山歩きとそこで出会う花たちへの思い


by minoru_mogi
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<   2013年 03月 ( 4 )   > この月の画像一覧

 八王子の都営片倉城址公園には、広いクヌギの森の地域にカタクリの群落が有りますが、監視員が居ないために盗掘されているとみえ、大群落にはほど遠い現状です。
この花の生息地は関東地方ではクヌギ林等の落葉樹の北東面の丘陵の斜面に生えています。これに詳しい人によると東北地方では山の東斜面に、北海道では南斜面にあるといいます。また、それらの原生地では、その葉をおひたしにして食することがあるとも伝え聞いています。
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 先日この片倉公園から200mほど離れた川沿いの斜面にあまり広い場所ではないが、斜面にカタクリが群生しているのを見つけました。その咲き方は下の土が全く見えないほどに葉が茂り、やわらかな緑色とピンクの花の絨毯です。暫く見ているところに80歳くらいの老人が話しかけてきました。この地のものは素晴らしいというと、その土地は自分の土地であると言い、このカタクリは土地のものではなく山形から移植したものであると話してくれました。10年ほど前に植えたもので環境が合ってこのように広がったのだそうです。
そう言われればここのカタクリの花は葉にある暗緑色の部分が殆どなく、うす緑色一辺倒の葉が殆どです。密度が高い故にこのようになったとも思えません。
しかしこのように立派に咲いている姿は、盗掘が心配になってきます。何かで囲いでも作ったらどうですかと言うと、その気がない様子です。来年の春にこのような姿が残っているか心配になってきました。
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by minoru_mogi | 2013-03-27 22:22 | 山の花 | Trackback | Comments(0)
 東小金井駅より10分くらい農工大工学部の博物館を8人の仲間と共に訪ねて、学芸員から展示物の説明を受けました。先ず最初は江戸時代から使用された座繰りの紡糸機械(?)道具です。歯車は木製で、座って糸を紡ぐのですが「座繰り」の座は、座って作業をするからではなく、「座」とは歯車のことを言うのだそうです。
明治6年に日本人により発明された「ガラ紡」という機械は10数個の錘(すい)を一度に動かして、糸を引き撚り(より)を掛ける画期的な機械でした。その「ガラ」とは、機械が大きな音を立てる様子を「ガラガラ」の「ガラ」とは面白い名前がついたものです。学芸員はこの機械を動かしてその仕組みを説明してくれました。実に良く考えられた機械であると感銘しました。
次に、豊田佐吉が作った自動織機があり、細かい説明をしてくれました。この自動の意味は、途中で横糸が切れた時に、自動で他の杼(ひ)が替わりに入って行き、機械を止めないで織布が出来るので自動織機と言われる所以(ゆえん)です。この機械は昭和初期に発明されて、その技術のパテントを英国の織機会社にも売り、その資金がトヨタ自動車の設立の基になったという話ですが、真偽の程は明らかではない説となっているとのことでした。
最後に今現在使用されている織機でチェコからのパテントを使用して、日産自動車が開発した、エアージェットの織機と、ウォータージェットの織機を見ましたが、これは動態展示が日曜日だけとかで、動いている所が見られずに残念でした。
実は私はエアージェットの機械が日紡貝塚の和歌山の工場で稼動しているのを見たことがあります。その時は100番手の白の布を織っており、銀座和光のハンカチの特製の生地を作っていました。残念なことにウォータージェットの織機は動態で見たことがありません。この機械は水で濡れるために合成繊維の織物に特に使用されます。こちらは織物の重要な部品の杼(ひ)を使用しておらず、その布は両端の糸が切れており、ギザギザです。
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1時間にわたり若い女性の学芸員の説明でしたが、大変有意義で、また近いうちに出かけて見たいと思いました。その後は、学内の綺麗な学食で食事をして、暖かな日差しの中を野川公園の緑が萌え出した柳と、川の土手に咲いているクサボケを見ながら、国際基督教大学のキャンパスに向かいました。
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by minoru_mogi | 2013-03-22 20:24 | 随想 | Trackback | Comments(0)
 横浜の大桟橋には良く停泊中の豪華客船を見に行き、前々より氷川丸を見ていたのですが、どうした訳か一度も内部を見たことがありませんでした。たまたま横浜での音楽会に友人のご夫妻と私共で一緒に行くことになり、音楽会の前に公園の氷川丸の前で会いましょうという事になりました。そのご主人は船会社の役員を昨年リタイアした方で、船の専門家です。
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ここに係留されている日本郵船の氷川丸は昭和5年(1930)に進水し太平洋を238回横断した船だそうです。戦時中は病院船で有ったため生き残ったのですが、姉妹船の日枝丸と平安丸は沈められました。戦前から貨客船として日米航路で25000人を運び、その中にはチャップリンもいたそうです。
11,622トンのディゼルエンジン船で、往時は新鋭船で18ノットの速さを誇り、終戦後も昭和28年(1953)からシアトル航路に就き、昭和35年(1960)年まで現役でした。
船内は往時の内部が見られ、一等船客の部屋も展示されていますがあまり広いとは言えず、2等船客の部屋は2段ベッドでした。現在の10万トンクラスの客船とは雲泥の差でした。
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驚いたことには、船の心臓にあたるブリッジの中に、レーダーや各種計器の中の良い場所に大きな神棚が有ったのです。私はくすりと笑ってしまいました。しかし、その友人に聞いたところでは、日本の船にはみな神棚が有るのだそうです。
そして年に一度四国の金比羅さんにお参りに行くのが決まりだそうです。先進性のある船が、意外に古風な習慣が残っているのには全くの意外でした。面白いことが続いているものです。
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by minoru_mogi | 2013-03-08 21:48 | 随想 | Trackback | Comments(0)

