉が落ちた枝々に霧氷がびっしりと北側の枝面に付着している。その透明の粒に朝日が当たり、虹色の光芒が、わずかな風に揺れて輝いているではないか。
思いがけない光景が続き、尾根歩きの足も軽く進んだ。そして、風で氷はポタポタと足元に落ち続けた。
旭岳(1903m)の山頂から那須高原の南面を見下ろすと、紅葉が山麓へと下ってゆく色のグラディエーションが見事に広がっている。自然の神秘と移ろいの美しさを堪能した山歩きであった。
(写真は甲子温泉のものではありません。画像は辻氏のものです。)
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by minoru_mogi | 2005-11-02 23:01 | 随想 | Trackback | Comments(0)