山歩きとそこで出会う花たちへの思い


by minoru_mogi
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<   2007年 04月 ( 5 )   > この月の画像一覧

判らない花の名前 No134

 犬の散歩で家の近くの山林のへりを歩いていると、一度みたことのある野草を沢山見つけた。高さ20センチくらいの草であるが花の形と色が良いので、摘み取って家に帰りコップに挿してテーブルの上に置いてみた。
 
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確か一度この花は青梅の塩船観音の近くの道端に沢山咲いていたの見たことがあったのを思い出した。この名前が判らないので原色の野草図鑑を何冊も調べてみたが、しかし何処にもでてこない。また、帰化植物とはとても考えられない。カラーではない牧野植物図鑑も丹念に調べたがまだ判然としない。
花と葉の形状からしてゴマノハグサ科かケシ科、またはキンポウゲ科、シソ科を丹念に見てみたが、これと思えるものが出てこないのである。
さて、どなたかこの花の名を知っている方はいませんか。何んとも気に懸かっているので、
判る方はコメントに書き込んでもらえると有難いのですが。

花の名前が判明しました。「セリバヒエンソウ 芹葉飛燕草」でした。知人の山口さんが山仲間に尋ねて判りました。やはり中国からの帰化植物でキンポウゲ科です。帰化植物ではないと断定してしまった事がいけなかったようです。
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by minoru_mogi | 2007-04-27 21:04 | 山の花 | Trackback | Comments(0)

紙布(しふ)の話 No133

  先日、NHKの第一テレビを夕方6時半頃見ていると、水戸在住の桜井貞子さんという方の紙布を織っている話が放映されていた。白石の遠藤さんの作品をみて魅されて始めて、今では第一人者となられた人であった。この放映は場合によると関東地区だけのものであったかもしれない。
 私は就職してより定年までずっと36年間に亘り衣服の繊維に係わる仕事に就いてきた。そんな或る時、日本人が有史以来着用してきた物の衣装史について他の人に説明出来るか自問してみた。しかし、私の知識は単に明治以降のでしかない事に気付き、その事を遡って知りたいという好奇心が湧いてきた。
そこで色々と資料を読んでみたが実物を見てみないと実感がない。この実物を見るには毎年秋に奈良の国立博物館で行われる正倉院(756年設立)展に出品された聖武天皇の遺品の中に、幡(ばん)や敷物、等と共に、幾つかのその時代の衣料品が展示されるからである。それを見るために数年に亘り日帰りも含めて見学に出掛けた。正倉院御物は2万点にも及び、毎年その出品物は変わるのが常である。そこでは大仏開眼の折の雅楽の楽師の衣装や、造営に当たった工人の貸与衣装などが出品されていた。
 それと同時に日本の衣装の中には紙を使用したことも知り、その歴史についても調べてみた。そこで紙衣(かみこ、時として紙子とも書かれる)について調べてゆくと奈良の東大寺のお水取りの行で、11人の修行の僧たちが今も着用しているのである。この行は連綿と1256回にわたり途切れる事も無く続いているものであつた。
この紙衣の原料を作っているのが宮城県白石の遠藤紙布製作工房であり、その遠藤忠雄氏を訪ねた。そこで見たものは東大寺に納める紙衣の原料と共に、遠藤夫人が作っていた紙布の素晴らしさであった。
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紙布は江戸時代には伊達藩で広く作られており、伊達の殿様も夏の衣服として着用していた。それは和紙を細く裁断して績(う)んで糸として、染色し、経糸(たていと)には絹か綿糸を使用し緯糸(よこいと)には紙の糸を使用する。この遠藤婦人が織る布を見せてもらいそれを写真に撮らせてもらったものがこれである。
 遠藤氏の工房には3度訪ねて判らないことを色々と教えて頂いた。いつもそれは2時間に及ぶものであつた。最後に尋ねた時は、丁度台風が東北地方を襲った日であり、猛烈な風雨の中をやっとお宅へと伺った。すると、「今日は忙しいので時間がない」と言いながら1時間近く話しをしてくれた。そして私がその3月に東大寺二月堂のお水取りに、東大寺の講中の一人として、宿坊に泊まり総ての行を夜明け近い4時まで見てきたと話すと大変喜んでくれて、帰る折に東大寺に納める紙衣の紙(96×62センチ)一枚を「これを君にあげる」と言って手渡してくれた。
写真を見ると23年前のことであるが、この紙は私にとって宝物なのである。
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by minoru_mogi | 2007-04-19 21:54 | 随想 | Trackback | Comments(0)

