山歩きとそこで出会う花たちへの思い


by minoru_mogi
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<   2009年 10月 ( 5 )   > この月の画像一覧

三頭山今年の紅葉 No259

 この数年、三頭山の秋の紅葉を見たいと数回出掛けてきたが、年により早過たり、台風の影響で葉が傷んでおり、満足な状態の紅葉にはめぐり合えなかった。
今年の出かけた10月28日は天候は無風快晴であり、数日前には1日中降った雨のお蔭で不要な枯れ葉は落ちて、山の中腹1200~1300m付近の紅葉は最高潮となっていた。出かけた日が平日とあって武蔵五日市駅から都民の森行きのバスに乗った乗客は40数人くらいであり、グループ登山者がほとんどで、ご夫婦の観光目的の方の姿も見受けられた。
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 三頭大滝への道は、撒かれた木のチップの上に落ち葉が散り敷き、登山靴の足に心地よい。滝は水量が多く、その滝音が大きく響いてくる。その滝の上の山腹が今丁度もみじの盛りであり、その景色を友人と共にデジカメに収めて、沢沿いにムシカリ峠への登山道を登る。
今回は三頭の森の大樹と楓の種類の多い景色を見て回ることが主目的である。途中で沢から離れて野鳥観察小屋へのコースへと入る。そこよりはゆっくりと山腹に沿って南面を歩くと、日当たりの良い楓の木は真っ赤に紅葉しており、その透明感が美しい。特に今年は傷んだ葉が全くと言って無く、珍しく台風の襲来がなかったことが幸いしている。

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 目的の大樹では、榧(カヤ)、欅(ケヤキ)、桂(カツラ)、朴(ホオ)、塩地(シオジ)、沢胡桃(サワグルミ)、樅(モミ)、栗(クリ)、楓(カエデ)の大木が天に伸びている。その姿と勢いには人を圧倒するものがある。
ただ残念なことはこの高度ではブナの大木には出会うことは出来なかった。
コースの途中のビューポイントでは風張峠よりの尾根が続き、まだ紅葉には少し早い山腹が美しい林相をみせていた。
 帰路は午後1時のバスに乗り遅れると大変なので、昼食の時間を後にして12:40にバス停に到着して、そこのベンチでゆったりとオニギリ3個を頬ばった。バスでは乗車した客は我々二人だけであり、朝一緒のグループの人たちは次の3時のバスの利用になると思えた。今回のようなゆったりした山歩きも年齢相応でこれからも度々計画したいものである。
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by minoru_mogi | 2009-10-29 22:11 | 歩いた山 | Trackback | Comments(0)

ドングリの実の驚き No258

 孫の3歳の女の子はドングリ拾いが大好きである。我家に来て泊まってゆく日には一緒に散歩に行きドングリ拾いに嬉々としている。自分のポケットがドングリで一杯になると、私のズボンのポケットにそれを詰め込んでくる。
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観察していると今年のドングリの類は豊作に見える。家の近くのマテバシイの実も充実して実が付いており、クヌギの実も枝に良く付き樹下にも沢山落ちている。先日、確かNHKのラジオで、夜12時前の「暮らしの便り」の中の話と思うのだが、ドングリの中には2年をかけて実が成熟するものが2種あるという話を聞いた。しかしその時刻は寝入る前で記憶があまり正確ではなく、樹の名を言ったが憶えていない。NHKのアーカイブで調べてみたが見つからない。もしかしてその一つはスダジイである。どなたか判り人がいたら教えて頂きたいものである。
 それを調べているうちにブナの実の素晴らしい論文に出合った。このブナの実は5~7年に一度大豊作の年があるというのである。そして実付きの悪い年は極度に不作になり、これを食べているクマなどの食べ物が不足して里に出てくるのであると書かれていた。これには大きな意味があるというのである。
大豊作の時は落下したドングリをネズミやリスやその他の小動物が沢山食べてそれらの動物が大繁殖するという。その結果その翌年から落下した実は殆ど食べつくされてしまい、発芽して若木になれる割合が大きく低下する。そこで、不作の年があることにより、それらの動物の生存率を妨げて食べられてしまう率を減らし、落ちた実の発芽と若木の発生と成長率を上げて種の保存を図るというのである。
 ブナの樹齢は約200年であり、その豊作の長い周期は種の保存には全く問題はないという。更に、このブナの樹下には笹が生い茂って密生し、日照が不足して発芽した若木が成長できないケースも多くあるが、笹は正確ではないが約60年に一度、笹の実が成ると翌年には全てその根で繋がっている付近のものは枯れてしまう。そしてこの笹の実が結実した年は野鼠が大繁殖し、狐も沢山その野ネズミを狩に寄ってくると言われている。
私はこの状況を奥多摩の川乗山の落葉松とクヌギの混生林で見たことがある。山頂から南面を降りだすところは、昭和40年台、50年台に3度歩いた時は笹が繁りそれが山道にかぶり大変歩きにくかった。しかし3年ほど前にこのルートを歩いた時には笹が全くない落葉松とクヌギの森となっており、一体何が起きたのかと思うくらい笹が全くない明るい林床になっていた。
その様な訳で200年以上生きるブナにとっては十分に種の保存の種を落として、若木を育てるには十分な時間があるという。
自然の持つ摂理の偉大さには驚きを感じ得ない。

