山歩きとそこで出会う花たちへの思い


by minoru_mogi
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岸和田市の城内寮 No501

 泉南旅行の折に岸和田市に途中下車して、岸和田城に立ち寄ってみました。JRの東岸和田駅よりは歩いて行くと30分以上もかかってお城の近く迄来ました。そこには新しい長屋門のある立派なお宅の前を通り、岸和田高校に来たところで、石壁の立派な邸宅の前になりました。その壁の上に見える良く手入れされた大きな数本の真柏の木を立ち止まり眺めていると、その門が開いて中年の男の人が出てきました。
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                 新しい長屋門のある家
門には「城内寮」と記されています。あまり立派なお宅なのでその男の人に話掛けると、「中の庭園をお見せしましょう」と言ってくれました。お言葉に甘えて中を見せてもらうことにしました。その庭は1000坪超える広さであると言い、NHKの朝の連ドラの「カーネーション」でも撮影がなされたとの事でした。
庭に入ると樹木の大きさに驚かされました。2本の巨大なヤマモモの木を見ると200年は優に経っていると思えます。壁に沿って並ぶ真柏の木も今までも見たことも無い6-7mもの木が並んでいます。この真柏の木は普通は盆栽に使用される木なのです。その男の方が説明するには、ここは「別寅」というかまぼこやの社員寮として使用されているそうです。庭には2トンはありそうな石や、天然石を積み上げただけの高い灯篭も有り、「料亭のようですね」というと「元は萬翠苑という料亭だったのです」との返事でした。普段は一般の人には見せない庭園を見せて頂き、厚くお礼を言い門を出ました。
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                        元料亭の城内寮
お城が見えるところへ出てその堀に沿って正門の方へと行くと、今度は実際の広い料亭が目に入ってきました。門から前庭を覗くと広くて立派な回遊式の庭園が見えます。ここは五風荘という料亭で、お昼のメニューが黒塗りの看板に白字の筆で書かれています。牛肉のしゃぶしゃぶやマグロのおすしなどのメニューがありますが、お値段は夜のメニューのようでした。でも、今度行った折には是非ここで食事をしたいと思いました。
お城の正面入り口に来たのですが、月曜日で入場お休みの日でした。滞在時間が3時間の予定で、ゆっくりは出来ないのですが、この入り口の正面にはとても素敵なイタリアレストランがありましたので、客は誰も居らず開店しているかは分かりませんでしたが、コーヒーのみでも良いでしょうかとお願いして、値段は大変高かったのですが、美味しいコーヒーをゆっくりと飲んで楽しんできました。素敵なハプニングで旅の楽しさが倍増しました。
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by minoru_mogi | 2014-04-25 18:59 | 随想 | Trackback | Comments(0)
 大阪府の南の地区から和歌山市にかけて4月20日・21日と見て来ました。新大阪より尾鷲行きの特急「くろしお」で行くと、和歌山駅にはぴったりと1時間でした。先ずはお城を見てみたいと駅西口より歩きました。
駅前からの直線道路はゆとりのある片側2車線が、欅の並木で分かれており、歩道は8mもあるもので電柱は全くなく地下埋設されています。そこにはつつじが綺麗に咲いていました。歩道の敷石もしゃれたものでお城までは30分くらい歩きました。
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 このお城を見るのは初めてですが、堀の水も豊かにあり、石垣もかなり高く積まれています。入った直ぐにクスの大木があり、幹周り8mものもので樹齢400年を超えると記してありました。城の高台へは表坂を登りましたが、かなりきつい石畳の道です。往時は多分老中にとってはきつい登城ではなかったかと思いました。
天守閣は三層の立派なもので、いくつもの櫓(ろ)が付いています。天主に上がり市内を眺めましたが高層ビルが少ないので実に良く景色が見えます。この城は2度にわたって焼け落ちており、初代の城は1798年に造営され1846年に落雷で消失してしまい、1850年に再度元のままで再建んされましたが、今度は1945年(昭和20年7月)に和歌山大空襲で焼け落ちてしまったのでした。
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                    天守閣からの工場地帯
しかし、1958年(昭和33年)にコンクリートで復元されたものです。たった戦後13年で復元とは立派ですが、やはり徳川御三家の地として、市民がそれを望んだのでしょう。
天主から西方を見ると海岸線に沿って市の一大産業である新日本住友製鉄所の高い煙突が林立しており、工業都市としての発展を遂げると共に、この城のような遺産を立派に守っている美しい都市として、私が訪ねた都市の中でも一番素晴らしい街であると思えました。帰路にこの二の丸庭園では美しいボタンの花々が咲き誇っておりました。
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by minoru_mogi | 2014-04-22 17:12 | 随想 | Trackback | Comments(0)
 東京国立博物館の平成館における「埴輪と古墳祭祀」展を見てきました。嬉しいことには70歳以上は入場無料とのことで、年配者への配慮と思われますが、逆に考えればその年齢で自由に博物館巡りなどする人は少ないのかもしれません。
