山歩きとそこで出会う花たちへの思い


by minoru_mogi
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<   2005年 08月 ( 5 )   > この月の画像一覧

或る年、松原湖より稲子温泉を経て、白駒池で最初の幕営をして北八ヶ岳に向かった。
この時は最初からハプニングが起きた。
駅よりバスに乗る予定であったが、トイレに寄り、駅より少し上に歩いて国道のバス停に出ると、乗るはずのバスが出てしまい、走り去るバスの後ろ姿が目に入った。1時間に1本もないバスである。丁度その時、自衛隊のジープが1台走ってきて、手を上げると止まってくれた。
2人の自衛官が乗っている。「今、目の前でバスに乗り遅れたので車に乗せてもらい、そのバスに追いついてくれませんか」と頼んだ。幸いにも「いいですよ」と言い乗せてくれた。
ジープは直ぐバスに追いついた。「何処まで行くのですか」と聞いてきた。「稲子温泉です」と言うと「じゃあ、そこまで行きましょう」と我々5人を乗せて山道の終点の温泉まで運んでくれた。お蔭でバスよりもずっと早く着いてしまった。
 白樺尾根を登り白駒池の傍にテントを張り涼しい一夜を過ごした。(往時の山小屋は青苔荘の他1軒しかなかった) 翌日は高見石に登り麦草峠へと歩く。 麦草小屋はまだ道路も無く、静かな草原の中に有った。その日のテント泊地は雨池の近くを予定していたが、山道の分岐を見逃して大石峠に出てしまった。
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近くの草原の中に幕営に最適な場所がある。しかし、肝心の水場が無い。良く見ると草原の中に水が流れた跡の溝がある。そこで、これを掘れば水は直ぐに出るであろうと考えた。
しかし、これは大仕事であった。直径60センチ、深さ80センチくらい掘るとやっと水が滲み出してきた。やっと一安心である。
 夕食後、焚き火を囲んでいると霧が広がってきた。人の姿が霧に投影されて大入道がうごめいている。テントでシュラフに入ったが、私はなかなか寝付けなかった。
夜もかなり更けた頃、草原の遠方から「タッ・タッ・タッ・タッ・・・」と整然とした音が聞こえて、
だんだんと大きくなり近づいて来る。動物の足音である事は直ぐ判ったが、1頭の足音ではなく多くの音である。私はシュラフの中で身を縮めた。その音は乱れることなくテントの脇を通り消えていった。
かなりの時間がしてから、私は小さな声で言った。「聞いたか?」と。他の一人が同じような小声で「聞いた」と答えた。他の人達は眠っていたようである。2人だけが怖い思いを共有した。
後で推測するに、鹿の群れが獣道を駆け抜けていったのであろう。

d0059661_16423111.jpgこの山行きでの2人だけの思い出であった。(テントと水を取る写真はその時のものである
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by minoru_mogi | 2005-08-25 16:44 | 随想 | Trackback | Comments(1)
例年、今頃になるとレンゲショウマの花が山野草写真として新聞等に掲出される事が多い。d0059661_14205381.jpg
普通のショウマ(升麻)の白い穂状の花と比較して、総状花序で花を下向きに咲かせるレンゲショウマは全く違った花とも思えるほどである。しかし、その葉は酷似している。
この花は山をあるいていてもなかなか目にすることは少ない花でもある。東京の近郊では御岳山のケーブルの山上駅の直ぐ近くの樹下に、密度は低いがかなりに広がっている。このさまを見て、普通はこのくらいの密度と広がりと思っていたところ、或る時全く驚く光景に出会った。
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8月の末に、鳳凰三山を歩き鳳凰小屋を経て御座石鉱泉へ下る途中、樅の直径80センチくらいある大木を過ぎた辺りから、延々10分くらいの山道の樹下が全部このレンゲショウマの大群落である。あまりの広がりに、唯々目を見張るばかりであった。
かなり疲れており、鉱泉へ急いでいたが、一応ザックを降ろして写真を数枚撮った。残念なことに縦走の荷を軽くするために、接写レンズは持参していなかった。鉱泉に着く直前の山道の脇にはマツモトセンノウが森の中では大変目立つ朱色が咲き誇っていた。
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鉱泉でお風呂に入り、スッキリして穴山駅へでたが、この山歩きで予想していなかったおまけをもらった思いであった。(レンゲショウマの写真は友人の辻さんの画像を利用させて頂いています,また、大群落は鉱泉より1時間以内です)