この論文のウエッブサイトはこちらです。   http://kuromatsunai.sakura.ne.jp/fagus/
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by minoru_mogi | 2009-10-25 15:14 | 樹木とその花 | Trackback | Comments(0)
 今、日本の各地で外来種の動物や植物がその生存・生育地域を広げており、大きな問題となっている。小動物では沖縄のマングース、岡山のヌートリア、鎌倉の台湾リス、霞ヶ浦のカミツキガメ、房総半島の台湾サル、関東のアライグマ、北海道のミンクなどである。これらの事は時折テレビの話題として出てくるが、ほとんど他人事として受け止めてきた。
 ところが、先週の夕刻に犬の散歩で、愛犬のラブラドール・リトリバーを連れて南高尾の山の端に陽が沈みやや薄暮となった頃、いつもの雑木林の脇の歩道を歩いていた。
その土盛りの道の下に大きく広がった谷戸(谷筋が山腹に入ったところ)があり、元は田んぼと思える土地が耕作放棄されて一部には葦さえ生えている。
ふと見ると、その下へ続く斜面のススキの根方にタヌキのこちらを見ている顔が見える。夜行性のタヌキがまだ明るい内に出てくるのは珍しいなと思い、足を止めて4m先くらいのその動物をじつと見つめた。
以前、ここより100mくらいのところでハクビシンを日中に見たことがあったので、もしやそれではとも考えたが、鼻筋の白い線は無い。10数秒ほど見ていると、やっとくるりと回りススキの中に入っていった。その時、尻尾が良く見えた。そこには縦縞のまだらの紋がある。
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確かタヌキの尾には縞など無い。するとアライグマと思えるが、まさかとも思い家に帰り直ぐにインターネットでアライグマの画像を探した。すると、この尻尾の持ち主はアライグマである。
この動物が住んでいると考えられる谷戸には湧水もあり、一部にはまだ野菜を作って畑もある。考えてみると、アライグマの生息には最適地と思えた。
さらにこのインターネットで調べてみると、一昨年のクリスマスの頃、新宿3丁目の繁華街でゴミ袋をあさるアライグマの姿が画像に出てきた。
今回見たアライグマはペットで飼われていたものが放たれたのか、それともそれらの子孫が増えて住み着いたものかは判然とはしないが、考えている以上に外来動物が定着しているのではないかと思えてならない。深刻な事態が進行している様子である。
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by minoru_mogi | 2009-10-16 22:10 | 動物・昆虫・その他 | Trackback | Comments(0)

