山歩きとそこで出会う花たちへの思い


by minoru_mogi
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 今年最後の山歩きに12月27日に出掛けてきました。
上野原からバスで新井へ行き、そこから葉の落ちた雑木林を歩くと森の木の枯れ枝を通して冬の静かなただずまいの山々が見えます。能岳(545m)から八重山を経て一度山風呂へと下ります。
八重山山頂でおにぎりを食べましたが、無風に近い快晴の日でしたが、さすがに山頂は風があり、暖かなスープを飲み30分くらいで下ります。そこに2人の50歳代の女性登山者が来て、どこから来たかと聞いたところ、高崎から着たとの事で5時台の電車に乗ってきたと言います。よほどの山好きでないとこれ程早く出るのは大変であり、またこの低い山であまり知られていない山へ良くぞ来たなという感じです。
 途中で一度車道に出て、また山へと入り秋葉山の登りに入ります。すると大変広く明るい墓地があり、その外側を回る道が正しいのですが、墓地の中に入ってしまい少し時間を無駄にしました。山頂の直ぐ下に東家があり、小憩をした後に急なジグザク道を登ります。
その山頂に秋葉神社の祠がありました。ところがその祠の直ぐ傍に高いテレビ用の集合アンテナがあり、神聖な祠のイメージが台無しです。
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頂上からの視界は広く陣場山方面と西の扇山方面が良く見え、眼下には東と西に上野原工業団地が良く見えています。
コンクリートの大きな2基の水道タンクの脇を通り、次のコブの根本山へと向かいました。その頂上は広場のようになっており、直ぐ近くに人家もあり、山と言うよりは丘と言ったほうが良さそうです。道の下に見えている高校の生徒達が、大声を張り上げて野球の練習をしている姿が、すがすがしく感じました。
そこよりは上野原の市街地を俯瞰しながら国道へ出て、バス停の時間を見るとかなり待つことのなるので、そのまま駅へと向かいました。上野原の駅は市のある駅とは思えない駅前広場もない駅ですが、市街地は昔から宿場町のある高台の上にあり、上野原の歴史のなせる事情が良く判りました。
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by minoru_mogi | 2010-12-31 11:10 | 歩いた山 | Trackback | Comments(1)

給食当番  No316

 私は小学生1年生まで横浜で過ごした。昭和19年(1944年)のことである。その時の小学校はコンクリート3階建てであり、栗田谷小学校と言ったが、戦争後も焼け残り今では栗田谷中学校になっている。
その小学校で既に給食が有ったのである。毎日の給食ではなかったと思うが、空のお弁当箱を持ってゆくと、給食の日にはご飯とカボチャの入った混ぜご飯を、弁当箱の上側にしゃもじで塗りつけるように入れてくれるが、直ぐ下側が空間があるので落ち込んでしまい、半分くらいしかなかったのを覚えている。また、時にはパンの給食があり直径12センチくらいの半円形のパンが出され、只それだけであった。そして戦争が激しくなって縁故疎開で群馬の館林に夏休みの時に疎開した。
 この「給食当番」とは御徒町にある食堂の名称なのである。そこでは昔の学校給食を昔と同じく金属の容器で食べさせてくれる。その献立も昔のイメージを厳しく保っているのである。
近いうちにグループで昔の街中を歩く企画を立てているが、この店に立ち寄りたいと事前調査に出掛けてきた訳である。
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私はこの折は「カレーシチュウとシナモンぱん」のセットを注文して見た。これにはデザートとしてみかんも付いている。出てきた品のシチューはなま温かく、正に給食の時と同じようにさめており、量は割合と多く、カレーともシチューともつかないもので金属容器に入っており、砂糖をまぶしたシナモンパンとは良く合うものであった。付いているスプーンも小ぶりで往時のようであった。味はまあまあであり、ノスタルジーをスパイスに美味しく食べた。
パンは柔らかく砂糖の粉がまぶしてあつた。デザートのみかんを食するとこれは冷凍ものであり、冷えていると余計酸味が出て美味しく感じない。
実は、私の田舎での給食は脱脂ミルクと乾燥プラムが5・6個であり、時としてコンビーフの入ったほうれん草のスープが出て、これは濃厚な味でとても美味しかったのを覚えているが、脱脂粉乳は匂いも悪く全く美味しくなかった。
 献立表を見ると鯨の竜田揚げがある。しかし鯨は今日高価であり1200円とあった。
昔、昭和34年頃、大学生の折に食べた鯨は安く、鯨のカッレツは直径15センチ位もあり、定食で60円であり、時々気張って食べたものである。豚のカッレツの本物は定食でも100円であり、高くて学生時代に一度も食べたことは無かった。
一番安いのはトン汁定食であり40円で、なっとう定食は50円であった。その40円のトン汁定食を11枚の回数券で買って良く食べた。そして友人が家からの仕送りが遅れて、昼飯が食べられない時にその食券1枚を良く貸したものである。
その友人達とは大学卒業後も毎年1月3日に新橋で会い、今まで休まずに新年会を重ねている。その仲間5人は次々に海外勤務となり数十年間会えない時期も有ったが、今は皆仕事を離れ5人が全員揃うようになった。あの頃の鯨のカツが懐かしく思い出され、もう一度食べてみたいものである。
 
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by minoru_mogi | 2010-12-28 17:33 | 随想 | Trackback | Comments(0)

