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山歩きとそこで出会う花たちへの思い


by minoru_mogi
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2012年 07月 27日 ( 1 )

 前より訪ねたいと思っていた記念館にやっと行って来ました。京王線のつつじヶ丘駅より歩いて15分とありましたが、南口を出て静かな住宅地の中を行きますが、昔の農道が基になっており、狭く曲がりくねっており、欅の大樹がある広大な農家が途中に沢山ありました。目的地になかなか着かず、道路工事中の警備員に聞くと、正確な地図を持っており、大分方向が違っていたことが分りました。かかつた時間は20分を超えていました。
 平屋の記念館はこじんまりとしたただずまいで、いかにも実篤にぴったりの感じのものでした。入館者は私と同年輩の男性2人と、中学生の女の子が3人いるだけです。
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                    実篤の旧宅
展示場には実篤の生い立ちと経歴が良く分かるように展示されています。彼は学習院の小学生の時に志賀直哉と友人になり、後刻一緒に「白樺」を発刊しています。しかしその一番の特色は理想社会の実践として、大正7年(1918)に「新しき村」を宮崎県に創設したことでしょう。
そこでの活動はずっと続き、昭和14年(1939)からは埼玉県毛呂山町に移り今も続いているとの事です。
今の記念館は昭和30年(1955)に水のある所に住みたいとの彼の希望で調布のこの地に移り住み、そこで20年間生活をした所です。文筆活動と共に絵を描きますが、図工は大の苦手であったと書かれていました。その主題は花や野菜が描かれていますが、山を描くのが好きでこの展示会場にいくつも展示されていました。
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館を出るとそこに隣接して実篤公園があり、国分寺崖線のような丘陵からの湧水が敷地の中にあり、いくつもの池と菖蒲園がありました。彼が住んだ住居はその林の中にあり、静寂そのものでした。池の水は澄んでおり蛍が生息してもおかしくない環境でした。彼の没後、この地は調布市に寄贈されて現在の公園になっているのです。静かな環境はかけがえのない宝物です。
残念なことに旧邸の内部の公開日は土・日・祝日だけで見ることが出来ませんでしたが、秋にでもまた出かけてみようと思いました。
by minoru_mogi | 2012-07-27 20:51 | 随想 | Trackback | Comments(0)