花が植えられた壁 No132

横浜市の都筑区に「ららぽーと横浜」という大きなショッピングモールが3月15日にオープンした。最寄り駅は横浜線の鴨居駅より10分以内であり、駐車場は4千台の容量を擁し広大な施設である。これを見学する目的で4月初旬の日曜日に訪ねてみた。
 その駅からの道で大変珍しい光景に出合た。それは道の脇に沿って高さ4メートルくらいの垂直な壁に花が植えられており、30mくらいも続いている。
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よく観察してみると、この壁はプラスチックの4cmくらいの網状の中に水苔が高密度に詰まっており、その厚みは20センチくらいありそうで土は全く入っていない。
そこに色々な花が植えられているのである。それらはヒマラヤユキノシタ・シバザクラ・ハナニラ・トコナツ・シャガ・キク・シダ・等、背の低い花の類である。
昨今、屋上緑化の試験的庭園(鹿島建設)を見せてもらった事もあるが、この様な垂直の緑化壁は見るのは初めてであった。多分この水遣りはパイプによる自動給水施設が設けられているのであろう。この壁は南向きでありよく日の当たる場所である。この植物による太陽熱の吸収と蒸散作用により空気熱の低下に大きな効果が推測出来そうである。この植物壁が試験的なものかどうかは近くに何の掲示板や説明が無く、少し残念であった。
都市のヒートアイランド現象の温度調整において効果が期待出来そうな技術とも考えられる。花による視覚的な楽しさと、都市の美的環境を考えた上でも大変優れていると感心しながら足を止めて観察したものである。
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by minoru_mogi | 2007-04-13 21:29 | 随想 | Trackback | Comments(0)

鐘撞堂山(330m) No131

 3月末の暖かな日に、八王子より単線の八高線で寄居まで2時間の乗車で10時に着いた。整つた駅の北口よりのんびりと歩いて山村風景の中を大正池へと向い、池を過ぎると間もなく山道となり、歩きやすい道を進むと竹林が続く。竹林が終ると山頂の周りを巡るように山頂へと登って行つた。
 この山は登るにはやや低すぎて魅力に欠ける山かと思いきや、山頂に出るとその景色は実に素晴らしい。その理由は奥武蔵の山々の東端に位置しており、山頂からは南と東には関東平野を見渡せ、北には日光連山・赤城・谷川・榛名・浅間・両神山と西に連なって見え、山頂には大きな東屋があり見晴台まで備えられている。
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 ここで見付けたこれらの山を見る方位特定方法は実にユニークであり、このアイディアには脱帽した。それは太い竹の節をくり貫いた80センチほどの筒が丸太に括り付けられており、この空洞を覗き込むとそれぞれの山が真正面にあるという具合である。実は、私はそれが何であるか最初は気付かず、他の登山者が覗いているのを見て初めて分かった。
昼食を食べるのに座った直ぐ近くには濃い紫色のカタクリがロープも張られないで道の脇に咲き誇っていた。
帰路は羅漢山を経由して下ったが、その山道には石仏やお地蔵さまが2メートルおきくらいにあり、説明板を見ると950体くらいもあると書かれていた。中にはこれから旅に出るという姿勢の菅笠を被り、下を向いて草鞋の紐を結んでいるところのユニークな姿の物もあり変化に富んでいた。
d0059661_2224132.jpgこれ程の石仏をみるのは初めてのことであった。春の午後、レンンギョウの花の中を波久礼の駅へ出て、寄居より各駅停車で八王子へと戻った。
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by minoru_mogi | 2007-04-08 22:27 | 歩いた山 | Trackback | Comments(0)

スミレ No130

d0059661_949992.jpg この花は誰でも知っており、その園芸種がパンジーやビオラであり、最近のガーデニングブームで何処にでも植えられている。しかし、松尾芭蕉の句にあるごとく「山路来て何やらゆかし菫草」として、野や山にひそやかに咲く風情こそ愛すべきものである。
エイザンスミレ
植物学的には北方系植物であり、氷河期が終った事でだんだん北へと追いやられ、それを避けるために山に登っていつた種も多い。日本では沖縄から北海道まで分布しており、高山(3000m)では黄色の花が多く、ヨーロッパアルプス(スイス)では、やはり3000m付近の残雪の近くにパンジーの原種のビオラが咲いていた。
 この3・4月が野や山でスミレを見る好機である。全国的にはタチツボスミレが一番多い。
花の名前は、キク・ラン・ナデシコなど、1つの種または属を表す言葉と、1つの花を○○○キク、○○○ランなどと名づけて呼ぶのが常である。しかし、このスミレについては、幾つもの名に中に「スミレ」というだけの名のものがある。このスミレは畑の端や道端によく咲いており、時には道路のコンクリートの割れ目に咲いている。     (↓スミレ写真のもの)d0059661_2091089.jpg



 山歩きをしていて良く見掛ける美しいスミレの仲間の代表はエイザンスミレであると私は考えている。この名前は比叡山で発見されたことに因んだ名である。この花は普通ピンク色で花も大きく、その葉っぱはニンジンの葉に似ている。
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この花より大きい花のアケボノスミレは1000mを超える山にあり、その花色は実にあでやかなピンクで葉より花が先に出てくる。スミレの花色はピンク系、紫系、白、黄色とある。紫色のものはスミレやスミレサイシンであり、ヒゴスミレ(肥後)やフモトスミレが白である。このブログの中にもNo 67にスミレの話しが有る。是非読んで頂きたいものだ。
       ↑スミレサイシン


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←ヒゴスミレ
春の山歩きはこれらのスミレに会える機会が多く、歩く足を軽くさせてくれる季節である。
↓フモトスミレ
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by minoru_mogi | 2007-04-02 20:31 | 山の花 | Trackback | Comments(0)