山歩きとそこで出会う花たちへの思い


by minoru_mogi
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江東の清澄庭園と深川江戸資料館 No239

 東京都の指定名勝公園で訪ねたことのなかったこの公園を、都内での会合に出る前の時間を利用して立ち寄りました。大江戸線で白川清澄駅より公園は直ぐなのですが、地下鉄大江戸線のホームは地下深くにあり、階段で地上に出るまでが大変でした。(エレベーターやエスカレーターも有ると思いますが) 
入場券を買い園内に入るとすぐに池が広がり、その中に幾つかの島があります。冊子を見ると明治の代表的「回遊式林泉庭園」とあります。しかし、その謂れでは江戸の豪商紀伊国文左衛門の屋敷跡と伝えられており、後に下総の国久世大和の守の下屋敷を経て、明治11年(1878)に岩崎弥太郎がこの地を社員の慰安と貴賓の招待場として、明治13年(1880)に「深川親睦園」を開園したとありました。
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その後も、岩崎家の代々の方々が手を加え、自社の汽船で全国の名石を集めて配置したようです。大正記念館の前には美しい芝生が広がり、池の端には手入れの行き届いた松が茂り、水際には石が沢山配されて、磯渡りという石の上を渡って回って行けるのです。
その庭園内の石の数と種類の多さは他の庭園ではまず見ることが出来ないものでした。
広大は池の中の岩には40センチ程の亀が岩に上がっていましたが、私は最初それをあまりに大きいので銅製の飾りの像と思って見ましたが、暫くすると首の向きが変わっており、生きている本物であると気付いた訳でした。池に中の岩には他にも海鵜が休んでおり、真鴨もおり、周りのビルも見える街中とは思えない一角でした。丁度菖蒲も盛りでしたが、その広がりはあまり広くなく他の園の方が優れているとの感想を持ちました。
 続いて歩いて5分くらいの深川資料館に足を向けました。外から見て小さな資料館だなーと思いましたが、入ってみると地下室を有効に利用した江戸時代の深川の町屋が再現されており、なかなか良く出来ており生活者の匂いまでが感じられるようです。
落語好きの私には、熊さん、八さんの長屋がここであったか、若旦那の出入りした船宿とはこの様なものであったか、今までの想像とはかなり違っており、本当に質素な江戸時代の人々の生活が手に取るように理解出来ました。(ここは7月1日から1年間改修で休館です)
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その後で芭蕉記念館にも行きましたが、4:30までの入館に間に合わずに次回となりました。
 いかにも下町らしい家の前の植木鉢やプランターが置かれていましたが、稲までこんなに置かれているのには驚きでした。
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by minoru_mogi | 2009-06-11 11:37 | 随想 | Trackback | Comments(0)