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山歩きとそこで出会う花たちへの思い


by minoru_mogi
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カテゴリ:歩いた山( 99 )

 昨年11月30日に御岳駅よりケーブルカーで山上駅へ行き、日の出山(903m)へ行ったのが最後で、約7ヶ月山歩きをしていません。今回低山歩きとはいえ全く足には自信がありませんでしたが、ここで山歩きを終わりとはしたくないので、兎も角行けるところまで行こうとの気持ちで、日陰の多い林道を行く影信山(727m)に出かけてみました。

6月17日の土曜日は天候は快晴であり、高尾駅のバス停には多くの登山者で、小仏行きのバスは臨時便も出る状況です。

 小仏のバス停よりはゆっくりと10:00に出発しました。その足取りは重くゆっくりとしか歩けません。出発してより20分も山道を歩くと息切れが激しく、木の切り株に腰を下ろして最初の休憩です。次は15分ほどでまた休みになりました。

とても足が重く気持ちでは頑張っているのですが、息が絶え絶えです。立ち休みを入れて20回くらい休んで、やっと小仏峠から影信山の尾根に出ました。今日の出発前の予定では、この藪沢の中ほどまで登って途中で引き返すことになるだろうと自身では考えていました。

 標高727mの影信山は高尾山より128m高いのと、バス停が280mなので447m登ることになります。それに比べると高尾山は高尾山口駅で標高が200mなので、頂上の599までは399m登ります。

 さて、頂上へはあと30m程の急傾斜を登らねばなりません。私の足ではこの30mは全く大変なのと、今日の登山者の多さを考えると、山頂は7080人位で混雑していることが考えられるので、山頂を諦めました。そして山道の脇の斜面に腰を下ろして、昼食のオニギリを食べ始めました。丁度昼には10分前でした。

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     目の前の鉄塔がある山が城山です、遠くに見える山は大山です


景色の良い尾根筋なので開けている南を見ると高尾の城山(670m)がよく見え、そのずっと先には丹沢の大山(1253m)が良く見えています。山の景色をおかずにオニギリを3個食べました。

 帰り道は今来た薮沢林道を止めて、道の確りした小仏峠への道を歩く事にして、小仏バス停に13:10分に着くと、バスが出たばかりで私の前を歩いていた人は間に合ったようで誰も居ませんでした。その山道の脇には猫の好きなマタタビの蔓が白いペンキが付いたような葉を茂らせていました。

 今日は半年振りの山歩きであったのですが、何とか登れたのでホッとして、少し自信が戻ってきました。近々にまた早めに山に出かけ、更に自信をつけたいものです。


by minoru_mogi | 2017-06-19 19:54 | 歩いた山 | Trackback | Comments(0)

 12月の初旬になるとカエデの赤い紅葉は終わり、山のクヌギの黄色が目立ってきます。クヌギの葉は一度に落葉しないので長い間この景色は続きます。例年のように12月の初旬に静かなクヌギの森を歩いて来ました。

パラパラと落葉が続く森の中では、鳥の声もほとんど無くピイ・ピイというシジュウカラの声がやっと聞こえてきました。また、キツツキ科のコゲラがト・ト・ト・ト・トと樹を叩いている音がしてきました。

お昼の休みには高圧鉄塔の下で暖かいスープをを飲み、冷たいオニギリを2個食べました。下界の音は全く聞こえず、上を行く飛行機の音のみが聞こえて、ゆったりとその場に休んでいました。

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コースの途中に高尾山の薬王院がよく見える箇所が有りますが、そこへ行くと植林された杉の木が大きく伸びて視界をさえぎっています。止む無く山道を下り始めましたが、好ましい薬王院の写真をとる良い場所がありません。

うかい鳥山の近く迄きてしまいましたが、そこで午後の陽に映える薬王院が高尾山の上にと見える箇所へとやっと出会えました。

午後の陽射しの中に静かな森に囲まれた寺が見えています。あの人混みの薬王院がこの角度から眺めると静かなただずまいが感じざれて荘厳さを感じました。

静かな冬の好日でした。


by minoru_mogi | 2016-12-17 15:59 | 歩いた山 | Trackback | Comments(0)

