山歩きとそこで出会う花たちへの思い


by minoru_mogi
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 419日から21日に掛けて島根県出雲市の弥生遺跡の銅剣538本が一度に発掘された、山の中の遺跡を見に行きました。以前より一度訪ねてみたかった荒神谷遺跡と、そこから3kmの近くにある加茂岩倉遺跡を見たかったのです。

行く前に、荒神谷遺跡博物館に電話して調べてみたのですが、荒神谷から加茂岩倉まではたった3kmなのですが、山道や林道も確かでなく、電車で戻って他の駅より方法が無いとの返事でした。

双方共に弥生後期遺跡であり、荒神谷は銅剣、加茂岩倉は銅鐸が39個も出土したところです。このことを考えると、出雲地方は弥生後期には大きな勢力を持った文化圏があり、おそらくは朝鮮半島の文化も入っていたのかもしれません。出雲大社の神殿の柱跡も見ましたが、確かに巨大な建設物があったのは確実です。

 朝920分に無人駅の荘原駅に降り立つと、そこには幸にもタクシーが1台居りました。往きか帰りかに遺跡より歩いてみたいと思いましたが、行きをタクシーにしました。歩いて453.5キロとありますが道が判りにくいのです。

荒神谷に着くとそこは山裾で、その谷戸に遺跡はあります。先ずは遺跡を見ようとすると
案内ボランティアの建物が有りました。しかし案内人は居ないとの表示でしたが、カメラを出したり支度をしていると、そこに1人の65歳くらいの男性が現れて、ボランティアですが案内しましょうかと声を掛けてくれました。そしてまだ新米なのですと言います。是非お願いしますと返事をして、2人でゆっくりと山に向かって歩いていきます。

先ず、古代蓮の池があり、蓮の芽が水面の上に10センチくらい伸びています。これは大賀一郎博士の千葉の検見川で発見された2000年前の蓮の花であったのです。

私は高校生の頃、生物部におり、その顧問の先生が東大で大賀博士の助手をしていたことがあり、博士が館林の城沼の蓮を調査に来た折、大賀博士と先生の船、その後の続く2隻目の船に乗り沼の蓮を見て、翌日高校で博士の講義を聴いたことがあると話しました。

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暫く行くと山の30度位の斜面に銅剣の出土した場所がありました。良くぞこんな所に遺跡があったものと思い、下の田んぼの端に小さな須恵器の破片を市の調査員が拾い上げた偶然から発見に繋がったそうです。このボランティアの方とは色々と話しましたが、説明もすぎず、聞く耳を持った大変好感の持てる方でした。

 次には資料館に行き、複製品の銅剣と銅鐸の展示を見てきました。発掘された銅剣・銅矛の複製品が沢山展示されており、同時代の土器や馬具などもありました。

1時間半を見学に費し、駅まで歩いて出ることにしました。周りは丁度つつじの花が咲き出しており、静かな田園風景が続きます。

途中の荘原第一小学校の校庭の端には、30メートルの前方後円墳の古墳があり、いかにも遺跡の里にふさわしい光景でした。

駅に戻ると、駅前には食事をするところも全く無く、1時間に1本の山陰本線を待ち、50分近く駅のベンチに座って待つばかりでした。


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by minoru_mogi | 2017-04-24 16:15 | 随想 | Trackback | Comments(0)

 先日、タウン誌に羽村のチューリップ畑が見頃が近づいているという話題が、ほんの少しの記事で載っていました。富山県の礪波平野の広がるチューリップの畑は有名ですが、それ程の規模ではないことを承知の上で、天候に恵まれた4月13日に足を伸ばしました。

羽村駅を降り、多摩川の方へ下って行くと、市の臨時の観光案内所が駅より150mも離れてありました。先ず、そこへ立ち寄り地図を入手して花の情報を聞きますと、今年は寒い日が多かったので、川沿いの桜も満開で、チューリップもかなり咲き出しているとの話しです。このチューリップの畑についてはもう少しPRした方が良いのではと言うと、この球根は全部手植えであり、あまり拡張は出来ないのですとの説明です。それではあの富山県の球根はどの様に植えられているのか気に懸かりました。

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 多摩川まで来ると、土手沿いにソメイヨシノの並木がずっと遠くまで続いており、先日の雨で川の流れも滔々と流れており、新緑の芽が出始めた対岸の丘が綺麗です。暫く1kmくらい土手の上を上流に向かって歩くと、右手にチューリップの畑が土手より少し離れて良く咲いているのが眺められます。

丁度、お昼の時間なので、チューリップ畑は後にして、土手の端の草の上に腰を下ろし、オニギリを食べ始めました。その前に広がる川の緑地では幼稚園児が100名くらい来ており、皆が駆け回っています。私は草の上に座り、オオイヌノフグリのサファイア色の花の上に座らないように気を配りながら場所を決めました。

 昼食を済ませ、早速チューリップ畑へ向かいました。そこ

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には黄色や朱や赤や白、一重や八重の花が畝ごとに交互に植えてありました。しかし、その半分くらいはまだ花が咲き出していないのです。更に1週間の後の方が良さそうでした。見物の人々が皆ゆったりと畑の中の細い道を行きます。そして、花の上には5月の鯉のぼりが踊っていました。

案内所の話のように、チューリップ畑では5月に球根を掘り上げて、その後には稲の苗が植えられ、秋のお米の収穫後は又11月には手作業で球根の植付けがなされるそうです。

多くの人たちの手に依り、この畑が見られる優れたサイクルが年々続くことには、それなりに大変な仕事を受け持ってくれる人達の努力の結晶なのでした。


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by minoru_mogi | 2017-04-13 20:42 | 随想 | Trackback | Comments(0)