山歩きとそこで出会う花たちへの思い


by minoru_mogi
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 その年の11月中旬は23度くらいの暖かな晴天が続き、また丁度休みが取れたその2日間を利用して南アルプスの雪が来た山姿を見に出掛けた。
登山シーズンではないので、路線バスは甲府駅から芦安までは行くが、駅から乗ったのは6・7人で、途中は各停で地元の人たちが乗り降りするだけであった。芦安で降り立った人たちも温泉が目的と見えて、登山靴姿は私だけである。夜叉神峠隧道入り口まで登山道の標識が見つからずにアスファルトの道を2時間半もかけて行く羽目になってしまつたが、車も工事トラックが少し来るだけである。
桃の木温泉を過ぎる辺りから、周りの紅葉は赤と黄色が見事に織り成して、谷側を覗き込むと格別に素晴らしい景色である。まだ2時頃であったが峠の隧道の手前にある売店兼山小屋に宿泊を申し込んだ。私以外の客はいなかった。
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               右から北岳・間ノ岳・農鳥岳 
翌朝は快晴で少し風があるが絶好の登山日和である。明るいから松林の中を約1時間で峠に到達した。稜線に出た途端に冷たい烈風が吹き付けてきた。もちろん、夜叉神峠の小屋は閉まっている。しかし、その景色は実に素晴らしい。北岳・間ノ岳・農鳥岳が白く輝いている。北岳の方からの風がビュービュー唸り、体が急に冷え切ってきて、ものの10分も稜線には居られず、残念ではあったが早々に下りにかかった。
ミズナラやクヌギノ大木の葉も茶色になり、半分くらいの葉が落ちて地面を覆い、足元の道も判りにくい。幸いに宿の直ぐ近くに登山道の標識を見つけて急な勾配を半ば走り降りる様に下る。暫く行ったところで落ち葉の中を何かが動いており「ガサガサ」と音が聞こえた。急いで立ち止まり弾んだ息を殺してじっと体を小さくして様子をみた。「熊か?」と今までも何度か出くわした事を思い起こしながらじっと笹の葉の間を注視した。「ガサガサ」の音は続いている。すると、年寄りの地元の人が立ち上がった姿が見えた。「なーんだ、キノコ取りか」とホッと安心した。そこからは熊に聞こえるように鼻歌を歌いながら降り続けた。
 芦安のバス停では長い時間を待つので、地元に1軒しかない食品と土産の店でアンパンを買い河原で食べた。山あいの日暮れは早く、4時近くには暗くなりだして、気温が一気に冷えてきた。甲府に戻り乗った電車の暖房の暖かさに小さな満足感を覚えながら家路へと就いた。
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by minoru_mogi | 2006-10-28 11:13 | 歩いた山 | Trackback | Comments(0)
  私は今迄、3台の車に乗ったが新車を購入したのは只の一度だけである。その時は普通車であったが、デラックス仕様のものであった。その車の初めての遠出は、家内と一緒に10月中旬にビーナスラインを茅野から白駒池・白樺湖・霧が峰・和田峠・美ヶ原を廻り、諏訪へ降りるコースにした。
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初日は麦草峠から白駒池の紅葉を見に車を走らせた。平野部では明るい空であったが、峠にかかるとガスがかかってきた。白駒池の紅葉は少し早いがまずまずの色付きである。
歩いて白駒池入り口の駐車場に戻る頃から、霧は更に濃くなり、雨も降りだしてきた。麦草峠にかかる頃にはフォグランプを点灯しても、白いミルクの中で前方の視界は極めて悪く、中央車線を目印にゆっくりと走る。
 峠を少し下ったところで、二人の登山者が大きなザックを背負って車道の脇を歩いて下ってゆくのを、薄ぼんやりと確認して通りすぎた。あのザックだとテントで八ケ岳を縦走してきたと考えられる。50mほど行過ぎてから、道の脇に車を止めた。
車はまだ納車されて2週間も経ってなく、まだ誰も他の人は乗せていない。しかし、今までに私は何度も山で知らない人の車に乗せて頂いた経験がある。雨の山中を歩いてきた登山靴はかなり泥で汚れていると考えられる。しかし、この二人はバスの有る所までは、まだ1時間半くらいはアスファルトの道を雨の中歩かなければならない。
登山者が横に来た時を見計らって、窓をあけて「バス停まで送りましょう」と声を掛けた。20代の二人の登山者は「すみません」と申し訳なさそうに乗ってきた。「プール平のバス停まで行きましょう」と言い、「そこでは温泉に350円で入れますから」と話し、少し遠回りして15分くらいの良く知っている近道を走った。二人はただ黙っていたが、バス停で温泉のある建物を示して別れた。