孫達と高尾山へ No638

 私自身は子供の頃、幼稚園の年長組のときに、横浜から高尾山に父の会社三井物産の横浜支店の遠足で行ったことがあります。会社の人達と父と一緒に東横線の反町駅より菊名乗換えで高尾駅に行き、駅から山麓まで行き、全部歩いて山頂まで登りました。

山頂では御汁粉が食べられると励まされて山頂に着いた時には、御汁粉はもう無くなっていました。

この時昭和18年(1943)は戦時中であり、ケーブルカーは電力の節約のために止まっていて、土の道の階段状の山道を登りました。この時期は4月末頃でした。というのは、山道の脇にオキナ草の花が沢山咲いていたのです。白い毛の生えた葉と、下向きに咲く赤い血の色をした花が不気味に感じました。子供の私が山頂に着いたのは一番遅れた組でしたが、会社の大人達が褒めてくれたのを覚えています。

 孫達は小学4年生と1年生、一番下は年長組です。そんな訳で孫3人とその母親2人と家内と私の7人です。電車で高尾駅へと行き、そこから歩き始めて高尾山への昔の登山道の明治41年の碑を見ながら、土の登山道を登りました。
孫達の足は速く、もちろん私が一番ビリでした。曇りの天気でしたが、汗が吹き出して下着が直ぐに濡れてきて、息切れもして大変です。子供達は汗すらかいていませんでした。

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4号路を経て山頂の直ぐ下に2時間半掛かってやっと着きました。芝生の広々とした所にレジャーシートを敷いてお昼ご飯です。子供達はお腹が空いたとオニギリを美味しそうに食べています。

土曜日とあって京王高尾山口から登ってくる人達はぞくぞくと続いています。しかし、私たちが登ってきた山道は殆ど人に会わず、降りの人が数人降りてきただけでした。

食事が済み、今度は山頂へと40mくらい階段を登り山頂へ出ました。そこは人だらけであり、300名から400人もの人達で、広場の土の上にレジャーシートを広げてお昼ご飯を食べています。とても山歩きを楽しむなどという状態ではありません。まるで遊園地か行楽地と言うべき有様です。帰路は1号路の舗装された道を下り、リフトに乗り楽をして降りました。

今回の高尾山は子供達は初めてであり、きっと大きくなっても良く覚えてくれているだろうと、山好きの私は期待しています。


by minoru_mogi | 2016-10-23 11:37 | 歩いた山 | Trackback | Comments(0)

高尾北麓の藪こぎ No622

 過日、高尾城山を歩いた折に高尾山の全ルートを記した地図を貰ってきました。

それを見ていると、私が今まで歩いたことがない沢沿いの道があります。そこでこの道は歩くと約1時間とあったので、歩くには少し短いなと思いますが、今後脚力がなくなってのんびり歩く80代くらいになり利用するルートになると思い、一度歩いてみようと半日位の予定で、高尾より小仏行きのバスに乗って日影で下車しました。

沢沿いを上流へと向かうと、カジカカエルの涼しそうな声が沢山聞こえてきました。これは良い時期に来たと期待が膨らみます。

日影沢の橋を渡り、すぐ木製の遊歩道があります。その道に入るとすぐ木の道は無くなり、湿気の多い水がしみ出ている山道になりました。更に少し進むと道の中央に小石が50センチほどに丸く20センチほどの高さで積み上げられてあり、その上に棒が立っており、

「これを越えないで下さい」との表示が出てきました。しかし、この道は特に紐を張って通行禁止とも出ていません。

あの表示は何だったのかなと思いながら更に進みます。この道は歩く人が少ないと見えて、雑草が深くなり膝以上もあり、道が見えにくくなってきました。しかし、よく見ると道の目印である赤いテープが木に付けられているのが見え、そちらが道であることが直ぐ分りました。そして周りの木には1m位の位置に白いペイントが塗られており、それもこちらが道であることを示しています。藪も深くなってきました。

