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山歩きとそこで出会う花たちへの思い


by minoru_mogi
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<   2005年 07月 ( 7 )   > この月の画像一覧

朝焼けが山の岸壁に映えるモルゲンロート(Morgen Rot)は日本の山でも一応は見られる。
徳沢から大滝山を経て蝶ヶ岳、常念岳への縦走の第1日目は大滝山荘泊まりとした(このルートは今は使用されていない)。 翌朝の日の出の時間は気温が低く、小屋を出ないで窓から穂高連峰を見ると、今まさにモルゲンロートに染まっている山々を初めて目にして感動した。そして気付いた事は、蝶ヶ岳ヒュッテから見られたら、更にすばらしいものであろうと想像できた。それ以来、永年このチャンスを願ってきたが、いまだに実現に至っていない。
そうこうしている内に仕事も定年となり、時間だけはお大尽となり、チャンス到来とスイスアルプスの高山植物と山を見に家内と二人で出掛けた。
d0059661_22514421.jpgツェルマットから登山電車でゴルナグラート(3135m)へ10時頃に上がった。モンテローザ・ブライトホーン、そして、あのウインパーのマッターホルンが毅然として聳えている。山腹に少し雲がかかっているものの、ほぼ完全な姿が眼前に広がる。
高山植物は素晴らしくゲンチアナのブルーやプリムラのピンク、キンバイソウのイエローと花のじゅうたんである。リュッフェルアルプ、リュッフェルベルクを経て歩き通して、ツェルマット(1500m)のホテルには夕刻の5時半にやっと到着した。
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 翌朝、日の出頃にホテルの窓からマッターホルンを見ると、山頂が赤く染まり始めている。
慌ててカメラを準備して、刻々と変わるモルゲンロートを撮ることに成功した。
この写真は目で感じた色より少し赤が強い感じがするが、フイルムはこのような発色であったことを事前に認識して見て頂きたい。
by minoru_mogi | 2005-07-30 22:57 | 随想 | Trackback | Comments(0)
イワタバコは6~7月に紫色の大変美しい花を咲かせる。 その生育環境は通常は標高500mから1500m位の湿った日当たりの少ない岸壁に着生しており、葉は光沢があり厚く、野生のものは一株に3-4枚しか付いていない。 この葉は名前の由来の様に、大きなものでは15-20cm位の長さになるものもあり、煙草の葉の形と葉脈がでこぼこしている点が良く似ていることからこの名が付いたものであろう。
山の中ではなく、近郊の箱根の登山鉄道の強羅付近の線路沿いの石垣にも有り、驚いたことには今年6月に訪れた鎌倉の長谷寺や建長寺という標高の0メートルにちかい海の見える所にも生息していた。しかし、これらは移植されたものが定着したと考えられる。
我が家で栽培しているが、水盤の上に苔の付いた溶岩の塊を置き、それに付着させている。
ここに掲出した写真は「四国イワタバコ」であり、花の色がピンクでd0059661_21445528.jpg、普通のイワタバコの紫と花の色が異なっている。
 このイワタバコの天婦羅が山小屋の食卓に出たことがあった。昭和30年(1955)に高校の生物部の部員として尾瀬への植物の観察会に参加した時である。
私の記憶が正確ならば、それは桧枝岐小屋の夕食で出された。食感は軟らかで甘くユキノシタの葉の天婦羅に似ていた。登山者の増えた今では、とてもその様なものを天婦羅にするのは無理であろうし、また、このような可憐な花の葉を食べてしまうのは忍びない。
生物環境を守る為にも、これから食卓に乗ることの無いように願うのみである。
by minoru_mogi | 2005-07-24 21:46 | 山の花 | Trackback | Comments(0)
今回、ちょっと山の花を離れて、ハスの話を書くことをお許しいただきます。
昭和29年(1954)は、私は群馬県館林町の館林高校2年生で、そして生物部に所属していた。私の生物の教師、高野先生は大賀博士の元で助手を務めていた経歴を有している方であった。
その大賀博士が昭和26年に弥生時代の埋もれた丸木舟と共に出てきた蓮の実3個を発掘して、2000年以上を経てその内の1個が発芽した。当時の新聞で大々的に発表され大きな話題となった。
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昭和29年の7月、その大賀博士が私の高校に来て、その大賀ハス(下d0059661_10122515.jpg)の話を講演してくれた。