逓信総合博物館 No315

 日本橋に出かけた折に、今までに行ったことがなかつた大手町の逓信総合博物館を訪ねてみました。その建物はたまたま外壁の工事中全面に覆われており、その外観は全く分かりません。建物の横の小さな通路を入り、正面の入り口に回りそこから入りました。入場料はとても安く大人は110円です。
入ると直ぐに1階では年賀博覧会の特別展があり、江戸時代からの年始の習慣である年始回りの風習があり、明治6年に郵便の手紙が始まると、年賀状という形が出てきたことが分かり、その頃の手紙文の年賀状が展示されています。
 2階はラジオからテレビ、デジタルテレビのNHK放送館で、文字放送やONデマンドなどの資料が分かりやすく解説してあります。
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 3階はNTT東日本のテレコミュニケーションの世界です。幕末に來日したペリーが幕府に贈呈したモールス電信機の展示もあり、電信電話の歩みが見られ、私が会社で昭和45年頃に輸入実務を経験した時に、商社の人から示されたテレックスの機械があり、その時に英文で打たれた文章が「STOP」との言葉で段落を表していた事を昨日の様に思い出し、コミュニケーションの進歩の著しさに思いを馳せることになりました。
この階で特に目に付いたのは、前島密とその業績の郵政事業創設に多大な功績を残した詳細な説明がありました。
全般に言えることですが、この博物館の展示は平面的で演出が上手くなく、魅力に欠けることが残念です。もう少し工夫をすれば旭川動物園の様に魅力溢れるものになるだけの内容が有る様に思えてなりません。訪問したのは土曜日の昼近くでしたが、入場者はぱらぱらで少なく、大変残念に思えたものでした。
建物の改修と共に展示方法も改善されることを願わずにはいられません。
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by minoru_mogi | 2010-12-19 22:00 | 随想 | Trackback | Comments(1)
 私の居住する八王子駅の南口は、長い間首都整備公団の広大な空き地となっており、この度やっとJR八王子駅と共に立派に整備され、この11月末にオープンしました。
駅からのコンコースも天井の照明は間接照明の柔らかなものとなり、2階よりは直ぐにJR南口ビルとなり、そこにはビッグカメラが1Fより5Fまでを使用した店をオープンさせました。
また、このビルの1FにはJRの子会社が運営する児童保育施設も入っています。
この駅前には広い樹木の植えられた公園状の広場もあり、隣接した広いバスターミナルには布製のルーフが全面に張られており、雨の日でも濡れずに済みます。併せてタクシー広場も整然としたものになりました。
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 しかし、何と言っても注目すべきは駅前右手に聳えるサザンスカイタワーです。この建物は41階まであり、6階より上は分譲マンションであり、住友不動産が経営を担っています。
この中の1Fから5Fは八王子市の市民ホールがあり、オリンパスホールの名で2000名を超える座席を有する多目的ホールです。このホールは来年5月から利用が始まりますが、多分、音響設計にも優れ、これから色々な演劇や音楽会が楽しめそうで期待しています。
また、この建物の中にはスーパーのアルプスが2Fにあり、その他にドラッグストアや、1Fには多摩市信用金庫やカフェ、本屋、八百屋、医療施設等も用意され、3Fにはレストラン階として何軒ものお店が有り、美容室、歯科クリニックなどが入っています。
12月に入り全店が開店した後に見て回りましたが、駅のコンコースより多数の人の流れが南口に向かい、久々に活気溢れる街を体験してきました。
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by minoru_mogi | 2010-12-13 14:26 | 随想 | Trackback | Comments(0)
 かねてから行きたいと思っていた「はやぶさ」や「イカロス」の出品がある、科学博物館の特別展示会に平日に足を運んできました。日本人が代々木練兵場初めて空を飛んだ1910年12月19日より100年なので、この企画が催されたようです。
江戸時代からの日本人が飛ぶことを考えて失敗を重ねてきた歴史も、資料が揃って見られます。大正時代から英国・フランス・ドイツなどから技術が伝えられて、航空エンジンが輸入されて国産機が飛ぶ時代を経て、太平洋戦争では各種の戦闘機・偵察機・爆撃機が開発されました。
これらは基の設計図が展示されており、その模型が示されているものも多く有りました。
その中に、終戦の年の春に初飛行に成功した日本で最初のジエット機「橘花」の実物のジエットエンジンがあり、良くぞ米軍により処分されなかったものだと感心しました。
戦後の航空機では「YS11」を筆頭に、川崎重工の試験機「飛鳥」の模型やら、新明和工業の飛行艇「US-Ⅱ」の見事な模型がありました。しかし、模型の展示でだけでは所沢の航空博物館に較べて物足りなさを感じたことも事実です。
ロケットの部になると、各種の実物の一部の展示も多く、「はやぶさ」の機器や「イカロス」の太陽セールなどの実物が展示され、見応えのあるものでした。
2時間をかけて見て回りましたが、館の外に出ると丁度銀杏が明るく黄色に光っており、上野公園の大樹が美しく輝いています。
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時間が有ったので今迄行った事のない芸大の方に行き、そのキャンパスの中を歩いてみました。
そこは大樹が多く丁度真っ赤に色づいたはぜの大木があり、その先に学生のカフェテリアがあります。外に面してガラス屋根のあるオープン席もありますが、テーブルの間が狭く余裕があまりありません。国立大学なのでそのような施設は立派でないのかもしれませんが、私の出た大学の学生カフェテリアの方がはるかに立派で余裕があるのです。芸大の学生こそもっと広々とした余裕のある施設であっても良いのではないかと、同情をしたものです。
上野公園の各種施設は素晴らしく、65歳以上は無料で入館できるものが多く、近い内に国立博物館も訪ねたいと思いました。
                                     芸大のカフェテリア
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by minoru_mogi | 2010-12-05 11:18 | 随想 | Trackback | Comments(0)