山歩きとそこで出会う花たちへの思い


by minoru_mogi
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キャンパスでの講演会「外国人が見た徳川日本」 No311

 11月下旬の土曜日の午後、国分寺の私の卒業した大学のキャンパスに行き、講演会を聞いてきました。校門を入ると両側の桜並木が色づき落葉を始めていました。武蔵野を代表する欅の大木が本館の前に何本も色づき空へ伸びています。
私が2年の時に竣工した4階建ての本館の脇には、往時樹高4mくらいで根元がせいぜい20センチ位であった銀杏の木が、4階建ての校舎をこえて15メートル位となり、その根元は60センチは優にあります。考えて見るとその時より50年の経っているのです。その銀杏が真黄色に色づきキャンパスを明るくしています。
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 講演会は江戸博物館長の竹内誠氏による「外国人がみた徳川日本」という話でした。
江戸時代の末期に日本を訪れた外国人が、自分達の国と比較してどの様に日本人が映つたかを、その記述の中から見たものでした。その中にて話されたものをいくつか紹介します。
英国人で『幕末日本探訪記』を記したロバート・フォーチュンによると「日本人の国民性の著しい特徴は、下層階級でもみな生来の花好きであるということだ。気晴らしに始終好きな植物を少し育てて、無上の楽しみにしている。もしも花を愛する国民性が、人間の文化生活の高さを証明するものとすれば、日本の低い層の人々は、イギリスの同じ階級の人たちと較べると、ずっと優って見える」とある。
フランス人のスエンソンの『江戸幕末滞在記』では、「日本人は多産な民族である。そこいらじゅう子供だらけで、その生き生きとした顔、ふっくらとした身体、活発で陽気なところを見れば、健康で幸せに育っているのがすぐにわかる。まだ小さくて歩けないときは母親や兄姉が背中におぶい、とても良く面倒をみる。少し大きくなると外へ出され、遊び友達に交じって朝から晩まで通りで転げまわっている。」
ドイツ人のシュリーマンの『清国日本』の中には「教育はヨーロッパの文明国以上にも行き渡っている。清国をも含めてアジアの他の国では女たちが完全な無知の中に放置されているのに対して、日本では、男も女もみな仮名と漢字で読み書きが出来る。」
「もし文明という言葉が物質文明を指すなら、日本人は極めて文明化されているといえるだろう。なぜなら日本人は、工芸品において蒸気機関を使わずに達することの出来る最高の完成度に達しているからである」
 最後の話にあったアメリカ人のペリーの記述『ペリー艦隊日本遠征記』こそ核心をついたものであった。「実際的および機械的な技術において、日本人は非常に器用であることがわかる。道具が粗末で、機械の知識も不完全であることを考えれば、彼らの完璧な手工技術は驚くべきものである。日本の職人の熟練の技は世界のどこの職人にも劣らず、人々の発明能力をもっと自由に伸ばせば、最も成功している工業国民にもいつまでも後れをとることはないだろう。
人々を他国民との交流から孤立させている政府の排外政策が緩和すれば、他の国民の物質的進歩の成果を学ぼうとする好奇心、それを自らの用途に適応する心構えによって、日本人はまもなく最も恵まれた国々の水準に達するだろう。ひとたび文明世界の過去および現在の知識を習得したならば、日本人は将来の機械技術上の成功を目指す競争において、強力な相手になるだろう」との記述である。
ペリーのその視野の広さには驚きを感じ得ない素敵な話であつた。
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by minoru_mogi | 2010-11-20 23:40 | 随想 | Trackback | Comments(0)