山歩きとそこで出会う花たちへの思い


by minoru_mogi
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発掘された日本列島展 No343

 恒例の「発掘された日本列島2011」の展示会を江戸東京博物館へと見に出掛けてきました。
約2万年前旧石器時代の宮の上遺跡(鹿児島)の石器群や、青森三沢の五川目(いつのかわめ)遺跡の細石器のまとまった出土品があり、それらは鹿の角に縦に溝を作り、その中に並べて埋め込んで、大型の槍として使用したようです。この方式はシベリアにその同じ用例があり、日本と陸地が繋がった時代の名残と考えられ、シベリアではその槍でマンモスを襲っていたようで、細石器が骨に刺さったものがありました。
縄文では13.000年前頃の相谷熊原(あいだにくまはら 滋賀)遺から4センチにも満たない女性のトルソーが出品されています。これは日本では最古の女性の土偶であると記されていました。
そのトルソーは大きな胸が造形されており、いかに女性美が乳房で表現されているかが判りました。最近、縄文時代は1万年前からと言われておりましたが、近年の研究では13、000年~16,000前くらいまで考えられるようになってきたようです。
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            古墳より出土した楯の埴輪 →




弥生時代のものでは土器に赤色の線画で鹿が何頭も描かれています。多分狩の絵でしょう。古墳時代の埴輪には楯の埴輪や、矢入れの埴輪も見えます。部族間で戦いがあったことは確かです。平和な時代ではなかったのかもしれません。古代の史跡では福島県相馬市の横大道製鉄遺跡があり、その鉄くずは68トンにものぼる一大製鉄コンビナートがあったことが判りました。
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                矢入れの埴輪  →
又、特別展として平城宮の東院庭園の発掘により8世紀における日本庭園が修理整備されて、その模型ジオラマが展示されてありました。池にはすべてこぶし大の川石が水辺から底まで敷き詰められており、日本古来の様式がよく判りました。
毎年、縄文や弥生の時代が少しずつ解明されてゆき、そのうちに卑弥呼の謎が解ける日が来ることを楽しみにしています。
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by minoru_mogi | 2011-07-15 12:22 | 随想 | Trackback | Comments(0)