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by minoru_mogi | 2005-08-23 14:31 | 山の花 | Trackback | Comments(1)
ある年、信濃大町よりバスで葛温泉を経て七倉の終点で降りた。そして、高瀬川沿いのトロッコの軌道を歩いて湯俣山荘に1日目の夜を過ごした。(その頃、まだ高瀬ダムは無かった)
翌日は伊藤新道を三俣蓮華岳へと向う。高瀬渓谷を右に見て登ってゆくと、川岸の随所にお湯が噴出しており、中にはそのお湯に浸っている人もいる。
やがて、大きな吊り橋で右岸に渡り、川に沿いさらに3つめの吊り橋を渡った。
 単独行のテントで三俣蓮華・雲ノ平・双六岳を経て新穂高温泉に下る行程なので、キスリングザックは大変に重い。食料は出来るだけ軽くすることを考えて、米・フランスパン2本・ジャガイモ・ニンジン各3個・小さなきゃべつ1個・味噌の中に醤油漬けの豚肉・塩干し鱈1本・ふりかけ・チョコレート少々・残雪でかき氷を食べる粉末ジュース等々。(このフランスパンは失敗だった。乾燥してパン粉になる部分が多かった)。重くても外せないのは、エアマット・灯油を入れたラジウス・それにテントのポールとジュラルミンのペグである。これらは往時の装備では普通のものであった。
 渓谷はだんだんと狭くなり、その分、下に見えて深くなってくる。暑い日差しの中、樹木帯を過ぎて日陰は無く、疲れが出てきて呼吸が乱れてきた。確か4番目の吊り橋にかかった。今までの橋ではみなワイヤーロープが両側にあり、板幅も6・70センチはあり、少しも不安を感じることなどなかった。しかし、この橋は長さ20mくらいであるが、下の渓流の水は減ったが激流が流れている。そして、この橋に限って橋の側導ロープが右側だけで、しかもそのロープは1本の直径6・7ミリくらいのお箸の太さ位の針金が、少し伸び加減で付いていた。
 少し荒れたままの呼吸ではあったが、ゆっくりと橋を渡り始めた。中央程まで来たとき、自分の揺れるリズムと橋の揺れのリズムが全く合わなくなってきた。そして、橋の中央に立っていることが出来なくなり、「アッ」と思い、慌ててその右側の針金を両手で掴んだ。ところが、その針金は思いがけず緩く、私の両足は開いて橋の上に残り、両手で大の字型に針金を握ったままで、45度に近いくらいに橋から上体を乗り出してしまったのである。下はと見ると、渓流が泡だって目に入る。体が凍り付いて汗が瞬時に引いた。
そのままの姿勢で5分間以上は居たものと思う。しかし、他の登山者が来る見込みは全く無い。
止む無く、覚悟を決めて、その姿勢から静かに少しづつ橋をゆすり始めた。その振幅が大きくなり、体が橋の上に水平になった瞬間に針金の片手を離した。そして、そのまま橋の揺れが治まるのを待った。そっと、もう一方の手を離して静かにゆっくりと前進して遂に橋を渡り終えた。渡り終えた途端、ザックを背負ったまま、橋のたもとにヘタリ込んだ。そして、10分以上もの時間動くことが出来なかった。
尾根を目指して再度歩き始めたが、しかし、最後の吊り橋に出た。今度ばかりは、渡る前に橋のたもとで数分休んで呼吸と脈拍の治まるのを待ち、慎重に渡っていった。
尾根に出る手前の高山植物のお花畑でクルマユリの大群落を見ていると、10名くらいで女性が数人一緒のグループが降りてきた。そこでその人達に声を掛けた。
「これから降るのでしたら、もし食料に余裕があれば分けて貰えませんか」と言うと、女の人達がザックを開けてお米とバター・チーズそれに菓子まで出してくれるではないか。
これで一躍、食料大尽で気持ちが大きくなり、今日、体験した事件を忘れることができた。
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26歳の時の思い出である。
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by minoru_mogi | 2005-08-17 23:37 | 随想 | Trackback | Comments(1)
北八ツの天狗岳を過ぎ、根石岳の山荘前のコマクサの広大な群落を楽しみ、諏訪側に降ようとオーレン小屋へのルートに向かった。小屋の前には冷たい水がコンコンと流れ出しており、乾いた喉を潤し冷水で顔を洗い気分爽快となった。
小屋の人達が2人立ち働いており、その一人が双眼鏡で尾根を歩く登山者を観察しながら「今日は割合と登山者が多いな、何人くらいこちらへ降りて来るかな」と泊まり客の予想を同僚と話している。小憩の後歩き出すと、直ぐに小さな沢沿いの道となった。水流は多くなくサラサラという早い流れで気持ちがいい。降るに従って沢の水量は増えてきて音の感じが変わってくる。そして、対岸から小さな滝が合流して、ドドドと一気に音量が変わった。大きな岩の間を流れる水は微妙な音の変化をする。沢はずっと登山道の左に沿って続いてゆく。