夜学の授業 No256

 大学の同窓会誌に昭和23年頃私が卒業した大学で、一時夜学の教師をしていた三浦朱門氏の小文が掲載されていました。その時の面白い話が記されており、次の文となります。
「その夜学の中には三種類の制服組の学生たちがいた。その一部は今の自衛隊の前身の制服組でした。(註:警察予備隊)制服は他にもいて、その一つは府中の刑務所の看守でした。そして一つのグループは三鷹電車区の国鉄職員でした。
左翼的な傾向の強い国鉄職員と、右翼的というより仕方ない自衛隊員、そして中を取り持つような形の刑務所の看守です。しかし、教室では、三種類の制服は対立することなく、熱心に講義を聞いていました。」の記述です。
 昼の学生であった私は週に2回のアルバイトを機に、欠席した授業を夜学で同じ講義があったので、それに出席しました。仕事の日は朝7時から働き、夕方5時過ぎに大学の校門に近い下宿にもどり、着替えをして直ぐに教室に向かいます。暑い季節でもあり授業中に眠気を催さないために、教壇から2列目の前の席に座ります。ところが、疲れが出て居眠りをすることがあり、一度は民法の授業の時に開いた教科書の中に顔を埋めて寝入ってしまいました。授業が終わり気付いた時には本のページに直径10センチ近いよだれの染みができていました。
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 アルバイトを辞めた後も、昼の英語とドイツ語のほかに、フランス語の授業を夜学で受講しました。しかし、この時の教授は70歳近い方で、この時習ったフランス語は、パリで発音が悪く全くと言ってよいほど通じず、ドイツ語では若い講師に習った発音がよく、ドイツではこんなに良く通じるかと思ったものです。
この悔しかったフランス語の発音は、後日会社で夜間にフランス人によるフランス語会話のクラスがあり、1年間受講しましたが、その後パリに行く機会には恵まれませんでした。
 この夜学の授業を受けたことで、夜学の学生達は如何に熱心に学問に燃えており、眠ることなく集中している姿に敬意を感じました。
たまたま、知り合いの方のブログの中に夜間工業高校の話題があり、その学校が統合で閉校となる話を読み、この文を書くことにしました。
その時の民法の教科書も捨て難く、本棚の奥にずっとありましたが、この夏にやっと処分しました。
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by minoru_mogi | 2009-10-07 22:32 | 随想 | Trackback | Comments(0)
以前テレビの映画番組で「フラガール」を見たことがありますが、たまたまその話の福島県いわき市の旧名「常磐ハワイアンセンター」現在の「スパリゾートハワイアンズ」に友人達と1泊で出掛ける機会がありました。
終戦後より昭和30年台くらいまでは、日本のエネルギーの中心であつた石炭を産出した常磐炭鉱で支えられたこの地は大いに栄えた地であつたことは明白です。しかし、エネルギーの中心が石油に移り、産業変化の波で次第に人員整理が進み、閉山へと追い込まれてしまつた訳です。
そこで、この地の雇用を創出しようと考えられたのがこのハワイアンセンターであり、映画にその経緯が詳しく出てきます。
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 この映画を見て感ずることは、現在のわが国の置かれている社会構造が、中進国から変化を問われている状況に重なってみえます。その変化を期待する国民の気持ちが今回の民主党の政権に変わる遠因であるようにも考えられます。
新宿のターミナルより無料バスで高速道路を3時間で着いたその地は、なだらかな山々に囲まれたところで、田んぼや畑は少なく、周りは山林と言ってよいでしょう。そこには大きなドームと8・9階建てのホテルが5棟周りを囲むように配置されてありました。広い駐車場が幾つもあり、平日にもかかわらず多くの車とバスが次々に入ってきます。昨年の入場者は140万人とハウステンボスを超えており、志摩スペイン村に少し及ばないまでの成功施設です。東京からは200キロの遠隔地でよくぞこれだけの集客力です。
 この施設が成功を収めるには様々なチャレンジと改善努力の積み重ねがあったことは言うまでもありません。その一つを実感したのが宿よりのオプションツアーでした。それには何種類ものものがあり、私達はゴルフツアーとぶどう狩りのツアーに分れて参加しました。このぶどう狩りはバスを高速で2時間乗り、福島市の郊外の果樹園へと行きました。そこに果物産地でありサクランボ・モモ・ナシ・ブドウ・リンゴの畑があり、色々なシーズンを楽しめます。訪れた折もナシ・ブドウ・リンゴが木に成っておりフルーツ大国の感じです。その他のものも季節に合せて多種類用意されていました。
実は私が見たかったのは昔の常磐炭鉱の旧蹟(炭鉱住宅など)でしたが、たまたま今回はその企画が無い時であり、以前来た友人はそれを見てきたとの話しでした。
この地の知恵を絞った改革のエネルギーこそ、これからの時代を変えてゆく一つの指針を示しているように思いました。
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by minoru_mogi | 2009-10-03 00:02 | 随想 | Trackback | Comments(0)