山歩きとそこで出会う花たちへの思い


by minoru_mogi
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香取市佐原 伊能忠敬記念館を訪ねて No678

 江戸時代、50歳で仕事を引退してから自分の研究している暦学(天文学)を活かして日本地図を作成した偉人の足跡を是非見たいものと思っており、まだ少し暑い日ではありましたが、思い立って千葉県の銚子に近い香取市の佐原へと、朝少しばかり早く起きて出掛けてきました。

先ず躊躇したのは、そこまで行くには八王子からは電車では4回乗り換えて4時間近く掛かることです。家を8時頃出ると12時過ぎにやっと佐原駅に着くのです。東京駅から高速バスも出ていますが、好ましい時間には出ていません。しかし、今行かないと今後行ける機会が無くなりそうに思えるので決心して出掛けました。



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庄屋の建物のような佐原駅


 ご当地の記念館には彼の人生の商人としての歴史が大変良く紹介されています。その業績は15年間で売上高を約5倍に拡大していたのです。そして、商人の時から天文学を勉強しており、50歳で江戸へ出て天文学者のところで更に励みました。当時彼が使用していた望遠鏡が展示されていましたが、国産のの3メートルもある屈折望遠であり、木星の衛星を見ていたということは驚きでした。

 彼の日本地図作成の旅は10回にも及び、最初は7名くらいでしたが毎年参加人員が増えてゆき、多い時には15名くらいと公儀からの参加者が加わったようです。その出来上がった日本地図は現在の地図と比較しても、ほとんど同じであり、少し経度がずれているだけでした。

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記念館前の川沿いの古い家屋

展示されていた日本地図は、以前国立博物館で目にしたことがあり、珍しい物ではありませんでしたが、交通機関の無いに等しい江戸時代としては大変であったと思われます。

彼は当時としては長命であり73歳まで存命しましたが、日本全図は彼の死後数年後に完成しました。

シーボルト事件でこれら日本地図が国外へ持ち出されそうになり、幕府はこれを禁じシーボルトを国外追放したのでした。

彼の隠居後の功績は大変素晴らしものであり、その情熱には全く頭が下がります。老人であってもこの様な新しいことに対する持続する情熱は是非とも欲しいものです。


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by minoru_mogi | 2017-09-27 19:09 | 随想 | Trackback | Comments(0)