そして、そっと後部座席の床のカーペットを見たが、大きな汚れはなくホッとした。本心では、乗せることを少し躊躇しかけた事を恥ずかしく感じた。
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by minoru_mogi | 2006-10-21 10:31 | 随想 | Trackback | Comments(0)
 10月の紅葉の頃の山には、見るべき花はほとんどない。11月になると花ではないがヤナギランの実が熟して白い綿毛が純白に輝き、シルク糸が3センチくらいに長さで吹き出している面白い姿に出会える。
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枯れかけた草原の中に、少し咲き遅れたヤマラッキョウの花が紫の花頭を出していた。そこにはハナアブが来て蜜を求めていた。
 この、ヤマラッキョウの花には懐かしい思い出がある。このブログの06年6月の随想の中に「ヒュッテ ジャヴェル」No6話の中で、この山小屋で見たハガキ1枚くらいの大きさに描かれていたのがこのヤマラッキョウの花である。
20数枚の大きな絵の中で、最小の「この絵が一番素晴らしいと」私が言うと、絵描きになりたかったというその宿の主人が「私もそう思っている」と答えたものだ。
山小屋のストーブの前で、ウイスキー紅茶を淹れてくれて、話し相手のいない独りの客に対して話しかけてくれた、山小屋の主人の人柄が偲ばれた。
この花にはその思いが付いているのである。
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by minoru_mogi | 2006-10-18 22:07 | 山の花 | Trackback | Comments(0)
今年の黄葉を見ようと、10月11・12日にかけて北八ケ岳へと出掛けた。例年この頃は1800m位では落葉松が黄ばみ、白樺の葉も透き通った黄色に変色して、明るい山の姿となる。
昨年はこの頃白馬の栂池高原で楓やぬるでの紅く映えた素晴らしい景色を見る機会を得た。しかし、今年の北八ツは、未だ黄葉には少し早いのと、白樺が風で葉が傷み、みじめな姿である。
 天気予報が明日は小雨の予報に急に変わった事を考えて、急遽ピラタスロープウエイで2200メートル地点まで上がり、少し歩いて青い屋根が目立つ縞枯山荘の近くまで行き、スケッチをする事にした。
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この小屋は以前泊まったこともあり、その外観の風情が気に入り、いつか描きたいと考えていたものである。黄色に枯れた草むらの中で独りスケッチ帳を広げる。風は気温11度であるが心地良い。
 大方の色付けも終わり、仕上げは宿に着いてからのことにした。下りはロープウエイを使用せずに1時間20分かけて南アルプスの遠景を見ながら下る。途中のススキの原が夕日に白く波立って見えた。
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 宿のペンションには着いたのはまだ陽のある4時台であった。以前は山から下りてきた折に、この宿の立派な内湯に入浴のみさせてもらったことがある。そして今は4年前に露天風呂が作られており、そのゆったりとした湯船に独りつかり、白樺の木々を通して見る蓼科山を眺めた。 夕食は凝ったフランス料理のコースであり、山小屋の夕食とは格段の差である。
 翌朝、起きてみると残念ながらもう雨が降り出していた。仕方なく山登りは諦めて歩いて林の中を下りだした。すると道の端に山栗の実が沢山落ちている。小さな栗ではあるが1升くらい(500個)拾ったが、あまりに重くなってきたので止めて、丁度来たバスに乗り茅野駅へ出てのんびりと普通列車で帰路に就いた。
車中には同じような年恰好の3人連れの登山者がおり、車窓の黄金色に明るい田んぼを眺め、昔の子供の頃のいなご取りの思い出話をしていた。
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by minoru_mogi | 2006-10-13 10:09 | 歩いた山 | Trackback | Comments(4)
 だいぶ以前の10月中旬に北八ケ岳の秋の森を歩いた時の事である。
蓼科ピラタスロープウエイの山上駅より、縞枯山の見晴台へ登り、黄色に拡がる落葉松の森を俯瞰してから五辻を経て麦草峠へと向かった。狭霧苑地を抜けて麦草峠へのバス道を横切り、渋の湯への山道へ行く筈である。
