人気ブログランキング |

山歩きとそこで出会う花たちへの思い


by minoru_mogi
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

カテゴリ:随想( 412 )

 私が今使用しているデスクトップのパソコンはOSがウインドウズ#7のため、来年114日でサポートが終了されます。すなわち、その後はウイルスその他の危険性が大きく拡大します。インターネットへ繋がずに使用すれば問題はありませんが、それでは全く役にたちません。

d0059661_14422279.jpg
        夏の雪の残る白馬三山の壁紙

今使用中の機械はいつも4年ごとに更新しておりますが、初めて5年半使用しても全く問題を起こさずに、大変有能な1テラバイトの自分から注文して組み立てて貰ったものです。

 しかし、今後ウインドウズ#10に機種を買い換える人が増えることが目に見えて来ますので、今秋税率の10%に上がる前に機種の発注をすることにしました。今と同じインテルのCPUを新しいものを入れれば、反応速度が上がることでしょう。

私の使用内容では画像処理が多いので、特にグラフィック機能の強化は意味があります。ゲームは全くやりませんが、画像の加工が多いのです。そこで、この15年間に3台のパソコンをパソコン専門店で私の仕様で組み立てて貰いました。

 今回はこの7月18日に秋葉原に行き、発注し組み立てが出来上がると7月30日に届く予定です。しかし、いまは会の25周年誌を手持ちのパソコンんで編集していますので、慣れの関係で今年の末まで使用する積りです。
OSを新しくすると使えなくなるアプリケーションソフトがたくさん出てくる可能性があります。先ずウインドウズオフィスです。オフィスを入れると19,000円もかかります。そこでオフィスにはあるエクセルやポイントパワーを外して、ワードのみを入れても14,000円です。来年114日までに、今の機械からメモリーの内容を総て新しい機械に移せねばならないのですが、自分で総ての作業を確実に出来る自信がありませんので、電気工学を選考した私の息子に来てもらい、作業することを考えています。

新しい機械が来れば今よりははるかに処理能力が早い機械を使えることを楽しみにしています。

 


by minoru_mogi | 2019-07-24 20:32 | 随想 | Trackback | Comments(0)

 5月に石垣島や八重山群島の他の島々を訪れてみて、頭の中に描いていた景色が実際とは大きく異なっていました。まず第一は沖縄の家々のことです。今までの頭の中では今までの沖縄の家は、平屋で赤い瓦の屋根で漆喰の白い色が目立ち、その屋根の上には必ずシーサーが置かれていました。

d0059661_14565830.jpg

しかし、実際に島々に行ってみると、ほとんどの家々はコンクリートで作られており二階建てが多く有ります。台風の被害が多いのでコンクリートは当然です。

島の昔からの集落がある一部の地区では皆でこの伝統的な家を守っている様子ですが、今はそこに住んでいるとは限りません。多くの伝統的な家々は観光用移設されて保存されており、家を囲むサンゴの石垣の人の背ほどの風除けもコンクリートの家にはありません。沖縄本島に行ったことも有りますが同じようでした。

石垣島の北部の「やいま村」には伝統的民家が移転されて多く保存されているのを見てきました。

d0059661_14574443.jpg

もうひとつ予想が外れたのが水牛車でした。現在も牛が仕事についているのかと思いきや、今は全く観光用目的であり、由布島や竹富島でのものは総て観光目的でした。考えてみると当たり前です。

島を巡っていると稲が黄色に色付いているのを見かけました。そろそろ稲刈りの季節ですとの説明です。昔、中学の教科書で二毛作であることを読みました。1月に苗を植えたものだそうです。

しかし、三毛作も可能なのだそうで、これには驚きでした。今後、緑の島と青い海を有する沖縄が観光で大いに伸びることを確信してきました。
by minoru_mogi | 2019-06-08 14:58 | 随想 | Trackback | Comments(0)

 昨今の通信通話料金の問題で、私が体験した問題をお話したいと思います。

 私は定年前の3年間を女性ファッションビジネスの会社の社長として、会社の舵取りをする立場に係わりました。この会社は都内のターミナル駅の中に2040坪の若い女性のファッション店として、対象を18歳~28歳くらいのビジネスガールを主要な客層としていました。都内の駅ビルに35店舗を有し、35億円くらいまでの売り上げを達成していましたが、利益はほとんど出ず赤字決算の中で社長に命令指名されたのです。