その印のある木は10m間隔くらいであるのですが、歩いてきた道は歩いた跡は殆どなく、山の斜面の滑り易い山道であり、アオキが沢山茂り歩きにくい道です。

ここでこの道は廃道になったものかと思いましたが、ここで引き返すのも面白くないととの想いがしてきました。それは、沢に沿って2030m上を横に進んでいるのですが、そこからは近くの民家や沢の向こうの車の音も聞こえて来るのです。

ですが、いよいよ道が分らなくなり、木についている白いペイントも見つからなくなってしまいました。さて困ったと思いましたが、山の斜面を滑り落ちたりして、木の枝を掴みながら下の沢までやっと出ました。

沢水も多くなく、上手く川石が繋がるところを見つければ渡れそうです。河原を歩いて行くと丁度石が繋がる位置を見つけました。そこで川を渡り、前の竹やぶを登り上に出るとそこは畑になっていました。畑を抜けると小仏へのバスの路線に出ました。時刻を見ると丁度お昼です。案内では1時間とありました1時間半かかっていました。今回は廃道を行く破目になったのでした。道の真ん中にあった表示は廃道を示していたのです。

今までも何度も山道で道が消えた所を歩いて大変なことが56回もあります。好奇心が勝り引き返すのが出来ないでいるのです。人のいない山道が大好きなのです。

翌日、家内が洗濯してくれたズボンを見ると2cmほどのかぎ穴が尻のところに開いており、昨日の山歩きの折に木の枝開けたのが分りました。子供の頃によくこれと同じ穴を良く開けた腕白時代を思い出しました。


by minoru_mogi | 2016-06-18 19:31 | 歩いた山 | Trackback | Comments(0)