私は10数年前より6・7度歩いており、その入り口の古くて小さな、しかも低い位置にある目立たない入り口の標識を良く知っていた。
その入り口付近にあまり山歩きに慣れていなさそうな50歳代の男の人が周りを見回しながら歩き回っている。多分、その人は草花や昆虫でも見ているのであろうと推測した。 私は直ぐに熊笹が茂り、登山道のあまり判然としない踏み跡を見つけながら進んだ。そういえば、その頃の新しい登山地図にはこの道は破線で記入されていた(あまり明確でない山道の表示)。 
 暫く歩いていると、後ろから人が来ていることに気付いた。途中のイワウチワの群落を眺めていると、先程の人が追いついてきた。一言二言挨拶を交わして、少し離れてはいるが一緒に歩き出した。白樺の葉が黄色に輝き、その枝先の空色の中に天狗岳の岩場が見える。写真のアングルには最適であつたが、その日はスケッチブックしか持参していなかった。
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その人は私より10数メートル後を同じ間隔を保ってついてくる。
もう少しで渋の湯に着く前に、沢の透明な水が砂防堰堤で堰き止められて60センチくらいの淵となり、草が胸まで茂っている。、水際から50センチほどのところにある道の足跡を推測しながら慎重に進んだ。
「ドブン」という音で後ろを振り返ると、後からついてきた人が水に落ちて姿が見えない。が、幸いなことに横転することも無く、下半身ずぶ濡れで上がってきた。10月初旬といつても夕刻の気温は低くなってきている。温泉には数分で着いた。
「直ぐ温泉に入り着替えましょう」と、私は二軒ある宿の手前の温泉に一緒に上がり、入浴した。しかし、この湯はせいぜい沸かしても39度くらいであまり温かいものではない鉱泉であった。
それでも、やっとホッとした風呂の中で話すと、「私は今日この温泉に泊まる予約をしてあります」という。その宿は、実はこの隣の温泉宿であった。ともあれ、私は着替えもして気分良く、間もなく来たバスに乗り込んだ。
それにしても、この人は何と慎み深いというか、自己主張の少ない人に出会ったものであった。
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by minoru_mogi | 2006-10-08 22:15 | 随想 | Trackback | Comments(0)
 このブログも05年5月より、今回で丁度100話となる。今朝、ふとTVを見ていると、中高年の山歩きの話しを岩崎元郎氏が講師となり説明していた。
 私にとっての登山は、中学時代から高校時代にかけて群馬三山(赤城・榛名・妙義)と尾瀬の燧岳・至仏山からである。大学時代は東京近郊の奥多摩・奥秩父・日光・那須の山々に主にテントで友人と出掛けた。就職後は北アルプス・白馬・八ケ岳などを主にしていた。50代になってから、今度はアプローチの長い南アルプスに入るようになった。
 これらの山での色々な体験から、中年以降の私の人生と仕事に対する考え方(大げさに言えば哲学)が出来上がってきた。
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 第一は、人生には目的に向かって幾つもの道があるということである。多少の失敗による寄り道をしても、着実に歩いてゆくと目標に到達できるのである。これは、私が若い時に病気で仕事を2ヶ月離れて入院していたこととの関わりが大きい。
 第二は、頑張りすぎてはいけないということである。マイペースを常に保ち、ゆっくりと休みながら行くことである。ゆっくりと歩くと周りがよく見えてくるからである。
 第三は、必ず余裕をもって行うことである。
私の持論は仕事においても、常に考えられる体力・能力の80%位でこなしてきた。しかし、時として100%を出して体力・能力ギリギリで対応しなければならぬ時にも遭遇したのも事実である。
 これらは私が山に対峙する時に、登りに体力の50%、下りに30%を配分して、残りの20%は常に何か想定外のことが起きた時のために残しておく考えと軌を一にしている。
仕事の中で管理職として孤独の折も、そのストレスの解消には、山歩きほど効果的な事はなかった。山の壮大な気と、繊細な高山植物が心を癒してくれたものだ。
山は、私にとっての人生の指針を示してくれた大切な友人というところである。
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by minoru_mogi | 2006-10-02 20:46 | 随想 | Trackback | Comments(1)