会社の社長からは「何とか赤字の経営を立て直して貰いたい」との言葉に「やって見せます」と返答をしたものです。1995年(平成5年)のことでした。

 この頃の通信事情はポケベルが中心で、必要な時にこのポケベルに信号を送り、それを見て受信者は公衆電話や固定電話から電話をかけるものでした。そして会社の部課長には皆ポケベルを配布していました。

暫くすると今度は通信は個人のケイタイやPHSが中心になって行きました。すると若い人達は皆競ってケイタイ(ガラケー)を所持するようになってきました。しかし、この傾向は大きな問題をはらんでおり、ケイタイの所有者は月7千円~1万円に近い通話料を毎月支払わざるを得なくなってきました。

私はいちはやくこの変化に気付き、個人のケイタイへの支出が金銭的に大きくなり、特に若い人達がファッションへの支出を減らす傾向が出てきたのです。

私の会社のメインターゲットである18~28くらいの若い女性も、同じようにファッションへの支出を減らしていると気付きました。そこで、今までの若い女性向けのファッションの店を、少し高齢の25~40才くらいの金銭に余裕のある客層へと変化させることにしました。

それと同時に不採算の店を閉鎖して、残った店での黒字化を図り、3年後にはほとんど赤字解消までに年商の改善に成功しました。

この様に可処分消費支出が、何が伸び何が減少しているかは経営に携わる者にとっては大切な要素であり、良く注視していなければなりません。

 今日のスマホは大変便利になっていますが、その利用には多額の通信費の支出が必要であり、これが結果としてファッションビジネスを停滞させていることは間違いありません。

それ故にファッションは安いカジュアル衣料ばかりが中心になり、若い人達ばかりでなく、中年も皆ユニクロのg.u.,ザラ、ハニーズ、しまむらなどばかりであり、男性のファッションでは黒の無地のスーツばかりとなり、全くつまらないファッションになってしまいました。


by minoru_mogi | 2019-04-20 11:12 | 随想 | Trackback | Comments(0)

 私は普段の着用着として、山用品のシャツ数枚を好んで身につけています。それは素材が乾き易いこと、ノーアイロンで家での洗濯に大変便利であるということです。

しかし一番の理由はそれらのシャツのボタンは10年以上使用していても、ひとつも緩まず糸切れも全く無いことなのです。これらのシャツは三鷹にある山用具の小さな店で以前入手したもので、スイスアルプスで歩いた時の登山靴も同じ店で購入したものでした。

d0059661_20084314.jpg

 昨年秋より新しいシャツを購入しようと色々な店を見て歩きましたが、好みのものは見つかりませんでした。そこで、以前山用のシャツを購入した三鷹の登山用品店を思い出して、その店に行けば好みのものが入手できるかと思い、出かけてみました。

しかしこの店には約7年くらい行ったことがありません。グーグルマップで探しましたが全く出てきません。ですからこの店が続いて営業しているか判明しないのですが、兎も角出かけてみました。

三鷹駅を北口に出て直ぐ左の通りを少し行くと、その店はマンションの一階の商店の並びの一画に存在していました。それも全く昔のままの飾りの無いただずまいで間口二間の小さな山の用具店です。

その店を見つけてちょっと嬉しくなりました。その店の看板には「むさしの山荘」とありました。

 見つけていた好みの山シャツを2枚購入して大変充実した気分で、接客してくれた40歳代の方と山の話をして、以前来た折りに接客してくれたおやじさんは今は年をとったが元気であると聞き、軽い足取りで帰路につきました。


by minoru_mogi | 2019-04-05 20:09 | 随想 | Trackback | Comments(0)

d0059661_15213296.jpg
 スカイツリーの直ぐ近くにある「たばこと塩の博物館」に行ってきました。

以前よりその話を聞いており、一度は訪ねてみたい所であったのですが、丁度「江戸の園芸熱、浮世絵に見る庶民の草花愛」という特別展を行っていると言うのがきっかけでした。江戸時代末期に日本に来た西洋人達は、口を揃えて日本人は草花を育てるのが大好きであると言い、世界一好きな国民だと書いています。