途中でクルマユリd0059661_1672795.jpgが登山道の傍で咲いていた。そこで、木陰に入りおにぎりを食べてから、スケッチを始めた。夏沢温泉近くまでこの川音はずーと続いた。
 思い返してみると、オーレン小屋よりイントロが始まり、滝の合流でフォルテとなり、流れの静かなところでは弦のトレモロが聞こえ、水流が早くなるとアンダンテに調子が上がった。最終章は川より道がだんだんと離れることにより、消え入るようなシンフォニーの終章であった。
 このルートは歩く登山者は少なく3時間半の間に3人の若者に遇っただけで過ぎた。
人家の見える所に出ると、三井の森リゾートの立派な本部棟の前に出てしまった。汗臭い山男の姿は相応しくないので、先ずは、沢水で3日振りのひげを剃り、シャツとズボンを着替えて、靴もスリップオンに替え、登山靴は袋に入れて下げて歩き出した。
かなり重い足取りで、別荘から下りてくる車が、もしや乗せてくれないかなと、僅かな期待をしつつ歩くが、何台もの立派な車が通り越して行くばかりである。
一台のステーションワゴンが同じように通り越してゆき50m程先で止まった。そして、そのままバックして来るではないか。「まさか?」とは思ったが、親子2人連れ(一人は小学生)の運転していた人が「乗りませんか」と声を掛けてくれる。 バス停まではまだ1時間は歩かねばならぬ。
「近くのバスの停留所まで送りましょう」と言ってくれる。 そして、「何処に登ってきましたか」と聞くので、「ピラタスから縦走してきました」、というと、車窓からその山並みを見て「ずいぶんと歩きましたね」と言う。
バス停への方向は親子の行く方向には遠回りではあったが快く送ってくれた。
この経験を含めて、何度かのこの様な出会いがあり、私の山での他人への規範が決まった。
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by minoru_mogi | 2005-08-11 16:09 | 随想 | Trackback | Comments(0)
一昨日は乗鞍岳へと、花の写真を趣味とする友人と一緒にバス旅行へと出掛けた。乗鞍スカイラインを経て畳平へと上がって行ったが、雲も多く白山も笠ヶ岳も見ることが出来なかったのが残念であった。いつも八ヶ岳から乗鞍岳と御嶽の個性的な山容を見ていたので、一度は足を運んでみたいと前より期待していた。
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2700m付近ではコバイケイソウの群落が花盛りであり、密度は低いがコマクサ・イワギヨウ・ヨツバシオガマ・クロユリ。ハクサンイチゲ・チングルマ・それに黄色のキンバイソウが
広がっている。d0059661_20443210.jpg

幾つかの峰の一つ麻利支天(2872)の頂上に、乗鞍コロナ観測所の円形のドームが天を睨んで聳えているのが見えた。先週はスペースシャトルのTV放映に見入っていたこともあり、私の好奇心を引いた。しかし、そこまでは時間の都合で行くことは出来なかった。
 山中で泊まる方の中には星空を眺めていて人工衛星を目撃された方は多数いることだろう。私も何度か宵と夜明けの空に見る機会が有ったが、一番記憶に残っているのは北八ヶ岳の縞枯山荘での事である。
8月末ともなり、山小屋は比較的空いている時であった。名古屋から来たという30歳代の二人の男の人と同室となった。彼らは夕食が済むと、早々に一眼レフ数台と大型の三脚を準備始めた。聞くと、天体映像を撮りに来たのだと話してくれた。多分、星にも詳しく面白そうなので撮影に同行させてもらいたいとお願いすると、ドーゾと受け入れてくれた。
山小屋を出て草原の中ほどにカメラをセッティングすると、彼らはのんびりとウイスキーを飲み始めた。私は少し離れて天空の人工衛星の通過を見ようと天空を仰いでいた。程なく、北西より東南へゆっくりと天空を横切る最初の二等星くらいの明るさの衛星が3分くらいをかけて横切っていつた。水割りのウイスキーを勧められて、それを片手に待っていると、今度は北北西より南南西へと明かりがだんだん暗くなり、また明るくなりを繰り返しながら移動していった。
続いてその夜は3個出現して5個を見たところで、8:30くらいからはパタと止まった。
昨今の天空では、多くのロケットの残骸や衛星が飛行しており、この時間帯には容易に見ることが出来るであろう。山中で天空を見ることをお勧めしたい。
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by minoru_mogi | 2005-08-07 11:09 | 随想 | Trackback(2) | Comments(0)