山歩きとそこで出会う花たちへの思い


by minoru_mogi
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新田次郎「剱岳点の記」の映画を見て No243

 ここ久しくご無沙汰していた映画を数年ぶりに「剱岳点の記」を見に行きました。友人との話で話題となり、一応見ないことには論評出来ないと考えたからです。残念なことに私はまだこの新田次郎氏の書を読んでおりません。本来、私は本を読んだ後にそのタイトルの映画を見るのが、私のスタイルなのですが今回は都合で逆になってしまいました。
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 私が山で剱岳を目にしたのは、今から46年前の昭和38年(1963)の5月、連休明けの静かな立山に出掛けた時でした。
2尺4寸のキスリングにスキー・ピッケル・アイゼンと重装備で、上野を深夜の12時頃に出発して翌日の朝9時頃に富山駅に降り立ちました。冷たい握り飯の朝食を摂り、富山電鉄で立山へと行き、ケーブルカーで美女平へ上がり、そこでバスに乗り替えて5メートルくらいの雪の壁の中を天狗平の終点まで行きました。まだあまり乗客も多くない静かなものでした。
 そこからは室堂の山小屋まで重い荷物と長いスキー(195cm)を担ぎ、喘ぎながら2時間近く登り、下に雷鳥沢が見えた所からはスキーを着けて安定する斜滑降で雷鳥荘へ4時過ぎ頃に着きました。
小屋には山スキーを楽しみに来ている30人くらいの宿泊者がおり、若い30台くらいが中心です。夕食は大きなどんぶりの豚汁とどんぶりに大盛りのご飯と僅かなおかずでしたが、お代わりOKとのことで、急いで食べてお代わりをし豚汁2杯とご飯3杯を平らげました。
ところが、部屋は2階であるので階段を上がろうとすると、喉から食べたものが逆流してしまいそうで、ゆっくりゆっくりとやっと階段を上がりました。
 翌日は雲があるものの晴れとなり、雄山(3003m)に登ることにして、ピッケルと10本爪のアイゼンを着けてアタックザックで、ミドリガ池の近くより夏道の一の越の峠を回らずに、夏ならばハイマツの斜面である雪の傾斜を一気に直登し、雄山の山頂には思いがけず早く到達しました。
 山頂のほこらから北を見ると、そこには白くなだらかなお椀を伏せたような真砂岳が下に見え、その先には剱岳の山稜があたかも恐竜の背の様にガガとして聳えています。
その山姿には登ってみたいなどという感情は湧かず、おごそかな威圧感を覚えたものです。
黒部川の谷側に目をやると、工事が進みだして水が少し溜まりだした黒部ダムが群青の色をしています。
 翌日は春スキーへと山荘より小さな流れを渡って雪渓に入り滑ります。しかし雪崩の跡の雪は小さな岩を含んでおり、危険がありスピードを出しては滑れません。それでも半日ほど楽しんでから山荘に戻りました。そこで同室者の大学生がスケッチブックを広げており、それを見せてもらい、スケッチは誰でも出来ると勧められたことが、その後の私の趣味を豊にしてくれたのです。思い出深い立山と剱岳です。
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by minoru_mogi | 2009-07-09 10:51 | 随想 | Trackback | Comments(0)