それと共に、昨年秋に能登半島を訪ねた折に、海岸での製塩業の「揚浜式」を見たことが、昔、昭和30年代の後半に岡山県の塩田で見た「枝条式」の方法が、いつ頃から瀬戸内海沿岸で始まったのかを知りたかったのです。

 都営地下鉄を本所吾妻橋で降りて、スマホのグウーグルの地図を見ながら10数分歩くと、倉庫群の一角にこの目立たない博物館はありました。日曜日でしたが見学者はあまり多くなく、静かなものです。
先ずは特別展を見ると、色刷りの浮世絵の中に色々の花の絵が見られます。版画なのでその色彩はあまり良いとは言えません。皆鉢植えのものばかりで、梅、椿、菊、撫子、万年青、福寿草、桜草、朝顔、蘭、等々です。これらの花は偏っており、皆鉢植えに向く花ばかりです。しかし、朝顔などは変種の多さは多彩で、現在の花以上の変種が見られます。

江戸時代は長屋が多かったようですが、庶民は6畳間の家の外には沢山の鉢植えを楽しんでいたようです。また、武士や花柳界ではその広がりは大きかった様で、浮世絵には沢山並んでいました。

塩の博物の展示の中では枝条式の製塩方は模型がありましたが、あまり大きくなくて説明文書も好奇心を満たしてくれるものではありませんでした。展示物の多くは外国の岩塩の実物や、岩塩鉱山の写真などが多く、日本の古来の製塩方にはあまり力が入ってはいないので少しガッカリしました。

私の今まで読んだ本では瀬戸内海の沿岸では、入浜式の発達で製塩が拡がり、その乾燥のために山の木が切り倒され、瀬戸内海の沿岸では鷲羽山に見られるように岩が露出してしまい、明治に入って北九州の石炭が使用されるようになるまでは、瀬戸内海沿岸は禿山ばかりであったとの記述を読みました。今はその回復期で有るのかも知れません。緑の沿岸が見られるようになっています。うれしいことです。


by minoru_mogi | 2019-03-11 15:22 | 随想 | Trackback | Comments(0)

 私の本棚を見ていたら2冊の本に目がいった。一冊は毎日新聞社出版の週間「エコノミスト」の2011年10月4日号である。その号の特集記事タイトルは「スマホが世界を支配する」とある。

この一冊を特別に注目して今日まで書棚に残してのであった。

もう一冊は「若き天才の野望 フェイスブック」だ。これも2011年2月1日の第1版を購入した。

d0059661_15315906.jpg

 この二冊は今日の社会IT化の初期的な出来事を予測して書かれたものであり、私自身も早くから注視していたのである。これらを読み直してみると、いかにその予測が正しかったかが、今となって良く判ってくる。

 私自身は世界のIT化に後れをとらない様にパソコンを始めたのは1997年(平成9年)の10月にIBMの機種を31万7千円で購入している。歴史的にはマイクロソフト社のウインドウズ95が1995年秋に発売され、一般の人々にパソコンが使用されるようになって来たのである。

私は会社を定年になると直ぐにIBMの丸の内商工会議所内に有ったパソコン教室に行き、初期的な勉強をして、また、個人的には八王子高専卒業の若いエンジニアを目指す人から、家に来て私のパソコンの指導をして貰い、かなり詳しい実践力を身につけてきたのである。

そして2005年には自分のブログを開設して今日まで続けている。その間にウィンドウズ社のサーフェスタブレットとスマホを入手した。 そして現在はデスクトップパソコンは秋葉原に出かけてツクモ電機にて私の使用目的に合わせて個人使用機を組み立てて貰っている。

 これら書籍の予測によると、デジカメ・ICレコーダー・音楽プレーヤー・ゲーム機・カーナビ・テレビ・パソコン・出版広告などの減少、代替が進むと予測されているがやはり現実にその様な傾向に有ることは明白である。また、ザッカーバーグ氏のフェイスブックも、大学在学中の友人達をまとめるソフトが、一般の人達をまとめるようになり、世界中を繋げる大会社となったのである。

今日はIT社会と言っても過言では無い時代であり、いかにそれに付いて行けるかが心配である。


by minoru_mogi | 2019-02-11 15:32 | 随想 | Trackback | Comments(0)