そして翌日、館林のツツジが丘公園の横に広がる城沼(ジョウヌマ)を和船2艘を出して、自然に繁茂しているハスを船上から調べて回った。我々生物部の生徒7名くらいは2艘めの船で付いていった。博士は極度の近眼で、分厚いガラスのメガネで花を鼻先に着けんばかりにして観察していた。この沼は今でも周りにハスが沢山栽培されている。
 今ではこの大賀ハスは各地に移植されており、目に触れることも多くなっている。そして、最近は古代ハス(下)の名称で平安時代のハスを栽培している所も各地に出てきた。
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我が家の庭では大きなプラスチツクのタライ状の池で、奈良の唐招提寺の池から移植した
唐招提寺ハスd0059661_22355599.jpgが植えられており、神秘的な美しい花を咲かせている。

まさか、鑑真和上が日本へ渡来の折に、中国本土から持参したとは、何処にも書いてないようである。それでもロマンを秘めた花色である。
by minoru_mogi | 2005-07-19 22:45 | 随想 | Trackback | Comments(1)
もう、10年も前になるが、NHKの深田久弥日本百名山の放映は山に興味がある人達にとって大変な人気を得て、それ以降この山々をいくつ登ったかが話題となる風潮が今でも続いている。このシリーズのナレーションを入れたのはNHKのアナウンサーであった相川 浩さんであった。
たまたま学校のOB会のパーティーでご一緒した時、そのことを話題におしゃべりをした。
NHKで全国の有名な山々を紹介する番組が企画された。そこで大いに問題となったのは、どの山を選ぶかであった。どの県も自分のところの山が紹介されないと、NHKに抗議が来るのは目に見えている。そこで、たまたま深田久弥氏が日本百名山という選定をしていることが判った。これならば選定に対して抗議を受ける事は無いだろうとのことで、この路線は決まった。
 このナレーションは現役のアナウンサーを終えていた彼に白羽の矢が立った。でも、その報酬は大変低いものであったと私に言った。しかし、彼は「この仕事は後々まで残る仕事であると判断して、喜んで引き受けましたよ」と語ってくれた。(写真 北岳山頂から間ノ岳方面
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この評判の高さから、続いて花の百名山が放映された。今度は田中澄江さんがその道をつけたのであろう。
by minoru_mogi | 2005-07-14 21:50 | 随想 | Trackback | Comments(1)
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中央線沿線の高山植物の豊富な山で、私が訪ねた山々は白馬三山(八方尾根第一ケルンから)よりの白馬岳・北岳・仙丈岳・八ヶ岳等であり、今でも行けなかった事を残念に思っている山は雪倉岳・朝日岳である。(写真は左より白馬鑓が岳・杓子岳・一番奥が白馬岳)
白馬岳へは蓮華温泉から白馬大池よりのコースと猿倉よりの白馬鑓温泉経由のルートで3度登ったが、一般の人が登る大雪渓のコースは、まだ一度も通っていない。
白馬大池周りのハクサンコザクラの群落や、蓮華尾根のクモイナデシコは私が最も感動した花々である。もちろん、三国境から山頂にかけてのウルップソウ・クロユリ・コマクサ・チシマギキョウ・ミヤマオダマキ・タカネマツムシソウ達もその美しさは勝るとも劣らない。
白馬鑓のコースでは大出原のお花畑が圧巻である。クルマユリ・ハクサンフウロウ・ハクサンコザクラ・ミヤマキンポウゲ・が雪田の脇に咲き乱れて足を置く場所すら無いくらいであった。
これより少し下の温泉小屋の手前でシラネアオイに出会う事が出来た。この付近で二度見かけたが株はわずかしか見当たらなかった。

d0059661_217058.jpgこの花の4枚の紫色花弁(正式には萼)は大きく、中心におしべの黄色の固まりが目立ち、葉の色とのコントラストも絶妙である。昨年栂池自然園へと出掛けたが、時間不足で目的地を変更して、八方尾根でこの花に会えたことは本当の幸せであった。
今年の夏に白馬岳への登山を考えておられる方には、私は猿倉から白馬鑓・杓子・白馬・から白馬大池へのルートをお勧めしたい。白馬鑓温泉の露天風呂から見える南の星空はサソリ座を中心に広がり、雪渓からの涼風が頬をなでてくれるであろう。今は花と三山の稜線を見ることで我慢している。
by minoru_mogi | 2005-07-12 21:11 | 山の花 | Trackback(1) | Comments(0)
山のご来光は、それぞれに素晴らしさを経験されている方が多いと思います。