麻生山(794m) No618

 5月18日(木)、快晴の日に、奥多摩の御岳駅よりケーブルを利用して御岳山上駅に出て、日の出山(902m)の南側に位置する麻生山へと出かけました。その日は快晴のさらっとした気候の平日であり、登山者が大変に多く、御岳駅より滝本へのバスは超満員で60人は詰め込まれました。登山者は女性8割男性2割くらいの割合でした。
麻生山は登山で目指す山ではなく、日の出山より下山のルートの一つとして選ばれる山道であり、日の出より三室山のルート、またはつるつる温泉へ降りる単純な山道より、変化に富んだ山道です。
奥多摩の山々の地図上の殆どのルートは歩いたことがありますが、このルートだけはまだ通ってないのでチャレンジしてみたかったのです。
10:40分に御岳山上駅を出発して、御岳山神社の分岐より日の出山を巻くルートで、12時前に麻生山が目の前に見える杉林が伐採された明るい斜面に出ました。丁度お昼の時間でもあり、丁度そこにあったベンチでオニギリを食べて、30分後に今度はその山に向けて登りになりました。
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                   後ろの尾根は馬頭刈尾根です
麻生山は杉や桧の大きな木が多く暗い森の中を行きます。山頂に近づいた所に白岩滝への分岐が出てきました。山頂は多分林の中で見晴らしは無いと判断して直接滝の方面への道を進みます。
このルートは歩く登山者が殆ど無く、下から昇ってきた30代の女性一人と、40代の男性一人に会っただけでした。女性と話をしてこのルートの道は確りした道であることを知り安心しました。しかし、山道の脇には「麻生山で最近熊が目撃されました」とあり、そこからは口笛を吹いて熊に注意をさせることにしました。
かなり降り林道に出ると車が置いてあります。下山路が一寸判らなくなり、丁度近くの山道から出てきた大きな捕虫網を持った60くらいの男性に聞くと、その人が思わぬ方向にある下山路を教えてくれました。その道標は古く、しかも曲がって立っており、高さも120cmくらいしかなく、視界に入らずに見落としていたのです。ラッキーな出会いでした。
白岩滝は水量も少なく見所のある滝ではありませんでしたが、その沢筋は変化があり楽しめました。
バス停まで急いで歩いて予定より1時間早くのつるつる温泉からのバスに間に合い、家には4時前に帰れました。今回は膝も痛くならずに足に自信が戻りました。
by minoru_mogi | 2016-05-20 10:58 | 歩いた山 | Trackback | Comments(0)
 ここ4ヶ月、山歩きに出掛ける機会が無く、久しぶりに今まで何度となく登ったことのある大月駅に近い岩殿山に出かけました。登山口まで40分で行き、ゆっくりと急な階段を登りますが息切れで足が進まず、今まで経験のない鈍足です。平日でしたが登山口を11:00から登り始め、年配の登山者が皆私を追い越して行きますが、若い女性の登山者もいました。登山者でなく歴女であったのかもしれません。
地図にある標準所要時間が休みなしで30分とありましたが、その倍の時間が掛かりやっと山頂近くのテーブルの有る所に到着しました。ベンチに腰をかけて周りを見ると、目の前にアブラチャンの黄色の花が春一番先に咲いていました。この山頂でお昼を摂り40分休憩を取りました。
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                  山頂付近より雁ヶ腹摺山方面を望む
 この岩殿城は今テレビ放映中の「真田丸」とも関係があります。真田家が仕えていた武田信玄が亡くなり、その子武田勝頼は1582年に信長と家康の連合軍に攻められて、韮崎に有った新府城を放棄して岩殿城を目指します。武田24将の一人であった小山田信茂の岩殿城を目指しますが、信茂は武田を見限り勝頼に謀反を起します。
そして武田一族は追手に追われ甲斐の天目山で自害します。しかし、小山田信茂も家康の命令で切腹処分にされました。
その時、真田は勝頼を群馬の岩櫃城に招いていました。この両城は共に大変急峻な山城で堅固な城で有名でした。今でも岩殿城の山頂には馬場跡や井戸もある広い山頂です。篭城には最適と思えます。
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                    春の山の花アブラチャン
 この山頂の城跡を見て下りは猿橋への東側の急な階段の連続する道を降り、途中で大きな岩の洞窟も見てきました。その道の周りにはアブラチャンの黄色の花が今は盛りと咲き誇っていました。
by minoru_mogi | 2016-04-08 10:50 | 歩いた山 | Trackback | Comments(0)
 最近の弱った足に合わせて、高尾山(599m)の奥にある城山へと、登山道ではなく林道を通って登ってきました。私は昔は高尾山を歩いており、殆ど総てのルートを歩いています。しかし、昨今は高尾山は行楽地であり、山ではなくなって全く行くことはありません。城山へは普通は高尾山から行きますが、今回は初めて林道を行ってみようと考えてみました。
小仏行きのバスを日影にて下車して、高尾山を北から登る道と別れて右の林道に入ります。杉林の中の林道は砂利道であり、傾斜はゆるく割合と幅の広い道を、全く人のいない道をのんびりと歩いてゆきます。10:30よりバス停から歩き出しましたが、風の強い寒い日で立ち止まると寒さを強く感じます。そんな訳で止まらずにずっと歩き続けます。また、林道なので道の脇には休むところも全くありませんでした。
1時間程歩き続けた所で、今度は道がコンクリートで舗装されて少し狭い道になり、傾斜がきつくなってきました。その道中は日の当るところは全くなくて、少し汗ばんで来ましたがもう少し行った日の当る所で休もうと思うのですが、ずっと期待外れです。
かなり登った所に車止めのゲートに鍵がかかっています。ここからは登山道になるかと思っていたところ、その舗装の道はずっと続いたのです。
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                       城山山頂付近
1時間40分休み無く歩いてきたところ、急に木々が切られた視界の広がった所に出てきました。そこからは城山の山頂近くにある電波塔が良く見えます。そこからは直ぐに山頂近くに来ました。
時刻は丁度昼を少し過ぎた時間であったので、南面の風の当らない斜面に腰を下ろして昼食休憩としました。テルモスの熱い湯でカップスープを作り、冷たいおにぎりを食べました。山の東の方向には新宿の高層ビル群がはっきりと見えています。空は快晴で雲ひとつありません。