大宮八幡宮初詣 No710



 今年の正月は子供達や孫が誰も来ないので、3日の日に家内と共に初詣に行くことにしました。例年、都内の大きな神社を見て回っていますが、昨年は拝島大師に行き、ダルマ市も見てきましたが、今年は割合近くにある西永福駅よりの大宮八幡宮へ足を向けてみました。

駅よりは歩いて10分くらいであり、参詣者のために案内ののぼりが立ててあり、南参道へと続いていました。そこには大きな鳥居があり、参道が100mくらい続きます。

d0059661_16080535.jpg

境内に入ると手水舎(ちょうずや)の所に多くの人が並んでいます。また、おみくじや破魔矢の販売所も大変な混雑です。本殿前に並んで賽銭箱の前まで来ると、10数人の人達が横一列にお賽銭を投げ込み手を合わせてお願い事をしています。それを終えてから右側にある学問の成就を願う大宮天満宮で孫の入学のお願いをして来ました。

d0059661_16145111.jpg

 この八幡宮には二つの大きな参道があり、帰りは東の参道を行くことにしました。こちらの道は幅が広いので、沢山の露天が並んでおり食べ物店が多く、お参りの雰囲気が溢れていました。帰りの道が不案内で永福駅へと出てきました。

この駅には大きなバスのポートがり、3050台くらいのバスがとめてあり、中には松本交通のアルピコのバスもあり、高速バスの待機場のようです。駅前で昼食をして15時頃に家に戻りました。


by minoru_mogi | 2019-01-12 16:10 | 随想 | Trackback | Comments(0)

d0059661_17150408.jpg
 先日、上野の国立科学博物館の特別展で「日本を変える千の技術博」を見てきました。私が期待していたのは、それらの技術開発の歴史を中心に知りたかったのですが、それらの解説はほとんど無く、誰が発明したかやなんと言う会社が作り上げたかに重点が置かれていました。

そこには我々が今使用している照明・磁石・クウォーツ・車・電気・鉄道・レーダー・電話・テレビ・計算機・ロボットなど多岐に亘り、日本の発明品がその開発された物その物が展示されています。

中でも、その展示品の中で計算機に目が止まりました。わたしが入社した頃の昭和37年(1962)は機械式の手回しタイガー計算機(国産)を棚卸しの計算に使用していました。昭和39年(1964)シヤープがダイオードとトランジスタ30個を使い電子式卓上計算機を53万円で発売しました。その頃の車と同じくらいの価格であったそうです。

昭和42年(1976)頃、私の友人が商社である日商(現在の双日)におり、電気課で輸出の担当でした。その友人より輸出用の電子卓上計算機で輸出の余ったものが有るので売って貰えないかとの話が来ました。その頃は日本の多くの電気会社が、この機械を手がけており、市場価格は1517万円くらいで売られていました。

機械はまだ大きく幅50cm、奥行35cm、高さ20cm、程あり、数字は電光管で表示され14桁位のものでした。その日本計算器製の機種を7万円で売って貰いたいと言ってきました。

その頃、百貨店では日々の計算をソロバンでしていたのです。そこで、自社の経理部に行って話をしたところ、直ぐに1台購入したいとの返事があり、次に自社の労組に話すと1台買うことになり、大変人気が有るので取引をしている紳士服の会社に紹介すると3社が1台ずつ買ってくれたのです。

計5台を1~2ヶ月で売ってしまうと、商社からお礼にゴルフの招待してくれるということになり、部下である友人を誘いその成田のゴルフへ会社の休日に出かけました。

今の成田空港の敷地の中のゴルフ場で、初夏のゴルフを日商からの若い大学時代ゴルフ部であったとの人と楽しみました。ゴルフ下手な二人と上手な人では全くペースが合いませんでした。

その頃の私は商人としていつかは独立しようとの思いが有った頃の経験です。


by minoru_mogi | 2018-12-31 17:15 | 随想 | Trackback | Comments(0)

