山歩きとそこで出会う花たちへの思い


by minoru_mogi
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大磯 エリザベス・サンダースホーム No691

 東海道線の大磯へと行って来ました。平塚までは駅前商業施設の有る大きな駅でしたが、大磯駅では丘が駅の北側に迫り、駅前にも商店街は殆どありませんでした。町の中心部は駅とは離れているようです。

駅前に降り立つと駅の直ぐ南面の丘にエリザベス・サンダースホームがありました。門より入ると入口より右手にはホームがあり、左手の丘へと上って行くと澤田美喜記念館がありました。かなり急な石段を上がると、そこには教会風の建物が有り、その一階が彼女の「隠れキリシタン」の品々を集めた展示室です。

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彼女は熱心なクリスチャンであり、この隠れクリスチャンのコレクションは若い頃から熱心に集めていったものと言われています。

これらのコレクションは九州の物が多いのですが、意外にも大阪近くの大槻や堺のものがあります。キリシタン禁止令の高札も昔のものがそのまま展示されています。また、実際に使用され銅版の踏絵の展示もありました。

大槻はキリシタン大名であった高山右近の領地でもあり、徳川家康によりマニラに国外追放されました。その様な訳で高槻には今もその隠れキリシタンの遺品が発見されるそうです。そこには韓国からの10人ほどの団体も見学に来ていました。

 この展示館の二階に上がってみると、そこには立派な教会がありました。毎週一度横浜から牧師さんが来るそうです。そこはサンダースホームの人々のための教会なのでした。

ホームは1949年に澤田美喜女史が、主に日本人と米兵との混血の子供達を保護し養育した施設なのです。

このエリザベス・サンダースホームという名称は、この施設を設立する折に、在日英国人の女性から最初に寄付金として170ドルの寄付をしてくれた方の名を冠したものだそうです。そしてその方は東京で亡くなり横浜山手の外人墓地に葬られています。

澤田美喜女史は岩崎財閥の子孫であり、彼女が外交官の澤田氏と結婚しての名前で、澤田氏は国連大使も務めた方でした。そして、このホームでは2000名以上の人が卒業してゆき、現在も日本人の児童擁護施設として澤田女史の理念の基で運営されています。ホームの設立の理念には感銘を受けました。


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by minoru_mogi | 2018-01-26 13:46 | 樹木とその花 | Trackback | Comments(0)