北岳からのそれも、鳳凰三山の稜線をを目の前に、遠くには富士山の黒いシルエットが浮かびます。(北岳、肩の小屋より地蔵・観音・薬師のシルエットを望む)
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 北八ヶ岳をピラタスロープウエイの下から、ウエイを利用せずに縞枯山荘から縞枯山を経て、麦草峠から高見石の小屋へ泊まることにしたのは、夏沢峠までの北八ヶ岳縦走の折でした。天候に恵まれ、明日の朝は足元に白駒池が光る壮大なご来光が期待できるとワクワクしながら寝床に就きました。
夜半に目が覚めて時計を見るが、時計の照明が暗くて余り良く見えません。でも、それなりに寝た気がするので夜明けは近いと考え、一人で静かに靴をはき発電式のライトをジイジイと鳴らしながら高見石の大きな岩の上まで登りました。
まだ誰もおらず、天空は漆黒の中に星の天蓋が360度広がります。寒いことを想定してセーターとウインドブレイカーを着ていましたが、それでも寒いくらいでした。
岩の上に寝そべり天空を見ていると星空の中へ吸い込まれてゆくようです。
暫くそのままでると、東の空から少しづつ星の光が弱くなり、漆黒の天空が青みがかつてきます。その変化がゆっくりと進行して星が徐々に消えかけてくると、なんと周りの山の山腹から小鳥の鳴き声が沸きあがってきたのです。その声は周りに溢れて、まるで小鳥のさえずりの合戦です。東の空が赤く燃え出す頃には、意外なことにこの声が静まってしまいました。
いよいよご来光の時間直前となり、20人くらいの人が山頂に集まりました。
東の空から雲海の上に太陽が昇りだし、白駒池が鏡のように光ってみえます。
この1時間はファンタジーに包まれた妖精の支配する時間であり、ご来光の出現は夜明けの劇場のエピローグだったのです。
皆さんにもこの体験をされることをお勧めします。
by minoru_mogi | 2005-07-08 20:42 | 随想 | Trackback | Comments(0)
那須岳から三斗小屋へと向かう途中の、山道を外れた那須岳の北東面に這松の茂るテント場に最適な場所を見つけて早速6人用のテントを張った。炊事用の枯れ木を集めに行った所で、真っ黒なコールタール色の直径25センチで高さが15センチもある山のような糞を見つけた。どう見てもチョット前にした糞と思えるものである。何か大型の獣の糞であり、熊しか考えられない。ものの、10分もしない内に「熊だー」との大声が聞こえた。振り向いて斜面の下の方を見ると一人の登山者が登山道を駆け上がってくる。我々の位置からは6・70メートルの距離感である。よく見ると登山者が来た方向の先にツキノワグマが高山植物の実を食べているのが目視できる。こちらは離れていて危険が無いのでのんびりと見ていると、熊はのそのそと藪の中へと消えていった。
山腹の上のほうを見ると湯気が昇っているのが目に入る。その場所まで上って見ると小さな水の流れがあり、そこから湯気が出ている。手を入れてみると、温泉としても十分な温度である。早速6人で周りの石を動かしてその水流を溜める作業を始めた。そこに一人の年配者が登ってきた。そして、「この温泉源は私が見つけたものだ」と言い、近くにその証拠には杭を打ち込み発見日と名前が記されていた。
流れを十分に堰き止め高原の温泉に浸かり「那須熊の湯」d0059661_010877.jpgと命名した。大倉尾根を眺める絶好な場所であり、山なみを見ながら入る湯を大いに楽しんだ。
夕方からは焚き火を夜中まで絶やさない様に、枯れ木を皆で沢山集めることに集中した。やはり、近くに熊がいる以上、近づかれないように夜は11時過ぎまで外で焚き火を明々と燃やし続けた。この時は大人数でありそれ程恐ろしい思いは無かった。
 しかし、一人で遭う熊はやはり恐ろしいものである。二度目の熊との遭遇は焼岳より岐阜県の上宝温泉へ下るときに経験した。
夏の暑い日で、その年は焼岳は火山活動が活発で山頂への道は閉ざされており、焼岳小屋より下って大木の生える笹が茂った山道を会う登山者もなく静かに下りていった。
突然、「ドスン」という音が7mくらい先でして、笹原が二つに割れて「ザザザ」と音を立てて伸びてゆく。しかし、その姿は笹に隠れて見えない。慌てて足元の石の塊を拾い上げて身構えた。体が固まりかけた。
1・2分して周りを見回すと、音のした先には直径7・80センチの大木があり、地表より3mくらいの所に、大きな横に張り出した枝があった。多分、熊は暑いのでその枝の上に腹ばって涼んでいたところ、音も立てない一人の登山者があまりに近づき、慌てて飛び下りたとしか考えられない。そこからの下りは、大声で楽しくもない歌を歌いながら温泉のある山荘へと出た。
by minoru_mogi | 2005-07-03 00:16 | 随想 | Trackback(1) | Comments(0)