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山歩きとそこで出会う花たちへの思い


by minoru_mogi
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御茶壷道中と歌の「ズイズイズッコロバシ」 No483

 杉並区の郷土博物館で甲州街道の特別展があり、永福町から大宮八幡の傍を通り会場へと歩きました。江戸時代高井戸は甲州街道の内藤新宿の次の二番目の宿であり、半農半宿屋の宿場町で馬15頭が用意されていたそうです。
             
              版画「高井戸の夕立」
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旧甲州街道といえば、数年前に我々の所属するクラブグループ仲間と、内藤新宿の大木戸より諏訪を越えて松本まで幾日にも分けて歩いたことがあります。私は調布・八王子間と上野原・鳥沢間、笹子・甲斐大和の区間を歩きました。笹子駅から笹子峠越えは秋の遅い頃であったと思いますが、30名くらいの仲間とワイワイガヤガヤと楽しく歩きました。
しかし、笹子峠は1086mもの高さがあり、笹子駅の599mと比べると標高差が490mもあります。今では昔の旧道は雑木が茂り、道があまり鮮明でない所もありました。これはまさに登山であり、1時間300mを登る登山の歩きで上りに優に2時間を必要としました。昔の人はこんなに苦しい道を歩いたのかと感心してしまいました。
 この旧甲州街道を幕府のお茶壷道中が京都の宇治から行列を作って毎年来ていたのです。ただのお茶を運ぶ行列が参勤交代や京都からの日光への勅使と同じように、人々が平伏しなくてはならなかったのは全くの驚きです。
この「ズイズイズッコロガシ」の歌には、このお茶壷道中の内容を歌っているとの解説は意外であり、また、この歌が江戸時代から受け継がれているのにはなお感心させられました。
「茶壷に追われてトッピンシャン」とは、茶壷道中が来ると、家々では戸をピシャリと閉めてしまい、それが通り過ぎると「空けたらドンドコショ」とは、通り過ぎたら「勝手に何をしても構わない」との意味であったそうです。街道筋の子供たちが一緒に歌った歌でした。
 最近、歴史好きの友人の影響もあり、色々な歴史的なことに目を向けることが多く、それにより近郊へ外出する機会も増え、日々好奇心をそそられ楽しい時間を健康的に過ごしていることに大変満足しています。
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by minoru_mogi | 2013-12-13 17:14 | 随想 | Trackback | Comments(0)