雪割草の自然交配 No418

 雪割草の結実した種を5月に採り、直にそれを苗床へ播くと、翌年の春3月にやっと双葉の小さな芽が生じてくる。2年目になって初めて本来の三つ葉の形の葉が出て4葉となり、3年目にその葉がやや大きくなって花芽がつき、4年目になってやっと1~2個の最初の花が咲きます。5年目には花の着いた株が大きくなり、株が分かれて増えてきます。
その花は自家受粉で交配するものと、他花受粉のものがあり、その種から出た株ではどんな花色が出るのかは判断がつきません。紫色の深い色の株の種を播いたところ、10株の中で1株のブルーと濃い紅色の花が出たが、あとの花は薄い紫色と薄いベージュ色の花が出て驚いたものです。
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私に花を譲ってくれる方は、この交配によって新しい花色と花形の品種を作出することに、多大な努力を傾注しています。花色を固定するには、母株に同種の花粉を受粉させて、メンデルの法則で1/16で出てくる株を作らないと固定出来ないのだそうです。それには最低4年も掛かります。私に詳しくその受粉の方法を実際に教えてくれました。
しかし、私はそこまでやろうとは思ってはいません。そこで自然交配によりどの様な花が出るのかを見るのが楽しみです。でも4年後の花では今後何回見られるかは疑問です。
以前にも書いたことがありますが、この花は色に多くの変化があり、しかも花も形が二重、三重、八重と大変大きな変化に特徴があるのです。
花の盛りに近い3月の初め晴天で快晴の日に、近所の花好きの女性2人に声をかけて、その自慢の花を見てもらいました。2人は口々に素晴らしいと言ってくれます。この秋には皆さんにお分けしますと伝えました。
昨年播いた種からの芽がやっと出てきたので、この6月には鉢に取り上げようと思っていますが、庭の鉢は100鉢を超えることになりそうです。おき場所も考えねばならず今から心配しているところです。
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by minoru_mogi | 2013-03-03 19:47 | 栽培山野草 | Trackback | Comments(0)