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山歩きとそこで出会う花たちへの思い


by minoru_mogi
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私の就職試験 No362

 今の大学生の就職は全く厳しいものであり、学生諸君には同情を禁じえない。50年前の大学進学率は高卒4人に1人であり、現在の2人に1人の時代に比べて、大学卒業者自体が少なかった。
就職活動をした昭和36年(1975年)は3年後のオリンピック東京大会に向けて景気が上向いてきていた時代である。私はホテル業に就きたいと思いその方向の知識を身に付けるべく授業を取っていた。先ず語学である。英語、フランス語、ドイツ語を勉強したが、第二外国語は二つしか取れないためフランス語は夜学にもぐりで習ったものである。他に経済学ではコレスポンデンス、商業英語等に力を注いだ。
その頃の就職試験は公式には4年の10月1日以後からであった。夏休みも終わりキャンパスへ行くと、友人の何人かが銀行等の内定を貰ったと話していた。しかし私はまだ一度も試験を受けてはいなかったのである。
目的のホテルオークラに大学OBの副社長を会社に訪問して色々と話を聞いてきた。下宿より田舎へ帰りその話をすると、母が全く反対した。理由はホテルには夜間勤務が有るから駄目という。母の希望は電鉄か百貨店であり、景気変動の影響の少ない業種にするようにと言った。
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父の勧めで父の商社の試験も受けるようにと言う。父の同期の人事部長と父とで会い話すと、「もし或る程度の試験成績をとれば採用します」と言う。しかし、その折に父が定年(55才)を過ぎて嘱託となっていたので、「その時はお父さんに退いてもらいます」とも加えた。私としてそれは父を踏み台にして入ると言う事なので、とてもそれは受け入れられない。
そこで、親戚の紹介で東急百貨店の総務部長に会い、試験のことを聞いた折に、丁度、小田急電鉄も百貨店を新宿に計画しており、37年に開業するので受けてみたらと言われた。今度は小田急の総務部長を訪ねた。そして9月末の試験を受けてみた。しかしこれは入社試験の練習と考えていた。
初めての入社試験は代々木で行われたが、その日の朝に腹痛がして行くのを止める事を考えていた。しかし、8時頃に腹が納まったので試験会場へとでかけた。始まる少し前であった。その試験を受けてみると、論文も英語も、経済問題も殆ど解答出来て、経済問題10題の中で1つだけ「ローレンツ曲線について記せ」とあった問題だけが書けなかった。こんなに答えを書ける試験は2度と無いと思いこの会社に入れれば是非とも行こうと心に決めた。
そこで、合格間違いなしと確信して親に連絡を入れると電鉄は好ましいという答えであった。でも、鉄道は面白そうではないので、面接の折に「女性の多い百貨店の方が良いです」と答えた。その結果で百貨店人生を歩むことになるのである。
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by minoru_mogi | 2011-12-01 15:43 | 随想 | Trackback | Comments(0)