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山歩きとそこで出会う花たちへの思い


by minoru_mogi
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長野県真田町の真田氏歴史館 No610

 先日、私の家内の兄がいとこ会やらを主催して、長野県の上山田温泉で1泊の集いを催し、私も一緒に参加してきました。全部で12名の方々が集まり、その会に参加した人々は60~70台ばかりでした。地域的には長野市から上田市の近郊の人々、東京からは5人の参加です。
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            真田氏居館跡の自然公園 アルプスが望めました

その翌日、今のテレビ番組「真田丸」の本拠地である上田市の北方6キロくらいの真田町を訪ねましたが、そこは標高700mちかい高原の盆地で、周りはリンゴ園やぶどうの樹が広がっていました。ここが真田氏の発祥の地であり、立派な真田歴史館がありました。広いバスの駐車場がある平屋建ての館内は、真田代々の鎧が幾つもあり、刀や駕籠なども展示されています。見ものは大阪夏の陣の大屏風が飾られており、その傍には真田氏に宛てた豊臣秀吉の巻物の書状もありました。
真田は真田幸隆が武田信玄に仕えて、その後昌幸が家督を継ぎ、武田家滅亡の後は1年の間に織田、北条、徳川と情勢に応じて主君を変えるなど外交戦略により領土を拡大し、上田城を築くなど、戦国大名としての地位を築きました。
徳川家康とも戦い、関が原の戦いでは、昌幸と次男の幸村が豊臣方に、信之は徳川方に別れて戦いました。真田家は信之により家名を存続して、松城へ移封となり、明治まで10代に渡って真田10万石として栄えました。
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                   長谷寺(ちょうこくじ)と藁作りの馬
真田一族の墓所長谷寺(ちょうこくじ)は館より2キロくらいの山の近くにあり、先日の雪が沢山残っており、寺よりは墓は回り道をして行かねばならぬ程でした。真田氏居館跡は現在自然公園となっていますが、武田信玄の居館跡のつつじヶ丘館と同じ様に保存されていました。
まだ観光バスが1台来ていただけですが、これから観光客が大勢来るようになるでしょう。
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by minoru_mogi | 2016-03-25 09:55 | 随想 | Trackback | Comments(0)