世田谷のボロ市 No708

 12月の15日(土)に、今年最初のボロ市があることを新聞で知り、是非一度みたいものと思っていたので、家内と共に楽しみにして出掛けました。

市の立つ世田谷の駅は、下北沢より東急世田谷線の電車で数駅であり、会場に近い上町駅で降りると、そのボロ市に向かう人達で一杯です。

駅前の信号を渡ると、狭い通りに入り、歩道もない横丁にはパイプとキャンバスの布で組み立てた店が続きます。あまりの人出にいささか驚きをもって混雑の人混みの中を進みます。

d0059661_11380998.jpg

ボロ市の本道りである代官屋敷通りには、びっしりと両側に仮設店舗が並んでいます。店の内容はと見ると、本来の古着や古い家庭用品の他に、あみもの、ジーパン、ジャンパーのお古、お皿や陶磁器など、また、草花や植木などもあります。

比較的空いていた植木を覗いてみました。ミニ盆栽やミニシクラメン、水仙やクリスマスの観葉植物の鉢など、数十軒が纏まって出店していました。

d0059661_11392998.jpg

冬至が近いので、柚子の実の色々な種類がビニール袋に5個位ずつ入れて売られており、柚子の中では最大の獅子柚子の12センチ位もあるものも並べて有りました。食料品は少なく、乾し椎茸などが並んでいます。兎も角、人出の多さで店を覗き込むのすら困難でした。

通りの中程の代官屋敷は大変立派なわらぶきの大建物であり、隣には世田谷資料館があるこの市の歴史を裏付けする中心的なものです。このボロ市は北条氏支配の時代に

楽市として開設されたもので、大変歴史的なものなのです。1時間近く掛かり、電車の世田谷駅まで来ました。

その実感としては何か神社のお祭りを見るようであり、市という名称を超える人出でした。昔からの伝統が確りと残っていることは大変喜ばしいと言えました。


by minoru_mogi | 2018-12-22 11:39 | 随想 | Trackback | Comments(0)

 友人より頂いたパンフレットにこの地の案内があり、はじめて見る名前なので訪問して内容を見てきました。

稲城・多摩・八王子・町田の4市にまたがる東西14キロ、南北2~4キロの面積が3,000ヘクタールという広大な面積の多摩ニュータウンが、昭和41年(1966年)より40年をかけて開発を続け、その中にこの地の290ヘクタール、770箇所の遺跡を発掘してきました。

その発掘の全容を展示する施設が昭和62年(1987年)に多摩ニュータウンの中心部に出来、入場無料で運営されています。

多摩センターの駅を降りてサンリオピューロランドの方へと行くと、そちらは直ぐ見つかりましたが、この施設の案内は全く無く、方向を間違えたかなと少し行くと、ある建物の前で施設の小さな表示があり、やっとたどり着きました。


d0059661_14091166.jpg
      竪穴住居の中の炉に火が起されていました。煙が上から出ています

 建物の中に入ると受付があり、中高年の見学者が4・5人展示品に見入っています。この展示場は中々立派であり先ず海洋から日本に移動してきた35,000年前くらいの海洋民族の歴史が見られます。次の部屋は古代人の火起しの実演のできる2種類の火起しの道具が幾つもあります。それらを自由に触れるので私もこれに挑戦しました。何度も試してやっと良く回すことが出来る様になりました。

古代の織物、古代の食物、なかでもドングリや栗を使った古代のクッキーの作り方の説明が判り良く実物が展示されています。

更に進むと縄文土器が沢山展示されています。思ったより大きな土器が多かったには驚きでした。また、手のひらに乗るような大きさの女性の人型が10数体あり、おそらくは子供の出生を祈るために使用されたのではと推察されました。

 施設の隣は広い林があり、その中にここに有ったとされる縄文時代の竪穴住居があり、他にもより大きなもの等3棟のが有りました。その1棟の中には火が燃えており、煙りで家の屋根の茅を腐らないように乾燥させているものも有りました。

また、この地には縄文の遺跡は有るものの、弥生時代の遺跡は少ないとの説明でした。

この様な立派な施設ですが、あまり知られてなく、小学生などが学校から来ることが多いのだそうです。80歳の私のような老人が見に来るのは珍しいのでしょうか。

関心のある方は是非とも訪問されることをお勧めします。


by minoru_mogi | 2018-09-11 14:13 | 随想 | Trackback | Comments(0)