30分もしない内に体が冷えて来たので腰を上げました。すると、思わぬ所から登山者が3人出て来ました。それは地図上に点線で示しているルートの出口だったのです。今までその山道の入口と出口が分らず、山の中には何も表示がありません。今回はこの山道の入口を見つけたことは大成功です。次回は必ずこの山道を歩いてみようと考えています。
小仏峠に出て小仏バス停に下ると、10分くらいで高尾へのバスが丁度ありました。高尾駅前のコーヒーショップで美味しいコーヒーを頂き、ゆったりとした気分で3時半には家に戻れました。
by minoru_mogi | 2015-12-05 15:04 | 歩いた山 | Trackback | Comments(0)
 今年の夏には軽度の熱中症のような症状に罹り、この秋になっても山登りには自信が持てず、やっと11月になり初めてまた山歩きにチャレンジしてみようとの想いになりました。
11月4日は快晴で風も無く、最高の天候に恵まれ雲ひとつ無い中を山頂には11:20分に着いて、頂上の東屋でオニギリを食べてきました。
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 ふと見ると、その南面に葉を美しく紅葉させたあまり高くない樹があります。まだ緑の濃いクヌギの中にあるので大変目立ちます。食事を終えて下山しようと立ち上がり、その紅葉の樹の脇に行ってみました。それが意外にも柿の樹だったのです。
以前、秋のこの山の中で地元のおじいさんがきのこを採っており、足を止めて話をしたことを思い出しました。そのおじいさんが言うには、この山の中には所々に柿の木があり、それはカラスが柿を運んだのだと言うのです。熟した実をくわえて運び、それが落ちることに依りあちこちに柿の木が生えているのです。
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その話を思い出しながら下って行くと、今度は赤い実が沢山ついたままの柿ノ木が目に入りました。その実を見ると小さな柿で、直径が3センチほどのものです。丁度実が一つ登山道に落ちていたので、拾って口に入れて味を試してみました。最初は甘さを感じたのですが、しかし少し経つと猛烈な渋さが口中に広がってきました。その渋さはなかなか消えません。
柿の実が沢山木に残っていたのは渋かったからでしょう。しかし、霜が降りる頃になれば甘くなると考えられ、カラスはそれを待って食べると考えられます。
数年前におじいさんに聞いた話が本当であったことが解けました。
下山の道端にはリンドウが陽の光を受けて、今日の青い空を映したように美しく其処ここに可憐に咲き誇っていました。
by minoru_mogi | 2015-11-06 14:24 | 歩いた山 | Trackback | Comments(0)
 今年は2月の大雪や海外旅行などで、月1回目標の山歩きがおろそかになってしまい、1月より4回低い山を歩いただけです。その様な訳で足の力が衰えるのを心配して、今回も山道を4時間ほど歩いてきました。行く先は青梅から奥多摩線の4つ目の駅、二俣尾で下車しましたが、駅員の居ない駅でした。駅よりはゆっくりと民家の間を行き、直ぐに杉林へと入ってゆきます。
明るい杉林の下にはシャガの花が其処ここに咲いています。この辺りの山は皆杉の間伐が行われていて、下枝も綺麗に打ってあり、大変明るい山で気持ちよく歩けます。沢の水音も気分良く。ウグイスの声も近くから聞こえてきます。尾根には45分ほどの歩きで上がれました。
雷電山(494m)の方向とは反対に青梅の鉄道公園へとゆっくりと下って行くハイキングコースです。
ところが、実際に歩いてみると、地図では判らなかった20~30mの小さなこぶが連続して出てきて、なかなか手強い山道なのです。しかし、新緑の色はみずみずしく、広葉樹の林に入ると楽しい気分になります。ウグイスの声はずっと聞こえているのですが、カッコウやホトトギス等の托卵をする鳥の声は一向に聞こえてきません。まだ南から渡ってきていない様子でした。
花は殆どありませんが、山つつじの咲き遅れがところどころに咲いていました。この春はつつじ属の花芽が沢山付いたようです。
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三方山(454m)という山に着きましたが、三方が見えるかと期待していたのですが、全く視界のない杉林の山頂です。其処をすぎて直ぐ近くに大きな丸太が有りましたので、そこでお昼としました。ここで二人の中年の女性に会いました、それまでに出会ったのは中高年の男性一人と、40代の男性だけでした。
この場所は北面の視界が良く、武甲山や伊豆が岳、が見えており、日光の男体山も見えると案内図には記されています。そこからしばらく歩いて展望の良く利く矢倉山に着きました。
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青梅の市街地と多摩川がくねって見えており、先には西武ドームの白い屋根が見えています。ここのベンチで暫く休み景色を楽しみました。そこからは道が車の入れる林道となっており、つまらない道を5キロくらい歩いて、鉄道公園に着き、ぬれたシャツを着替え、水道で汗だらけの顔を洗いすっきりして青梅駅まで出ました。
鼻歌交じりで歩けると思いましたが、思わぬ手強い山道でした。
by minoru_mogi | 2014-05-22 19:50 | 歩いた山 | Trackback | Comments(0)
 韓国からの登山者の雨中の事故の記事を見て、以前浪人中の息子と行った大変な思いをした山登りを思い出しました。私自身は白馬岳には3度登っていますが、その2度は好天での登山でした。最初の時は大糸線の小出で降り、蓮華温泉を経て白馬大池の小屋で泊りました。翌日山頂まで行き、今度は乗鞍岳を越えて栂池に下り、信濃森上駅へと出てきました。大抵の方が登る大雪渓からは人が多いので敬遠です。二度目は猿倉より登り、白馬鑓温泉小屋で泊り、山頂を経て大池を通り蓮華温泉に降り、小出から帰りました。
2350mの白馬鑓温泉小屋の湯は、大きな露天風呂に湯が崖より流れ落ちており、目の前には雪渓が広がり、夜、湯に入ると満点の星空で、多すぎる星の中にやっとさそり座のアンタレスが見つかりました。その上の大出原は高山植物の宝庫で、クルマユリ・ハクサンイチゲ・ハクサンコザクラ・タカネマツムシソウ・シナノキンバイと足の踏み場もありません。
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             初夏の残雪のある白馬岳・杓子岳・白馬鑓ヶ岳