今回のお目当ては埴輪にありました。ここ数年各地の古墳を見る機会が多く、一昨年は行田の古墳群を、昨年は奈良で山之辺の道を歩いた折に、景行天皇陵や崇神天皇と共に、明日香では天武天皇陵も見て歩きました。そしてそれらから出土した埴輪にも興味が湧いてきます。
埴輪の展示は国宝や重要文化財のものが多く展示されており、教科書に写真の載っていた物もかなりの数で見ることができました。また、鏡も多数展示されており、三角神獣鏡が中国伝来品や日本で作られた文様のものも多くの古墳時代の出土品が見られました。
縄文時代の土器の中では煮炊きに使用された物もあり、その底が尖っており、全く安定性に欠けるギリシャ時代のアンフォラの様であり、その理由は未だもって判明していないと記されてありました。
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平成館を出ると、本館との間にこの期間だけ本館の裏の日本庭園が公開されており、ゆっくりと園内を回ってきました。飯田橋近くの後楽園庭園の半分ほどの広さですが、その大きな池周りは実に良く似た景色があり、池の傍には茶室が3棟もあって、原三渓や松永安衛門寄贈の瀟洒な茅葺きのものでした。園内の樹木は皆高い木が多く、桜も15mは有ろうかと思えるほどであり、丁度八重桜が満開でした。
帰りは広小路に出て落語の小屋に立ち寄り、「花見の仇討ち」の時節に合った話を聞いて帰りました。
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by minoru_mogi | 2014-04-13 15:47 | 随想 | Trackback | Comments(0)
 良く晴れた月曜日に上野の東京国立博物館に埴輪展を見ようと出掛けたところ、定休日とあり閉館中でがっかりです。でも、上野広小路から上野公園の中をゆっくりと歩いてゆくと、もう散ってしまったと思われた桜の花がかなり綺麗にまだ残っており、山吹の花やシャガの花が樹下に咲いており、散歩には快適な季節です。行きには東照宮の前を通り、博物館へと行きましたが、行き着いてやっとお休みに気づきました。
帰りは噴水の広場を来ましたが、沢山の人々がベンチや噴水の端の石に腰掛けてのんびりしています。
その傍らにはアンデス地方の民族衣装を着けた5人のグループが「コンドルは飛んでゆく」を音量豊かに演奏して、人々にアピールして自分たちの音楽CDを買って貰おうとしています。しかし、この目論見は外れてしまつたようでした。直ぐ近くでヨーヨーの3人のパフォーマンスが行われていて、プロ並みの演技に人々が集まっていました。
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公園中央の動物園入り口近くに来ると、桜の並木にはまだかなり花が咲いています。この木下にはブルーシートが拡げられており、そこには数名の場所取りの若者がたむろしており、夜桜見物に備えておます。まだ咲いている桜の下では沢山の人達がシートの上で花見を楽しんでいました。その光景を外国人の人が写真に撮っている光景にも出会いました。東照宮では早くもボタンの庭園の花が公開されており人々がそちらの方へと行きますが、私は博物館が閉まっていたガッカリ感が強く、足が向きませんでした。そのまま散りかけた桜見物をして広小路へ降りて行きました。
今年の桜見物は今回が初めてでしたが、休館日に出掛けたことが半年に2度ともあり、老化現象が進んでいるのではと少し落胆して家に帰りました。
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by minoru_mogi | 2014-04-08 15:07 | 随想 | Trackback | Comments(0)
 楽しみにしていた大学の新図書館の一般への公開お披露目が4月1日にあり、早速に見学に行きました。その日は丁度大学の入学式が挙行されており、100周年記念館では学生と父兄の参加のもとで式が進行中でした。
地下1階・地上4階の新図書館棟は、大学中心部の教室棟と本館・ゼミ棟の7号館に接して、その南側には研究室棟と旧図書館が棟があります。以前の図書館は南のクヌギ林に面した清閑な場所に独立して位置しておりました。
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今回の新設には図書館は学生の集まりやすい場所として、教室棟からは2階のデッキで繋がっています。
その館内に入ると各階に入り口の近くにラウンジがあり、そこでは軽い飲食が許可されるということでした。今までの図書館では全く考えられなかったことですが、そこまでして学生に対して図書館を身近なものにしたいという大学側の表れということでした。全学生6000名に対して図書館の席は800席設置されているのです。
1・2階にはオープン書架が広がり、今までの倍以上はあります。各階の閲覧席は皆一人用の席となっています。他にグループ研究室が各階に配されており、4階にはプレゼンテーションルームとなっていましたが、そこは公開されておりませんでした。
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 明日以降は一般対象にオープンしますが、今度からは駅の改札口のようなタッチカード式の入り口を通らなければなりません。立教大学などにはすでに導入されていました。
今までは自由に出入り出来ましたので、市民とみえる中高年の方が入館して読書している姿がかなり見かけられました。本学のOB/OGは昔の学籍番号の入場カードが発行されていますが、このような方たちには入館が出来なくなりそうです。今までのように市民の読書好きの方達が読書をしている姿は、学生にも好影響を与えていたのではないでしょうか。そのような訳で市民講座の受講者などにはその入館カードが発行されることを期待しています。
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by minoru_mogi | 2014-04-02 11:52 | 随想 | Trackback | Comments(0)