そのような雄大な山を一度見せようと、浪人中の息子を誘ってみたところ、初めて一緒に行くことになりました。夜行列車で早朝に大町駅に着き、バスで猿倉の登山口へ着き、いよいよ白馬鑓温泉へと向います。快調な足取りで3時間程登り、2000m位に来たところ、下山中の人達が来ましたが、その中に私が仕事で親しい人が、何と女性を背負って降りて来たのです。背の大きな方でしたが、会話を交わし励ますだけで何も手助けは出来ませんでした。多分女性は足をくじくか、捻挫でもしたのでしょう。
この日は雲が多かったものの、晴れており2時頃には小屋に着き、早速温泉に入り楽しみました。その脇を汗だらけで下る登山者を湯の中より眺めていました。
翌日山頂へと向うと霧が深く雨も少し落ちてきます。白馬鑓の尾根に出て杓子岳へ向う頃には、風雨が強くなってきました。風速は5m以上あり、雨は横から飛んできます。何も見えない中暫く行くと、コトコトという連続音が聞こえてきました。これは山頂の小屋のディーゼル発電機の音です。これに元気付けられて寒くて感覚の無くなった手をして苦しい道を進みますが、音のみで一向に小屋は見えて来ません。やっと白馬山頂小屋に着くと、入口の横に大きな温度計があり、6度を表示していました。中からの汗でびっしょりと濡れた衣服を着替えストーブにあたり、やっと人心地がつきました。
 翌日も天候は前日と変わらず霧と雨でしたが、小蓮華付近で雷鳥が出てきました。息子もこれに興味を示し、這松の中を歩く雷鳥の親子の姿に足を止めました。蓮華温泉に下り、宿は満室なので泊りを諦めて、小出から電車に乗り何とかその日の内に自宅へと帰り着きました。
以来、息子は山には一度も行かず、海好きになりました。最初の印象が悪かった様です。
by minoru_mogi | 2013-08-09 14:45 | 歩いた山 | Trackback | Comments(0)